我慢
空が薄暗い。だいぶ、日が短くなってきた。
「なあ、伊織」
「ん?」
「谷村殿に云った話だが」
「えっ」
伊織はどきりとして思わず足を止めた。すると、辰之助は戻って来て伊織の腕を取った。
「俺は言葉にならぬほどうれしかった。まさか、お前が俺のことを幼少の頃から見ていたとは、いや、全く知らなかった」
「お、お前…」
伊織はからかわれていると知り、目を吊り上げた。
辰之助が笑う。
「うれしすぎて、胸が震えたぞ」
う、と言葉に詰まる。
息をするのがやっとだった。
「この場で押し倒してお前にいろいろ伝えたいことがあるが、まあ、我慢しよう」
辰之助の口に蓋をすることができたなら。この時、本気で思った。
「伊織」
「…うん?」
突然、まじめな声がして伊織が見ると、辰之助は真剣な眼差しでこちらを見ていた。
「江戸に黙って行ってしまったこと、本当にすまなかった」
改まって謝られる。
「でも、ずっと一緒にいたら、こんなふうにはならなかったかもしれない。俺は江戸に行ってからも、お前のことを一日も忘れたことはなかった。会いたくてたまらなかった。お前がいないと駄目なんだと、思い知らされた。ある意味、修行見たいだったぞ」
最後は軽口を云って、苦笑する。
伊織は人気がないのを見ると、辰之助を暗い影のある場所へ引っ張った。
激しいくらい心ノ蔵がガンガン音を立てていた。
「ここで…」
「えっ?」
辰之助がギョッとする。
「ここで、俺を抱いてくれてもいい」
向きあって両手で襟を引き寄せると、辰之助が目を丸くした。しかし、肩を揺らして笑いだすと、伊織の胸に頭をくっつけた。
「お前、それをここで云っては駄目だろう」
「なぜだ?」
「なぜって…」
呆れたように云った辰之助がすごい力で抱きしめてきた。
「お前が思っているほど、俺は我慢強い男ではないと云うことだ」
どう云う意味だろう。
首を傾げると、下肢の間に辰之助が足を挟んできた。
辰之助の熱を感じる。
「これでもいいって云うのか?」
「俺は…」
伊織は魂を込めて云った。
「お前を愛しているから。他の者などいらない」
思い切って伝えると、辰之助がこれ以上ないくらい笑顔になった。
そして、何だか泣きそうな顔になった。ぐっと顔を寄せてくる。
「では、我慢しない」
その言葉に身が震えた。




