12.オークション編 鑑定
今まで何か人に失礼なことをしたのだろうか。何か、罰を与えられるような罪を、犯したのだろうか。ただ産まれ、それが特別な力を持つ一族であって、その力が故に流浪の民として生き、そして今がある。
スノウは石造りの牢屋のような冷たい部屋に入れられていた。両手は既に縄で縛られた状態で、膝を抱え座っている。どこからともなく水が滴る音が響いていた。
――――わたしは何かしましたでしょうか……
天井にほど近い小さな鉄格子の窓から月明かりが差し込んでいる。青白い光の筋が、彼女の足元を照らしていた。その光の中へ進み、両手を強く握り合わせ天を仰ぐ。スノウは自身が信仰する癒しの神エイルに祈りを捧げた。
癒しの神エイルを信仰し、その眷属である一角獣と契約を交わしている乙女達は皆、信仰心が厚かった。目覚めと就寝の祈り、毎食の際の祈り、そして決められた日に癒しの神エイルの神殿を巡礼する。砂漠を流浪する彼女達は、外界との接触が少なかった。古い習わしを大切にし、伝統を引き継いで生きてきたのだ。
しかし今、この世界ではマナの減少と連動するように、神々への信仰が人々の間で無くなりつつある。
石階段を誰かが降りてくる足音が響いた。スノウはそっと身を潜める。鉄格子の端に体を寄せ、蝋燭の灯りでよく見えない階段へと目を凝らした。
降りてきたのは、スノウをこの場所へ連れてきた男。そしてもう1人。白いフード付きのロングマントで深く顔を隠す男だった。その姿は、この石壁で作られた地下にはかなり異質。フードの裾には赤い生地の上に特徴的な幾何学模様が金糸で編み込まれている。それはとても上質に見えた。
「こちらです、こちらの……そう、こいつです。白き大地の民」
その声に、スノウは白き大地の民の子供が同じように捕まった、というギルドでの話を思い出した。スノウは姿を探すも、男達の背中でその場所はよく見えなかった。
鉄格子が開く音。男が中にいた小さな子供の頭を掴み、ローブの男に見せるように顔を持ち上げている。その子供の髪は白く、肌は汚れいていた。力が入らないのか、それとも意識がないのか、体はゴムのようで何をしても声すら出さなかった。
「白亜は最近偽物もよく出回るので」
「……残念だが、その偽物だ」
白き大地の民の蔑称である白亜。彼らの髪と目は銀色だ。しかしその子供は、髪は確かに白いが、白すぎる。白髪なのだ。視力を伴っていなさそうな虚ろな瞳も濁った灰色だった。
「そうですか、やはり。もう20年ぐらい前でしたっけ。流石にこんな小さな子供が、すんなり捕まえられるわけないとは思っていましたよ」
生き残った人々がいないわけではない。しかし彼らはかなり希少な状態なのだ。
リヒテンベルク魔導帝国は彼らを惨殺しておきながら、当時はその利用価値に気がついていなかった。そのせいで、血眼になり白き大地の民を集めている。
大量のマナに変換される肉体。マナが枯渇していくこの世界において、血肉は魔術を使う際に大いに活用できる。強大な魔術を使おうと思えば、彼らは供え物として大いに役立つ。そのため、このように偽物が用立てられることも多々ある。
「ありがとうございました。あと、こちらも見て頂けますか」
鉄格子を閉めた男達がスノウの方へ振り返る。彼女は慌てて顔を俯かせ背を向けた。革靴が石造の床に当たる音が近づいてくる。
ガシャン−−−−
鉄格子が揺れる音で、スノウは身を縮めた。
「この娘、癒しの力を使うとのことですが。どうでしょうか」
鉄格子を開けようとする金属の擦れる音に、スノウは耳を塞ぎたくなった。何をされるか分からない恐怖で震え、体を小さくする他ない。
「開けなくてもいい、彼女は……本物だ」
「そうですか、それはよかった」
何も確認せず、男達は去っていく。スノウは恐る恐るその後ろ姿を見た。
ふと、長いローブを纏いフードで顔を隠す男が、カイウスに見えた気がした。しかし、それは絶対にないと首を振る。彼女の心が、彼に向いていたせいだろう。
スノウは膝を抱え、まだ俯くことしかできなかった。