10.オークション編 交渉
彼らはいま、コンゴッソの街のギルド受付にいた。朝から黄土色の大地を歩き続け、土埃に包まれながら、ようやくたどり着いたのだ。
扉をくぐるなり、セフィライズはスノウの手首をぐっと握り、思い切り引っ張った。スノウはよろめきながらも、なんとかギルドのカウンター前に立つ。
「依頼料を頂きたい」
スノウは耳を疑った。
セフィライズの口から、信じられないほど冷たい声が吐き出されたのだ。その響きに、思わず身がすくむ。
ギルドの建物に入るまでは、彼は昨日と同じセフィライズだった。乾いた大地を行く途中、砂をかき分けるように進む砂羽虫を見て、スノウが「あれは、わたしの故郷にもよくいる虫です」と指さしたときのことだ。セフィライズは頷き、穏やかな顔を見せてくれた。スノウはそれを見て、ほんのひととき安らいだのだ。
まるで夢のよう。いや、でもわかっていたことだ。彼の目的は、奴隷商の護衛をして報酬を得る事。いまとなっては、もはや残った売り物はスノウだけ。そのスノウを、金銭に変える為に助けたのだ。
だから、こうなることは、彼女にはわかっていた。けれど。
カウンターの前に突き出された時に掴まれた手首がじんじんと痛んだ。体がふらつく。なんだか、とても……。まっすぐ立っていられない気がした。
ふらりと後ろへ後ずさった、そのとき――。
「おらおら、汚ねぇ小娘が! 俺様にぶつかってんじゃねぇぞ!」
「きゃっ……」
スノウは何者かに突き飛ばされた。見上げなければいけない程の身長に、大きな筋肉を飾りのようにつけた大男。黄色い牙のような歯をむき出しながら笑っている。髪は短く刈り上げられ、耳には大振りの輪や尖った金属が飾り付けられている。
セフィライズは倒れたスノウへと駆けよった。
――――大丈夫か
スノウにしか聞こえないてあろう小さな声で発せられる気遣いの言葉。耳に届いたその瞬間、スノウはとても困惑した。
「こんな小娘ひとり連れ帰った程度で文句を言っているのか? 黒曜の霜刃さんよぉ」
ギルドカウンターのすぐ隣にある木椅子に腰掛けたその大男は、ブーツをテーブルの上に乗せ足を組む。靴底についた砂がばさりと広がった。
「俺様なんて、つい二日前にご到着だぜ! もちろんお品物も完璧だ、俺様達の獲物はなんと、白亜のガキだ!」
男の言葉に、周囲にいた他の冒険者達もざわめいた。白亜――白き大地の民はいまや殆ど根絶やしになったとされる。それを生きたままでしかも子供というのだから。
つい、二十年前のことだった。
リヒテンベルグ魔導帝国は突如、白き大地の民に宣戦布告した。圧倒的な軍事力を誇る帝国は、少数民族に過ぎない彼らを瞬く間に屠ってしまった。
ではなぜ帝国は、突如このような暴挙に踏み切ったのか。理由は、白き大地の民の王が世界の中心を手に入れたからだ。いや、手に入れたと言われている、からだ。
【世界の中心】――それは、あらゆる富と知識、そして力を授け、無限のマナを引き出せるという伝説の秘宝である。しかし、白き大地の民はそれを独占した。この世界は急速にマナを失い、人々が苦しんでいるというのに。
リヒテンベルグ魔導帝国は、神の名を掲げて宣言する。「世界の中心を奪い取り、民衆のために使わねばならない」と。
帝国が信じるノルド教神罰派の教えでは、異教徒は神の前で人とは認められないとされている。また、ノルド教は「すべての人は努力を惜しまず、平等に幸福を得るべきだ」と説いていた。
そう、リヒテンベルグ魔導帝国にとって白き大地の民は、もはや人間ではなかった。彼らは世界樹が燃え、その灰から生まれ落ちた、ただ人の姿をした動物にすぎない。
だが、炎に焼かれた大地に積み重なる死体をいくら漁しても、神殿の中で王の亡骸を切り刻んでも、世界の中心は見つからなかった。
白き大地の王が手に入れた世界の中心。しかし、それを実際に目にした者は誰もいなかった。
この戦争は、リヒテンベルグ魔導帝国が根拠のない因縁を理由に、一つの種族を滅ぼした悲劇。今ではそう語り継がれている。
そしてしばらく後の事。彼らの死体は腐敗しながらも、ゆっくりと光に溶けて消えていった。白き大地の民は墓という文化を持たず、死人を光に変えて分解する魔術を使うと考えられていたが、実は違ったのだ。そもそも彼らの種族は死すれば体が残らなかった。
スノウは肩に触れているセフィライズの手が食い込むのを感じた。たしかに一瞬、その瞳に憤怒の色を見た気がしたのだ。
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