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51.王国の第一王子編 苦しい


 セフィライズはスノウの様子から、ガイウスの呪いを解くのに立ち上がれないほど、マナを消費しただろうと察した。


 誰にも見られないように、誰にも気が付かれないように。黙ってスノウにマナを分け与えたのは、ここで彼女が立ち上がり受け答えをして見せなかったら、せっかく選んだものを、得ることができないのではないかと思ったからだ。


 スノウが自ら選んだ。この国で、働きたいという意識。

 報酬として多額の金を願う事もできたし、貴族の養子に入り、裕福な生活を望む事もできたかもしれない。客人として一生アリスアイレス王国に養ってもらう事も可能だっただろう。無数にある選択肢の中で、彼女が選んだのは、期せずにセフィライズ達と同じ選択だった。


 セフィライズが同時にマナを分け与える、なんていう無茶を選んだのは、スノウの背を押したいと思ったのは。

 彼女の変化が、その強い瞳の色が。彼の心に刺さったせいかもしれない。






「ばか、お前スノウちゃんにも、マナを分け与えただろ」


 シセルズはセフィライズの耳元で囁き、肩に腕を回し支えた。やはりバレていたかという表情を隠せないままに、しかし頷くことしかできない弟の顔を覗き込む。

 本当にすぐ顔に出るよな、とシセルズは思った。


「とりあえず部屋に戻ろう」


「いや、まだ……」


「あのな、今そんなこと言える状態じゃねーだろ」


 セフィライズの息が荒い。体中から血液と共に何かが抜けて、立っているだけで眩暈が酷いのか崩れそうになっている。

 マナが無くなる感覚は、痛いところはどこもないというのに、苦しいような辛いような。シセルズも幾度となく経験してきた脱力感、疲労感。

 シセルズがセフィライズを連れて部屋を出ていく。スノウはそれについて行こうとした、しかし。


「スノウ、ありがとう! レンブラント、しばらく彼女を滞在させるわよ! お兄様とお話しできるまで、貴賓として扱いなさい!」


 リシテアが勢いよくスノウに抱きついた。スノウはそれを受け止めつつセフィライズとシセルズを見ようとするも、視界の端でゆっくりと閉まる扉だけしか確認できなかった。






 あれから数日が経った。

 スノウはレンブラントが従者としてはべる生活を送っていた。要するに監視だ。常に執事が見張っているにしても、自由に城の中を移動することは許されている。最初はとても違和感があったが、あれは何これは何と質問するたびに答えてくれるのはとてもありがたい事だった。


 レンブラントの話では、アリスアイレス王国は今ほど冬が厳しくなかったらしい。壁ができてから、段々と寒さと雪が厳しくなっていったそうだ。作物や畜産に影響が出るものの、元々の国力と魔導人工物(アーティファクト)の活用でなんとか乗り切っているのが現状。

 その魔導人工物(アーティファクト)の技術の全てを注ぎ込み、作られた庭園がアリスアイレス城の中にある。ドーム状になった天井には青空が映し出され、まるで外にいるかのような光を放っている。常に過ごしやすい気候を再現した庭園。外では育たない多種多様な花や木々が植えられていた。そこは城で働く一般従者や兵士たちの憩いの場として愛されている。


 スノウもその庭園をとても気に入り、毎朝散歩に出かけた。まだ人がいない時間帯を選ぶのは、すれ違う人たちの視線を避ける為だ。スノウの珍しい金髪と碧眼。時たま、男性から向けられる視線が痛い。

 朝早いが、レンブラントは必ず後ろからついて来る。スノウもすっかり慣れ、いつものように大理石で整えられた道を歩き出した。朝らしい、澄んだ空気すら再現されている。


 広い庭園の中央には、まるで現実の世界にいた狼を閉じ込めたかのような石像が置いてある。鋭い牙と口で、すぐにでも飛び上がり、噛み砕かれそうな程の躍動感。台座にはフェンリルと刻まれていた。

 スノウは散歩の途中、この石像の前を通るたびにセフィライズの事を思い出していた。普通の狼の何倍もある凶暴そうな生き物と、彼の異名である氷狼(フェンリル)が、同じとは思えない。


 あれから会っていない、彼はいま、どうしているのだろうか。




「魔術の神イシズは、この地で暴れるフェンリルを封じ、土地を人に分け与えたと言われている」


 その声は、レンブラントではない。スノウは振り返った。

 もうわかっている。こちらに歩いて来るのは、紛れもない。


「おはよう、スノウ。早いな……」


 セフィライズは、以前のように柔らかな声で話していた。ナイフで切った左手には未だ包帯が巻かれているものの、普段と変わらない姿。声を出せないままでいるスノウに、首をかしげている。


「どうした……?」


 まさか、こんな所で会うだなんて思ってない。

 スノウはあまりにも唐突で、心の準備、みたいなものが何も出来ていなかった。


「ご、ごめんなさいっ!」


 理由は分からない。なんだかとても恥ずかしくなった。居た堪れなくなった。どんな言葉も当てはまらないのかもしれない。

 スノウは唐突に、その場から逃げ出してしまった。





 焚火に当てられていた銀髪はとても綺麗だった。色白の肌が橙の光にあてられて、本当に透き通っていた。

 今まさに重なろうとしている二つの月明かりに照らされ、風になびく銀髪を手で押さえるセフィライズの瞳は、どこか物悲しそうで。でも見たこともない、吸い込まれそうな程に美しい銀色。

 あの時も、あの時も、あの時もあの時も。


 遠慮がちに。

 伏し目がちに。

 でもはっきりとわかりやすく、緩んだ表情で。

 優しい微笑みを見せてくれている。





 スノウは与えられていた部屋まで一気に走り戻る。ベッドに飛び込んで、なんだか暴れたくなる気持ちを抑える為に枕を抱きしめた。

 よく分からないけど、とても恥ずかしい。胸が痛い。


 苦しくて、痛くて、辛くて。



 死んでしまいそう。











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