19.コンゴッソの夜編 惜別
スノウが壁際まで後退するのを確認し、セフィライズは男2人に向けて戦闘態勢に入った。白刃を構える男達とは対照的に素手だ。スノウは胸に手をあて、目を閉じる。そういえば、彼女が初めて会った時も、彼は何も持っていなかった。
「大人しく金を出せば死なずに済むんだよ!」
叫びながら男達が剣を振り上げてきた。
「どうせ始末する気だろ」
セフィライズは小さな声で反論し、男の1人が振り下ろしたその剣先を避けた。
ズッ……っと靴が地面の土を捻り、セフィライズがその男の背後に回る。
瞬く間に、男の後ろから首をめがけ拳を振り下ろしていた。男が地面の砂を舐めると同時に、もう1人の男がセフィライズに向けて刃を振り下ろす。
――――切られてしまうっ!
スノウは口を抑え、漏れ出そうになる声を押し殺した。避けられないと、目を瞑る。
酷く鈍い音がした。
スノウが次に瞳を開けると、セフィライズは傷ひとつなく地面に屈服する男に剣を向けていた。もうひとりの男の姿がない。しかしスノウはすぐに、まるで折りたたまれた服のように崩れた男を見つけた。建物の影に紛れすぐには気が付かなかったのだ。
スノウは息を飲む。セフィライズは男から奪った剣を払い、地面に屈服する男の頭を踏みつけた。
「あっちの男を連れて去れ。追わない」
鋭い目で男を睨みつけた。それでも返事をせずに苦い声を漏らすばかりの男の目の前に剣を突き刺して見せると「ヒッ」という小さな声を上げた。
「わかった、わかった……!!」
セフィライズは男の体を軽く蹴り上げた。男はすぐさま立ち上がり、気絶しているであろうもう1人へと駆け寄る。仲間を担ぎ上げ、すごすごと逃げる姿は無様そのものであった。
その男達の気配が消えるまで警戒しつつ、彼はスノウの方へと視線を向ける。あまりにも心配そうにしている彼女の姿に少し笑みがこぼれた。
「行こうか」
セフィライズが手を伸ばした。
明るさの無い夜に彼の黒髪はさらに黒く見え、黒曜と呼ばれるだけの美しさがあった。その髪に遮られ、相変わらずよく見えない彼の表情だが、柔らかく微笑んでいることはスノウにもよくわかった。
その手をとる。彼が少し引っ張ると、想定していたはずなのに予想外で、体がふらりと彼の方へと落ちる。スノウのか細い肩がセフィライズに支えられた。
「すみません……!」
恥ずかしくなってセフィライズの胸を押し返しすぐ背を向けた。彼がどんな表情をしているかはわからない。しかしスノウの肩を彼が軽く叩く。行くぞと声をかけられた。
スノウは、はいと声が出なかった。何故だか胸がとてもうるさくて、何故かとても恥ずかしいからだ。
セフィライズはスノウを宿の入り口まで送ろうと考えていたが、そもそも抜け出したのは窓からと告白された事を思い出す。入口から戻れば彼女が抜け出したことがバレてしまうだろう。
セフィライズは屋根に上れそうな場所を探した。ちょうどよく木箱が積み上げられているのを見つけ、軽々とその上を登っていく。後から来るスノウへ手を伸ばし助け上げた。
彼女の部屋であろう宿の窓まで連れて行く。セフィライズ自身が台になるようにしゃがみ、肩に足をかけて登るように指示を出す。遠慮をしているのか少し間があったが、スノウは無事に窓の下枠へたどりついた。
「カイウスさん、ありがとうございました」
部屋の中に入り窓から再び覗くと、隣の建物の2階屋根に立つ彼は、風に邪魔される髪を手で抑えていた。
もう、会うこともないのだと、スノウは思う。この瞬間、これが最後。
「あの、時も……たくさん、ありがとうございました……」
言いたいことがある気がする。まだ伝えたい何かがある気がする。しかしスノウには、またもや言葉が出ない。セフィライズは窓際で何か辛そうな表情をしているスノウを見上げて困ったように笑う。
「私は、ただの傭兵だし。君は、私にとってただの商品だよ」
彼の言葉の意味を、わかっているのだ。そんなことは。表面は、そうかもしれない。それでも、何か別の、別の何かが、あると、思ったのだ。いや、思いたかったのかもしれない。だから、スノウは言葉を絞り、そしてもう一度「ありがとうございました」とだけ、声を出した。
「……大丈夫、アリスアイレスは大国だし。もう君は、大丈夫だ」
スノウに背を向け、カイウスはその場を離れる。彼の姿が闇に溶けるのはすぐだった。スノウはただ、その闇の中を見つめる。もう会うこともない彼に。
ただ、綺麗な思い出にしたかっただけなのかもしれない。どうしようもない状態で、ただ彼を、綺麗な状態で胸にしまっておくのだ。小さな宝箱、たまに取り出して見ればいい。大切な宝石のように。
自由なんてない、自分から逃げる事も、進む事も、選ぶ事も。しかし選べたとしても、選ばない。だからこれでいい、目を閉じて、胸の中の小さな小さな宝箱に、全ての思い出を詰め込んだ。
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