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26.宿場町コカリコまで編 ふたり


 あと一歩、届かなかった。


 ギルバートは背後にはまっすぐにセフィライズの剣が向けられているのを感じ、もう見動きは取れないと悟る。両手を顔の横まであげ、手のひらを見せた。


「……参りました」


 セフィライズが剣を引くのがわかった。と同時に、腹の奥底からかき集めたかのように息を吐く。


「やっべー!」


「すごいぞギルバート!」


 ギルバートの耳に仲間たちの雄たけびが届いた。苦笑いをしながらその場で立ち上がる。振り返るとセフィライズは背を向けてその喧噪から離れていくように見えた。

 セフィライズの背格好は女性と比べれば明らかに男性だが、ギルバート自身と比べると本当に華奢だ。耐えきれない程のあの圧。そしてそ強さは、いったい彼のどこから発せられているのだろうと思う。

 ギルバートは再び大きな息を吐き、ゆっくりその場に大の字になって寝転がった。仰ぐ夜空には星辰と2つの月。しかしすぐにその視界はさえぎられた。ギルバートの仲間たちが覆いかぶさるように彼の周りを取り囲んだからだ。


 行けると思っていた。最初の方は。しかしそれが幻想だったことに、ギルバートは気がついていた。


「あの氷狼(フェンリル)にあそこまで持ちこたえるなんて、すげーよ!」


 ギルバートを仲間の1人が褒め称える。ほかの仲間も口々に、すげーよすげーよと喜んでいた。

 しかし、ギルバートは喜べなかった。


 倒れ込む彼に背を向け、レンブラントのほうへ歩いていくセフィライズは、息一つ乱していなかった。

 何より、彼の剣は決してギルバートを直接攻撃しようとはしていなかった。それは剣ではなく盾にしかなっていない。最初からセフィライズには無かったのだ。剣を剣として使うつもりが。無傷で、相手を負かそうとしていたのだ。


「僕もまだまだだよ……」


 清々しいまでの実力差に、むしろ気持ちが晴れていく。そんなことはないと周囲が励ます声も、今のギルバートには聞こえていなかった。





「大丈夫ですか?」


 スノウがレンブラントの元に歩いてくるセフィライズに対して言う。


「あぁ、うん」


 セフィライズがそう小さく返事をする。

 スノウは思いがけない彼の油断した返事に、少しドキリとした。


「合図、ありがとう」


 スノウのすぐそばまで来た彼は、柔らかく微笑みスノウの肩を軽く叩く。彼の視線はすぐさまレンブラントに向けられた。


「すまない」


「いえ、問題ございませんよ。しかし、ご報告はさせて頂きます」


 レンブラントは何度目かのため息を付きつつ、セフィライズが使っていた剣を受け取っていた。セフィライズもまた苦笑するだけでそれ以上何も言わない。


「少し夜風にあたってくる。しばらくは騒がしくて寝れたものじゃなさそうだから」


「どなたの責任でしょうか」


 レンブラントの小さな悪態にまたもや苦笑し、セフィライズがその場から離れていく。スノウはその背を見つめながら、また少し彼に対する印象が変わった事に気が付いた。


「お、おひとりで……」


 大丈夫でしょうか。という言葉を続けるのをやめた。自然と出た言葉だったが、あの剣技を見れば大丈夫に決まっているからだ。しかしなぜ、自然と出てしまったのだろう。


「あの方は、おひとりがお好きですから」


 レンブラントのその言葉は、スノウの耳にやけに残った。森の中に消えた彼の姿はもう見えない。


 でもどうしてだろう。何故かとても、追いかけないと、と……そう、スノウは強く思ったのだ。








 セフィライズはギルバートの仲間達が施した守護術の境界線まで来ると立ち止まった。はっきりと見て取れる青白い線。道中、落ち付ける場所はなさそうだった為、彼は気にせずその境界を超えた。

 しばらく歩くと少し視界が開けた。遮られる事がなくなった月光が彼の夜風になびく銀髪を照らす。一際あたりが明るく見えるのは、他に何も光源が無いから。

 ちょうど良さそうな大岩を見つけると、セフィライズはその上に飛び乗った。その岩の上から緩やかに斜面が広がり、地平線が遥か彼方、遠くまでよく見渡せる。

 セフィライズは目を閉じる。大きく息を吸った、その時だった。


「セフィライズさん……!」


 声で振り返ると、大岩の下にスノウが立っていた。


「な……」


 想定外の人物に、セフィライズの思考が一旦止まった。すぐに首をふり、彼は大岩の下へ飛び降りる。


「何故来た……?」


 そう問いかけられて、スノウは言葉に迷った。何故だかとても。追いかけないといけないと思ったのだ。耳に残るのはレンブラントの言葉だ。


 ――――おひとりがお好きですから


 スノウははっとした。コンゴッソの街で、朝食を一緒に取った時感じた、セフィライズの纏う()()

 それはとても似ているのだ。スノウが見てきた、奴隷として働かされていた彼らに。この世界に居場所がない。何にも抗う事もない。ただ流れに身を任せて生きている、彼らにだ。


 スノウは不思議に思った。アリスアイレス王国でもかなり高位の人のはずだ。能力も高く、生きる事に不便があるとすれば彼の産まれぐらいだろう。しかしそれは、そんなにも彼らと同じような雰囲気を纏わせるようなものなのだろうか。


 スノウはひと間あけて、まっすぐセフィライズの銀色の瞳を見つめ返す。彼が少し戸惑っているように見えた。


「寝れそうになかったので」


 どうでもいい理由を述べた。


 セフィライズは大きなため息をついている。守護の魔術がかけられた場所から出てしまっては、野獣に襲われても文句は言えないのだ。仕方なく、大岩の下にいるスノウへと手を伸ばした。


「君は、前も唐突に……」


「前も?」


「いや……」


 失言だったようで、スノウから目を逸らして口を噤む。


「守護術の境界線があっただろう。どうして超えてきた」


「境界線、ですか?」


 そういえば、セフィライズを追いかけて来る途中に何か線のようなものがあった気がした。スノウはそれが守護術なのかもしれないと思う。しかしそれが何をしているものなのかわからない。察するに、夜の危険な生き物を遠ざけるものだろうと思った。


 スノウの何も理解していなさそうな表情を見て、彼は何度目かわからないため息をついた。


「守護術というのは、野営の時に危険なものを遠ざける為に施す魔術の一つ。この世界は……」


 セフィライズの聞き心地の良い低い声で、スノウへと説明をしてくれる。ざっくりと世界のことをだ。


 この世界が壁によって区切られたのは二六年程前の話。

 唐突に地面が揺らぎ、世界各地に壁が現れた。大都市を横切るように出現した壁もある。その壁に触れたものは()()()()()()

 多く流通していた物資や国交は一度全て断絶した。そして壁の出現とともに、多くの野獣や魔物が狂暴化し、それまでとは比べ物にならないほどの勢いで人間を襲うようになった。

 元々減少傾向にあった世界中のマナも、分断された事で壁内部で減り続け、滅んだ場所もある。近年は作物も育ちにくい。飢饉が襲うところもあり、人間の生活に多大な影響を与えている。

 野獣や魔物と対峙する方法、壁を越える方法、多くの時間をかけて壁があっても元通りになろうと努力した。そして今だ。


 壁を越えるために、特定の場所に『門』を設置。壁に効率よく一時的に穴を開けるための魔導人工物(アーティファクト)だ。しかし稀に壁が()()()現象が始まった。誰にも予測できないその現象に巻き込まれないよう、壁から少し離したところの町を待機場所として活用するようになった。日に数度、壁に穴を開けて人や物資を通す。それ以外はなるべく壁には近づかない。そうすることで壁の()()()現象から逃れるのだ。


 壁の存在すら最近知ったスノウにとっては、不思議な話だった。二六年前となると、スノウが生まれた時には既に壁が存在していたことになる。しかし彼女が住む地域の特性なのか、そのような話を聞く機会すらなかった。壁が()()()現象も、それがどのような事を指すのか全く理解出来ない。


「君は、少し歴史を学んだほうがいいかもしれない」


 ざっくりとした世界の話。スノウは熱心にうんうんと頷く。しかしセフィライズの口から、彼自身……白き大地の民とリヒテンベルク魔導帝国については聞けなかった。夜に勝手に聞き耳を立てて聞いていた内容によると、おそらく彼自身も記憶にないのだろう。


 青白い月明かりに照らされたセフィライズはより一層白く見えた。それが白き大地の民という名前の由来なのかもしれない。銀色の髪がまるで輝いているように見えて、スノウは思わずそれに、手を伸ばしてしまった。


「なっ……」


「ぁ、す、すみません!」


 あまりにも綺麗だったから、とは答えられず恥ずかしくなってしまう。セフィライズは少しだけ彼女と距離をとって、風に乱される髪を抑えつけた。


「……戻ろう、もう落ち着いているはず」


 セフィライズは立ち上がり、スノウへ手を伸ばす。色白で、骨ばっているけれどしっかりした男性の手。

 スノウは赤くなる顔を見られないように、うつむきながらも彼の手を掴んだ。










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