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49.王国の第一王子編 心から


 滑らかなシーツの上、スノウは目を覚ました。気がついたら朝になっていた。いつ眠ったのかもわからない。

 昨夜、セフィライズが訪ねて来た事が、まるでずっと遠い昔の出来事のように感じるほど。それぐらい、スノウの心は虚無感に溢れてしまっていた。


 朝食が運ばれてくるまで、スノウはベッドの端に座りながら全く動けないでいた。運んできてくれたのはレンブラントだ。その姿を、何故かコンゴッソで朝食を持ってきてくれた、セフィライズと重ねてしまった。

 その瞬間、彼女は唐突に思った。思ってしまった。

 朝食を持って来てくれたのが、彼だったらよかったのに。と……

 何故そう思ったのかわからない。何か伝えたい事があったわけでもない。

 いや、聞きたかったのかもしれない。もっと、昨日の言葉の、本当の意図を。



「終わりましたら、すぐにご案内いたします。新しい服はこちらに」


 朝食と共に置かれたのは、新しいアリスアイレス王国の一般従者の制服だった。きっと、この亜麻色の服を着るのは今日で最後。スノウはレンブラントが去った後、しばらくその制服を眺める。


  −−−−君は、このままでいいのか


 昨夜のセフィライズの言葉が、スノウの脳内で繰り返される。


 −−−−流れに身を、任せたままで、いいのか


 言葉の意味を、理解できない。いや、理解しないように意識的に……。セフィライズの言葉の真意を。


 今までの出来事を、スノウは思い出していた。

 突然、よくわからないままに、襲撃を受けた。家族は目の前で殺され、年老いた祖母の手が、最後にスノウへと伸び、何かを伝えようとしていた。祖母のそばに駆け寄ろう、そう思った瞬間に頭へ麻袋をかぶさられ、何かに詰め込まれるように運ばれた。物のように、そして。

 しばらくの間、牢へと入れられながら連れまわされるように移動を重ねる。母に坊主にされていた頭からは、久しく見たこともない髪が伸びはじめる。母と同じ美しい金髪に、女性としての喜びを感じつつ恐れも感じていた。その珍しい色は、あまり女性が持つにはいい物ではないと、知っていたからだ。

 何度目かの移動、雨の中で突然襲われたあの時。スノウを守ってくれた黒髪の傭兵が、幌馬車の中で寂しそうな瞳をしていた。一瞬まるで、月のように輝いて見えた事を。それが、何故か彼ととても、似ている事を。

 ふと、最後に心に残った。


 そういえば、自分で選んだのはいつだっただろうか。

 そういえば、わたしが、自ら進んだのは、いつだっただろうか。


 あの時、あの瞬間、それは常に。



「あれ……?」


 自然と涙が溢れた。泣くつもりなどなかったのに、理由はわからない。しかし、何を思い出したかは、はっきりとわかった。


 ギルバートとの模擬試合が終わった後、自らの意思で彼のところまで行った。

 壁が荒れた後、馬車から降りて自らの意思で彼の傷を癒した。

 ガーゴイルの時も、コカリコの街で大怪我をした彼を見た時も、焚き火の前でも、地下へ続く階段を見つけた時も。


「ずっと、……」


 幼い頃から母親の言いなりだった。あなたしかいない。その言葉を呪いのようにかけられて。自ら選んだ事なんてなかった。

 自分の意思で動いた、その瞬間。ずっと彼がいた。しかしそれは、彼が準備してくれた道を歩いていただけ。その道を、選んだかのように進んでいただけ。

 今日が終わればその道はもうない。自由なんだ。選ばなければいけない。


 スノウは息を飲み込む。目を閉じて、彼の、セフィライズの姿を思い出す。

 何故だろう、思い出すのはいつも、俯きがちで悲しそうな、寂しそうな目をして。そんな彼の横顔ばかりだった。


 そしてスノウは、自らの意志で、答えを出した。









 レンブラントが迎えにくる。アリスアイレス王国第一王子、カイウスのところへ向かう時間だ。昨日と同じ部屋へ連れていかれる。途中、セフィライズと鉢合わせた。「おはよう」と、声をかけてくれる彼の目を、スノウはまっすぐに見つめる。

 セフィライズにはその目が、澄み切った決意の色を宿すように見えた。昨日の夜会った彼女にはない強い瞳。

 セフィライズが初めて、スノウを見た時。牢屋の中で一人、膝を抱えて座っていた。顔を上げた幼さの残る少女の瞳は、透き通った深い海のように美しい青緑色。強く、芯の通った光を宿していた。

 何も恨まず、何も憎まず、穢されない。とても印象的だった。


 今、スノウはその時と同じ目をしている。


 だからか。セフィライズは自然と安心してスノウに微笑んで見せた。

 彼らがカイウスの寝室に入ると、昨日とほぼ同じ人達が列をなして並んでいる。唯一違うのは、そこにシセルズの姿があったこと。部屋に入ってきたスノウへ近づき、空気も読まずに耳元でそっと呟いた。


「ギルバートは俺が準備した支援部隊と一緒に帰ったから、安心してね」


 スノウは優しく微笑んで、シセルズに頭を下げる。最初に会った時と印象が変わったな、とシセルズは思った。

 スノウは迷いのない真っ直ぐな足取りでカイウスが眠るベッドへ向かう。深紅の髪のやせ衰えた王子の名前を意識するだけで、スノウが思い浮かべるのは全く別の人。黒髪の傭兵の姿。自然と後ろを振り返り、無表情で並ぶセフィライズを見た。

 その瞳の色だけではなく、雰囲気もどことなく似ている。


「一つ、お願いしたいことがあります」


 スノウはまっすぐ立ち上がり、強い瞳で声を発した。




 




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