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50.王国の第一王子編 目覚め



「わたしがカイウス様をお助けできたら、この国で……わたしを雇ってください」


 その場にいた全員が、驚きを隠せずどよめいた。交換条件を持ち出すとは、誰も想像していなかったからだろう。真っ先に怒りの声を出したのは、文官のツァーダだった。前のめりになりながら大声を上げる。


「生意気な、奴隷の分際で!」


 スノウに食ってかかろうとしたのを、リシテアの高笑いが止めた。


「気に入ったわ! この状況で、あなたよくそれを言えたわね! でも先に確認したいことがあるの。セフィライズ!」


「はい」


 セフィライズはリシテアの前に立ち、(こうべ)を垂れ膝まづく。シセルズは内心、呼ばれるのが自分でなくてよかったと胸を撫で下ろしていた。セフィライズが呼ばれた理由に、思い当たることがあったからだ。


「あなたの入れ知恵ではないでしょうね?」


 やっぱりかとシセルズが体を動かす。頭をかいてみたりして、遠い昔の色んなことを思い出しながら、あーと小さな声で呟いた。


 シセルズとセフィライズがアリスアイレス王国に初めて来た時のことだった。ぼろ布で頭巾を作り銀髪を隠して、餓死寸前でたどり着いた二人。シセルズはアリスアイレス王国とリヒテンベルク魔道帝国が仲が良くないことを知っていた。だからこの国に来ることを選んだ。目的は自分達を保護してもらうこと。その為に彼らは自分自身を王国に売り込んだ。自らの正体を明かし、言える範囲の全ての情報を開示する条件で「この国で、俺たちを雇ってください!」とそうはっきりと、述べたのだ。


 当時はまだ産まれていなかったリシテアだが、この話は知っていた。だから彼を疑った。スノウ自身の意思でも選択でもなく、セフィライズに促され言ったのではないかと。


「いいえ、私は何も……」


 ツァーダがセフィライズを睨みつけるも、無表情のままそれを流して後ろへ下がる。リシテアは満足したように笑い、腰に手を当てた。


「ごめんなさいねスノウさん」


 リシテアは、自らの意思で決めた事でなければ採用する気がなかった。促され、作られた道しか歩けないような人間にあまり興味が湧かないからだ。しかしスノウが自分で選んだというのなら。


「わたくしが、お兄様に取り成して差し上げます」


「リシテア様! 卑しい身分の娘ですぞ!」


 スノウの事が気に入らないツァーダが声を張り上げた。リシテアは気にするそぶりなど微塵も見せない。


「あら、セフィライズやシセルズも、今やこのアリスアイレス王国にとって欠くことができない人材。彼女が本当にお兄様を救ってくださるのなら、ぜひ我が国に欲しいところですわ」


 リシテアの言葉に誰も反論はしなかった。皆が皆、口を噤み下を向いている。セフィライズもまた、その話を目を閉じ無表情で聞いていた。

 スノウにとって、自らの見た目と癒しの力は諸刃の剣。自らを守る力がない以上、どこかに守ってもらわないと生きていけない。そう判断した結果だった。



「スノウさん、言ったからには、覚悟はできていますわね」


「はい、必ず呪いを解くとお約束いたします」


 本当は自信などなかった。気を強く保とうと、胸元に手を置き、深く息を吸う。

 カイウスの手を取り、わたしなら、きっとできる。そう心に強く念じた。


「我ら、癒しの神エイルの眷属、一角獣(ユニコーン)に身を捧げし一族の末裔なり。魔術の神イシズに祈りを捧げ、この者の穢れを癒す力を我に」


 スノウの体から溢れる光の粒子が彼女の手に集まっていく。そのマナはカイウスの体に注がれ、彼を薄い光が包み込んでいった。

 スノウは全身から何かが抜けていく感覚に襲われ、今にも倒れそうになる。しかし止めることはしなかった。絶対に、助けると、強く心から願う。


「今この時、我こそが世界の中心なり!」


 マナの粒子でカイウスの体は一瞬輝く。その光が淡く消えると、スノウが握るカイウスの手から黒変が無くなっていた。

 スノウは全身の力が抜けて、その場合に座り込む。寸分たりとも動けない程に大量のマナを消費していた。今すぐにでも眠ってしまいそうだ、と彼女は両手で体を支える。

 セフィライズはスノウの様子を見て、すかさず歩み寄った。カイウスのベッドの隣で膝をつく。靴の底からナイフを取り出し、左の掌を切ってカイウスの手を握った。


「我ら、世界を創造せし魔術の神イシズに祈りを捧げ、我の灯火であるマナを分け与えよ。今この時、我こそが世界の中心なり」


 詠唱の途中、セフィライズは他の誰にも気が付かれないように、スノウの手の上に自身の手を重ねた。

 スノウは驚いてセフィライズを見る。何か言わないと、そう思った瞬間、セフィライズの手のひらが熱くなり、何かが体の中へと注がれる感覚を得た。マナを失った時に起きている疲労感のようなものが薄れていく。


 術の詠唱後、セフィライズが傷を負った方の掌を掴みながら下がると、リシテアが入れ替わるようにカイウスのベッドに走り寄った。


「お兄様、お兄様!」


「ん……」


 カイウスはうっすらと瞼をひらいた。赤色(せきしょく)の光彩。瞳孔がリシテアを見つけると、顔がほころんだ。その姿を見て、その場にいた全員が歓喜の声をあげる。

 スノウは動くようになった体でゆっくりと立ち上がった。カイウスのベッドに集まる彼らから遠ざかる。セフィライズの方を見ると、彼は荒い息を抑えながら壁にもたれ掛かろうとしているところだった。支えるように、シセルズが手を伸ばしている。





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