表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
17/388

16.コンゴッソの夜編 窓辺から



 今夜は雲ひとつなく、星がよく瞬いている。底の見えない闇の中に散りばめられた煌めきは、まるで宝石のように美しい。とりわけ目を引くのは、二つの青白い月が重なり合う姿だ。夜空に浮かぶランプのように闇夜の街を照らし、窓際に座るスノウの顔もそっと照らしていた。

 スノウの民族は、一般的に使われる暦とは別の暦を持っていた。それは二つの月の動きを観測して刻まれるものだ。二つの月が重なるまでに生まれた子は皆、一歳と数えられ、月が重なるたびに年齢を重ねていく。

 世界の暦で計算すれば、彼女は十八歳前後だが、今日、十二回目の月の重なりを越え、この暦で数えるところの十三歳を迎えた。

 もし家族達が健在であれば、癒しの神エイルに祈りを捧げ、一角獣(ユニコーン)の乙女にとって大切な神殿で祝いの席を開いていたことだろう。

 数少なくなった家族達の中で、唯一スノウだけが治癒術が使えた。血が衰えゆく一族。それももう……そして、あの神殿を守る者はいなくなってしまった。



 スノウは視線を月明かりに照らされた街へと向けた。すぐ目の前の屋根、右を見れば裏路地、左は彼女が歩いてこの宿にきた道だ。比較的大きな通りで、夜が更けてもなお、まだ人通りがあった。仲間同士で愉快に笑い、酒に酔う人たち。それをただ、なんとなく眺めるだけ。

 ふと、裏路地にある小さな酒場の入り口に、何人かの人が入っていくのが見えた。


 いいな、楽しそう。と、スノウは思う。そういえば長く誰とも話していなかった。言葉を誰かと交わし、分かり合ったのはいつのことだったか。目の裏にカイウスの顔が浮かぶも、すぐに首を振った。

 思えばあの時だけだ。最近、人らしい会話をした気がしたのは。


 またひとり、酒場の入り口に誰かが入った。暗い夜道、それが誰か、と判断つくはずなどないのに、スノウはそれが、彼、に見えた。

 会いたい、咄嗟に生まれた感情。明日にはここを出ると聞いていただけに、今でなくては、この時でなくては、もう会えないと強く感じた。

 部屋を出るために扉を開ける。薄暗い廊下の右左を確認するも、人の気配はなかった。ふぅと胸をなでおろし、歩きだそうとした刹那、スノウの肩に手が添えられた。


「ひゃっ!!」


 突然すぎて、彼女はわかりやすい変な声を出した。飛び上がりながら後ろを向くと、そこにはレンブラントが立っている。


「どうかなさいましたか?」


「あ、いえ、えっと……外に、出たいなぁと……」


 レンブラントは驚いた顔をしていた。しかしすぐに険しい表情にかわり、鋭い眼光が彼女を見つめる。


「申し訳ございません。夜の、女性の外出は大変危険です」


 コンゴッソは、おおむね穏やかな街だ。しかし、夜の女性の外出となれば話は別。途端に危険が跳ね上がる。それくらい、誰もが知っている常識のはずだった。

 なのに彼女は、まるでその危うさを一つも知らないかのように「外に出たい」と言い出したのだ。レンブラントが一瞬言葉を失ったのはいうまでもない。


「はい、すみません……」


「どうぞ」


 レンブラントが静かに元の部屋の扉を開けた。スノウがゆっくりと中へ戻ると、彼は小さく会釈して言った。


「おやすみなさいませ」


 その言葉とともに、扉は静かに閉ざされた。

 スノウはひとり残され、しばらく窓の外を見つめた。夜の気配は深く落ち着いているはずなのに、胸の奥だけはざわついたままだった。

 諦められない。もう最後かもしれない。この時を逃せば、もう二度と会えない気がした。

 窓辺から身を乗り出すと、ここが三階であることにあらためて気付く。すぐそばには、隣家の二階建ての屋根が斜めに伸びていた。

 これなら、いけるかもしれない。飛び移って、そこから地上へ降りられそうな場所を探せば、もしかしたら。スノウは胸の前で、手をぎゅっと握った。


 スノウは窓枠に足をかけ、身を乗り出した。外の風が生ぬるい、しかし昼間よりもひんやりとしている。風は彼女の癖のある金髪を揺らし、乱れるそれを彼女はかきあげた。

 いける。スノウはさらに体を外へ。ゆっくりと足を屋根へ向かっておろそうとした瞬間。


 ズルッ―――


 踏み外した。スノウは窓の縁を必死につかみ、落ちるのを耐える。つま先で降りられそうな場所を探した。足先が固いものに触れる。スノウは思い切って飛んだ。

 傾斜のある屋根の上、ずり落ちていく体を支えるため、手を必死に伸ばす。ゆっくりと起き上がると、少し不安定な屋根の上、両手を広げて進んだ。


 なんだか、とてつもなく悪いことをしているようだ。背徳感からか心がざわめく。しかし同時に妙な高揚感を覚えた。





 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ