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20.宿場町コカリコまで編 朝食


 こんなに暖かくて、こんなにゆったりと眠ったのは、いつぶりだろうか。

 スノウはそう思いながら、窓からはいる日差しで目を覚ました。酷く疲れていたせいか、一晩だけではだるさは取りきれなかったが、しかし心だけは落ち着いていた。


 スノウの過ごす部屋の外に誰かが訪ねてくる。スノウは返事をするとそれはレンブラントだった。手には縁に麻布が乗せられた木製のバケツを持っている。中へと入ってきた彼は、そのバケツを扉の近くに置いた。


「おはようございます。スノウ様」


 レンブラントは胸元に手をあて、丁寧に頭を下げる。

 それを見たスノウは、反射的に頭を下げた。すぐに寝ぐせのついた髪を恥ずかしそうに撫でつけている。


「お湯をご用意いたしました。あとこちらを」


 レンブラントがスノウへ差し出したのは、新しいアリスアイレス王国の制服だった。生成り色のしっかりした生地。縁にあしらわれる赤い布と金糸の文様。


「後ほど朝食をご用意いたします。失礼いたします」


 部屋を去っていくレンブラントに再び、ありがとうございますと何度も頭を下げた。

 スノウは少しばかり扉を呆けた顔で見つめたまま立ち尽くすも、視界に入った置かれたバケツに手を伸ばす。麻布をとり、あたたかな湯の中にくぐらせしっかり水気を絞った。

 衣服を脱ぐと少し肌寒いような気がする。スノウは麻布で体を丁寧に拭き取ると、手渡された制服を着込む。厚手の生地だが柔らかくてなめらかだ。何故だかほっとしたスノウは、胸元に手をあて息を何度か吸って吐いた。


 しばらくするとレンブラントが再び戻ってきた。と、スノウは思った。先ほど朝食を持ってくると言っていたからだ。ノックされた扉をあけ、頭を下げる。


「ありがとうございます、レンブラントさん」


 寝ぐせを撫でつけながら、顔を上げる。しかしスノウの視界に入ったのは、執事のレンブラントではなかった。


「君に、朝食を持ってきた」


 見慣れぬ銀の髪。色白の肌。透き通った瞳。そしてお人形のように整った容姿。セフィライズがそこに立っていた。手には木製のトレーを二人分持っている。

 スノウは変な声が出そうになり両手で口を塞いだ。頬を赤らめ、謝罪しながら後ずさる。鼓動が早い。胸元を抑えてはーっと息を吐いた。


「おはよう」


 無感情のようで低く聞き心地のよい声が耳に届く。

 わぁ、本当に。この人生きてるんだ。なんて、当たり前の事をスノウは思ってしまった。






 食べている気がしない。とは、まさにこの事だとスノウは思う。何故かセフィライズがスノウの前に座り、ともに朝食を取り始めたからだ。

 スノウはフェンスクという朝食に一般的に出されるミルク粥をスプーンですくいながら、何度も彼を見る。口に運んだ食事の味が遠のく程に緊張していた。


「昨日は、よく眠れたか?」


 彼女の動揺に気が付いたのか、セフィライズから声をかけられた。スノウはぼやっと昨夜の事を思い出し、さらに目を泳がせてしまう。

 そんなスノウを見て、セフィライズは不思議そうに首を傾げた。


 彼女は昨晩、この場所から抜け出して酒場に向かった。これは誰にも知られていないはずだ。

 スノウは何度か息を吸い、自身を納得させるよう頷く。ゆっくり、ゆっくりと息を吐いてからまっすぐセフィライズを見つめた。何度見ても慣れない、その特別な色。


「はい、とても」


 精一杯の笑顔を向けた。

 セフィライズは少し訝し気な様子を見せていたが、特に何も指摘する気がないのだろうか。少し間を開けて、下を向いた彼はほんの少し口角を上げた。それが彼の微笑だと、今のスノウにはまだわからなかった。


 何事もなかったかのように再び食事を始めるセフィライズを、スノウはいまだ人ではない別の動力で動くお人形のようだと思いながら見つめた。周囲の人とは明らかに違うのは、その色だけではない。どこか纏う雰囲気が、彼を生きているように見せないのだ。


 どこかでこれを見たことがある。この彼が纏う()()を、どこかで。

 スノウはふと、そう思った。

 その何かに到達しそうになった時、沈黙を破って再びセフィライズが声を発した。


「君のこれからについてだが……」


 彼女の頭の中で見つかりそうだった答えは散り散りになって消えてしまう。

 セフィライズの釣り目気味の銀色の光彩は、しっかりとスノウをとらえていた。


「先日も伝えた通り、我々の国、アリスアイレス王国第一王子の病を治してもらいたい」


 スノウはわたしに出来るでしょうか。と、答えようとした。しかし口にはできなかった。

 もし出来ないとなれば、どうなるのか。そちらを聞く事の方が怖かったからだ。

 もしも、もしもだ。戻った時には、既に亡くなっていたら。それこそどうなるのだろう。


「それまでは、申し訳ないが我々に従ってもらう。しかし、それが終われば、君は自由だ」


 自由。その言葉に、スノウは戸惑った。


 自由とは、本来それは、喜ぶべきことのはず。

 しかし、何故だろうか、彼女は嬉しいとは、思わなかったのだ。


 複雑な気持ち、迷う、困る、嬉しいのに辛い。よくわからない感情が胸をいっぱいにする。何かをセフィライズに答えないといけないのに。スノウはしばらく言葉に詰まった。

 彼も特に回答を求めていないのか、スノウの状態を察したのか、何も言わないでいる。




「……ありがとうございます」


 挨拶となんら変わらない、感謝の言葉しか発せられなかった。












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