10.オークション編 交渉
「金貨5枚程度で、私が納得すると思っているのか?」
スノウは黒髪に染め変装をしているセフィライズから信じられないぐらい冷たい声が発せられるのを聞いて怖くなった。彼らは今、コンゴッソのギルドの受付にいる。翌朝から黄土色の大地を歩き、土埃に巻かれながらたどり着いたのだった。
ドンッ――――
セフィライズはわざとらしくカウンターを叩きつけた。スノウはさらにその音で、肩をすくめると、手を胸に強く押し付け目を閉じる。
まるで夢のようだと、その声を聞いて思った。今までの彼は、きっと幻想だったのだ。
「しかし、通常より多くお渡ししております。それに、あなたは《《商品》》をひとつしか守れなかったではありませんか」
「お前らが一番欲しがっていたモノを連れてきたはずだが? なら、私がこの場で壊してやろうか」
セフィライズは振り返る。スノウは恐怖の表情でそれを見た。無表情の彼の冷たい視線。スノウは現実を理解するまで思考が追いついておらず、まるで別の世界に来てしまったような感覚になっていた。
この街に入った瞬間、別の場所、別の空間の同じ世界に飛ばされてしまったかのような衝撃。
スノウは身の危険を感じ後ずさると背中に何かが当たった。
「おらおら、汚ねぇ小娘が! 俺様にぶつかってんじゃねぇぞ!」
「きゃっ……」
スノウは何者かに突き飛ばされた。見上げなければいけない程の身長に、大きな筋肉を飾りのようにつけた大男。黄色い牙のような歯をむき出しながら笑っている。
セフィライズは倒れたスノウへと駆けよった。
――――大丈夫か
スノウにしか聞こえないてあろう小さな声で発せられる気遣いの言葉。耳に届いたその瞬間、困惑していたスノウはまるで糸が切れるかのように、せきを切って大粒の涙を流した。
――――私が見ているから、君は眠るといい。
焚き火のほの暖かな灯火と共にスノウが思い出すのは彼だ。黒い前髪が表情を隠していても、優しさが伝わるような。スノウにとってそれは変えられない暖かさだった。
――――わかりません、わたし……あなたが、わからない……
スノウは怖くなって首をふる。何が起きてるのか分からない。
優しくしてくれたのは、助けてくれたのは、全てお金のため? 金の卵を雌鳥と同じ、ただの商品でしかなかったの? と、スノウは頭の中で絶望にも似た感情を渦巻かせて、ただただ座り込むしかなかった。
「こんな小娘ひとり連れ帰った程度で文句を言っているのか? 黒曜の霜刃さんよぉ」
ギルドカウンターのすぐ隣にある木椅子に腰掛けたその大男は、汚れたブーツをテーブルの上に乗せ足を組む。セフィライズはそれを冷たい目で睨みつけた。
「俺様なんて、つい2日前にご到着だぜ! もちろんお品物も完璧だ、俺様達の獲物はなんと、白亜のガキだ!」
男の言葉に、周囲にいた他の冒険者達もざわめいた。白亜……白き大地の民はいまや殆ど根絶やしになったとされる。それを生きたままでしかも子供というのだから。
白き大地の民は創生と魔術の神イシズと同じ、銀髪に銀色の瞳、白い肌を持つ民族だ。かつては地上にあったとされる世界樹が根ざしていた、白き大地。その場所にある魔術の神イシズを祀る神殿を守り続けた人々でもある。つい20年前までは。
白き大地の民をリヒテンベルク魔導帝国が屠り、彼らは一瞬にしてほとんど根絶やしの状態になってしまった。
今では、彼らの血肉が大量のマナに変換されるという事実から貴重な存在として見られている。しかしそれは、人として、ではなく《《物》》として、かもしれない。
生き残った白い大地の民は白亜という蔑称で呼ばれ、今なお迫害されているのだ。
スノウは肩に触れているセフィライズの手が食い込むのを感じた。涙でよく見えないが、たしかに一瞬、その瞳に憤怒の色を見た気がしたのだ。
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