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16.コンゴッソの夜編 窓辺から



 今夜は雲ひとつなく、星がよく瞬いている。底の見えない闇の中に散りばめられた煌めきは、まるで宝石のように美しい。とりわけ目を引くのは、二つの青白い月が重なり合う姿だ。夜空に浮かぶランプのように闇夜の街を照らし、窓際に座るスノウの顔もそっと照らしていた。

 スノウの民族は、世界とは別の暦を持っていた。それは二つの月の動きを観測して刻まれるものだ。二つの月が重なるまでに生まれた子は皆、一歳と数えられ、月が重なるたびに年齢を重ねていく。

 世界の暦で計算すれば、彼女は十八歳前後だが、今日、十二回目の月の重なりを越え、この暦で数えるところの十三歳を迎えた。

 もし家族達が健在であれば、癒しの神エイルに祈りを捧げ、大切な神殿で祝いの席を開いていたことだろう。

 数少なくなった家族達の中で、唯一スノウだけが治癒術が使えた。衰えゆく一族。それももう……。もう、あの神殿を守る者はいなくなってしまった。



 スノウは視線を月明かりに照らされた街へと向けた。すぐ目の前の屋根、右を見れば裏路地、左は彼女が歩いてこの宿にきた道だ。比較的大きな通りで、夜が更けてもなお、まだ人通りがあった。仲間同士で愉快に笑い、酒に酔う人たち。それをただ、なんとなく眺めるだけ。

 ふと、裏路地にある小さな酒場の入り口に、何人かの人が入っていくのが見えた。


 いいな、楽しそう。と、スノウは思う。そういえば長く誰とも話していなかった。言葉を誰かと交わし、分かり合ったのはいつのことだったか。目の裏にカイウスの顔が浮かぶも、すぐに首を振った。

 思えばあの時だけだ。最近、人らしい会話をした気がしたのは。


 またひとり、酒場の入り口に誰かが入った。暗い夜道、それが誰か、と判断つくはずなどないのに、スノウはそれが、彼、に見えた。

 会いたい、咄嗟に生まれた感情。明日にはここを出ると聞いていただけに、今でなくては、この時でなくては、もう会えないと強く感じた。

 部屋を出るために扉を開ける。薄暗い廊下の右左を確認するも、人の気配はなかった。ふぅと胸をなでおろし、歩きだそうとした刹那、スノウの肩に手が添えられた。


「ひゃっ!!」


 突然すぎて、彼女はわかりやすい変な声を出した。飛び上がりながら後ろを向くと、そこにはレンブラントが立っている。


「どうかなさいましたか?」


「あ、いえ、えっと……外に、出たいなぁと、その、酒場に……」


 レンブラントから不審そうな目で見られた。酒を飲みに行こうとしてるように聞こえたのだろう。スノウは恥ずかしくなって頬を赤らめた。


「申し訳ございません。外出はお控えいただきますよう、お願いいたします」


 でも、とか、だって、とか。そういう言葉を言えるような声色ではなかった。スノウに選ぶ権利がそもそもないかのような声。閉じ込められているようなものだ。スノウの立場は、扱いが丁寧になっただけでいままでと対して変わらないのかもしれないと悟る。


「はい、すみません……」


 どうぞとレンブラントが扉をあけた。スノウがゆっくり部屋に戻ると、彼はおやすみなさいませと頭を下げ扉を締めた。

 しばらく窓の外を見る。しかし彼女はこれで諦められなかった。もう最後だから、この時を逃したら、もう二度と会えないのかもしれない。

 ここはたしか3階。目の前にあるのは隣に建っている2階建ての屋根だ。いけるかもしれないと彼女は思った。屋根に飛び乗り、地上へと降りられそうなところを探せば、もしかしたらと。


 スノウは窓枠に足をかけ、身を乗り出した。外の風が生ぬるい、しかし昼間よりも冷たい。彼女の癖のある金髪を揺らし、スノウは乱れるそれをかきあげた。

 いける。スノウはさらに体を外へ。ゆっくりと足を屋根へ向かっておろそうとした瞬間。


 ズルッ―――


 踏み外した。スノウは窓の縁を必死につかみ、落ちるのを耐える。つま先で降りられそうな場所を探した。足先が固いものに触れる。スノウは思い切って飛んだ。

 傾斜のある屋根の上、ずり落ちていく体を支えるため、手を必死に伸ばして瓦をつかむ。ゆっくりと起き上がると、少し不安定な屋根の上、両手を広げて進んだ。降りられそうな場所を探して。


 なんだか、とてつもなく悪いことをしているようだ。背徳感からか心がざわめく。しかし同時に妙な高揚感を覚えた。





 

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