52.王国の第一王子編 秘密
セフィライズはカイウスに呼び出され、彼の自室まで来ていた。
ベッドの上でなんとか起きがあるカイウスは、だいぶ状態が良さそうだった。意識のない状態が少し長かったせいか、まだ歩いて移動などは困難な様子。
「レンブラントから報告は受けた。だがお前からも直接聞きたいことがある。彼女のことだ」
セフィライズは王子に微妙な顔をして見せた。昨日の朝、よくわからないがスノウに声をかけたところ、逃げられてしまった事を思い出したからだ。
その表情にカイウスは不思議そうに笑う。「どうした?」と声をかけるも「いえ……」とセフィライズは言葉を濁した。
「率直に聞こう。スノウはどうだ」
「……治癒術師としては、能力が足りないかもしれません。マナをうまく変換することを覚えれば、少しは」
フレスヴェルグの病がどれ程のものかがわからないが、人ひとりを治癒しただけで動けなくなる程に消耗するようでは、アリスアイレス王国としてその能力を活用するのは難しいのではないか。というのがセフィライズの考えだった。スノウを擁護すべきかもしれないが、素直な意見を述べる。
カイウスは喉の奥で笑いながらセフィライズの真面目な回答を受け流した。
「そうだな、聞き方が悪かった。人間性的なところはどうだった?」
カイウスの問いに、セフィライズは今までの道のりを思い出す。彼女の境遇を考えれば、心が汚れても、全てを諦めてしまっていてもおかしくはない。しかし、彼女の瞳の奥には、穢されることのない常にまっすぐな灯火が確実にあった。そして彼女の背を押したあの日から……。
「セフィライズが他人を想像してそんな顔をする日が来るとは思わなかったよ」
「何がですか?」
カイウスは、すぐに顔にでるセフィライズに笑う。
カイウスからは見えていた。慈しむような優しい表情をした彼を。他人にあまり心を許したがらない、むしろその隙間すら開こうとしない。頑ななまでに何かを敬遠するセフィライズしか知らないカイウスにとって、それは驚くべき事だった。
「いや、何も。それで彼女は、お前からはどう見えた?」
「スノウは、少し頑固なところもありますが、真っ直ぐで思いやりの心があるかと、思います」
カイウスはその回答を聞いてしばらく考えた。そして何かを決めたかのように頷く。彼はサイドテーブルに置かれている呼び鈴を鳴らすと、すぐに従者が部屋に入ってきた。スノウを呼びに行くよう告げると一息つく。しかしすぐに再び真剣な眼差しでセフィライズを見た。
「セフィライズ、リヒテンベルク魔導帝国が、お前を狙っている」
「オークションの会場で見かけました。あの男が、そうなのかどうかは知りませんが」
セフィライズはスノウが落札されるその時、客席上部の観覧席にいた。黒い衣服、骨張った灰色の手、顔の上部を隠す仮面の下で剥き出しになっている口元が常に奇妙な笑顔を作っている男。そして一瞬、その男と視線があった気がした。
「私は、友として申し訳ないと思っている。シセルズのように過ごさせていればと……」
「カイウス様は、私が簡単に捕まるように見えますか」
「いいや、ただ。奴らは白き大地の民を人間とは思っていない。最悪殺してでも、と思っているだろうからな」
カイウスはリヒテンベルク魔導帝国との会談の席を思い出し、また気分が悪くなる。セフィライズの事を揃っているなどと、まるで部品に不足がない道具のような言い方だった。
「……この世界のマナの減少は致命的だ。残りのマナを全て消費すれば、我々人間が生きていくことはできないだろう。奴らも、なりふり構っていられないといった感じだった」
遠い異国の地では壁の中でマナを消費し尽くしてしまった国もある。枯渇してしまったその壁の内部は、生き物の存在できない荒廃した大地が広がるばかりだ。アリスアイレス王国でも、年々寒さが厳しくなっていく。作物の育ちも悪く、マナの不足を感じない日はない。
「我々もマナ不足については考えなければいけない。セフィライズ……白き大地の民の国王は、本当に《世界の中心》を手に入れていたのか……?」
《世界の中心》の話をする時、いつもセフィライズは酷く傷ついたような、苦い顔をする。だから今まで、カイウスははっきりと聞いた事はなかった。逆にシセルズは「俺は何にも知りません」と、絶対に知っている顔で平然と言ってのける。
「……確かに作り出しました」
セフィライズは分かりやすく表情にだした。苦しい、辛い。心が悲鳴を上げているのは、カイウスから見て明らかだ。その理由が、カイウスには未だにわからない。
「しかし……人の手に落ちたそれは、カイウス様が思っているような万能のものではありません。無限にマナを生み出すことも、噂されるような幸運が舞い込むことも、ありません」
むしろ《世界の中心》を手にしてしまったが為に、白き大地の民は滅んでしまったようなもの。それは、無限にマナを吐き出すことも、全ての知恵、富、力を授かれるものでも、永遠の命を与えるものでもない。神かそれ以上だと言われる《世界の中心》は。
しかし、結果だけ見ればただ厄災を呼んだにすぎない。
「リヒテンベルク魔導帝国は手にしてはいなさそうだった。作り出されたのなら、あるはずだ。この世界のマナ不足に何か役立てるのならば、手に入れるべきかもしれない。どんなものだったか、覚えていないのか」
「それは……」
セフィライズが言葉を濁した。その時、カイウスの部屋の扉が叩かれる音がした。




