4話 夢の先へ
オリンピックと言われたオレたちは、はっとした。
「スケボーって、オリンピックの種目にあるのか!?」
モモが驚いた様子でミカに詰め寄る。
「そうだよ。ってか、知らなかったの?」
「うん」
素直にうなづくモモ。オレも知らなかったけど、ミカが詳しく説明してくれた。
「東京五輪からだっけ。スケボーが正式種目になったんだよ。結構中学生とかも選手に選ばれてるんだよ」
「中学生? マジか」
オレはスケボーを持つと、血が沸き立つような感覚を覚える。モモも同じなのか、ふるふると小刻みに震えている。武者震いというやつだろうか。
『スケボー オリンピック』をスマホで検索する。どうやら世界ランキングに載れば五輪出場権がもらえるらしい。
「世界ランキングって、どうやったら載るんだ?」
モモがオレのスマホをのぞき込む。よくわからないが、世界大会に挑戦して、いい結果を残せばいいらしいけど……。
「まずはともかく、世界大会に出なきゃいけないんだな?」
「モモ、マジでオリンピック出場、狙う気?」
オレがモモにたずねると、彼は生唾を飲んだ。あごに手を当てると強くうなづく。
「これもなんかの縁だろ。お前たちに会って、オリンピックのことを知った。もうそれは出場しろって神様か何かの思し召しだろ」
「俵さんって意外に信心深いんだね」
ミカが笑うと、モモは照れくさそうに頭をかいた。
オレたちが楽しく会話していると、身長の高い男たちが寄って来た。なんだ――? オレは身構える。
「よう。お前らここでスケボーしてるのか?」
「スケボー禁止だって聞いてねえの?」
「とっととどけよ。ここは俺たちブレイキンサークルの場所だ」
男たち3人は、オレたちをどかせるつもりだ。オレはモモに目配せする。
「ブレイキンって何?」
オレが頓珍漢なことを聞くと、男たち3人はガクッと肩を落とした。
「お前ねぇ……ブレイキン知らないのか?」
「うん、ごめん!」
バカ正直に答えると、男のひとりがわざわざ説明してくれた。
「ブレイキンってのは、ダンスの一種だよ。ステップ踏んで、頭でクルクル回ったりすんの!」
「お前らスケボーは手すりとか壊すかもしれねえけど、ブレイキンはダンスだから街のものを壊したりはしねえからな」
……そうか。確かにスケボーはやる場所がなかなかないかもしれない。それに比べてダンスなら、どこでもできるのか。
納得していると、スマホを見ていたモモが口出した。
「ブレイキンも五輪競技だったのか。でも、ロス五輪ではやらないみたい――」
モモの襟元を男が掴む。
「そうだよ。スケボーはあるのにブレイキンはねぇんだ。俺たち可哀想だと思わないか? ――ああ、スケボー選手様には関係ねえか」
いちゃもんをつけられたモモは、自分で手を払って謝った。
「……ごめん、知らなかったから」
「ちっ」
男たちは舌打ちすると、オレたちを追い払う。
「お前らスケボーはきちんとしたところで練習できるだろ。五輪出場権だけじゃなく、練習場所までとるんじゃねーよ!」
「わかったよ、行こうぜ」
五輪出場権。ブレイキンのやつらは、オリンピックを狙っていたのだろうか。五輪の正式競技になったばっかりだったのに……。
ブレイキンのやつらの気持ちもわからなくはない。オレたちは仕方なくその場所から移動することにした。
3人で来たのは、西口と東口をつなぐ陸橋だった。自転車が通れるよう、階段の真ん中にスロープがある。
「ここなら文句言われないだろ」
そう言うとモモはオレに言った。
「リカ、お前はどーすんの?」
「え? どーするって?」
「オリンピックのこと。目指すのか?」
「オリンピック……」
オレは勉強より運動が好きだ。スケボーなら高校進学してもできる。オリンピック金メダルを取ったら、何より『楽にダラダラ生きる』ことができるんじゃないか。
モモを見据えてオレは言った。
「うん。将来楽に生きるためならやるわ」
「なんだよ、そのいい加減な感じ」
オレが真剣な眼差しでぬるいことを言うと、モモはうな垂れる。そんなモモに、逆にオレは聞いた。
「モモはどうすんだ?」
「俺は――」
モモも真剣な表情でオレたちに言った。
「やるに決まってるだろ。オリンピック? 上等だぜ」
オレとモモは、どちらからともなく拳をぶつけ合う。
「じゃ、オレたちふたりは、これからオリンピック金メダルを目指すっ!」
「応っ! ……って、まだルールとかいろいろわかってないんだけどな。とりあえずモモ、スケボーの乗り方教えてよ」
オレが頼むと、モモはがっくりした。こんな調子でオリンピアンを目指せるだろうか。でも、やるしかない。オレの楽な人生のために。
「……俺は自分の練習プラス、リカのセンセイかよ……」
「俵さん、うちのお兄がすみません!」
「なんでミカが謝るんだ」
俺は買ったばかりのヘルメットをかぶり、スケボーを少し走らせる。体育の成績はいいから、スケボーもなんとかなると思うんだけど……なんて、余裕をぶっこいていたら、コケて後ろに尻餅だ。
それを見ていたモモは手を顔にかざした。
「あっちゃー……だよな、初心者は。まずは受け身からやったほうがいいかも」
「いててて……まぁ頑張るよ。金メダル取って一攫千金っ!」
「リカは調子いいんだから」
ミカも呆れたようにつぶやく。この日はモモと連絡先を交換して、お開きになった。モモがスケボーを持ってきてなかったからな。
――翌日。
「『ボーダー521』か。スケボーの話しかしてないんだな」
「リカ、今日も進路指導でしょ。人のSNSの話はあとにしなよ」
ミカに冷たく言われると、母さんが到着する。ミカは一足先に帰る。今日も塾があるからだ。先日ひったくりに遭ったから心配ではあるが。
母さんと落ち合い、進路指導室に入る。オレは先生に一礼して座った。
「どうだ? 将来に向けての希望は考えたか?」
聞かれたオレは、一拍置いて強くうなづいた。
「オレ……プロスケーターになりたいんです!」
「……は?」
進川先生だけじゃなく、母さんもぽかんとする。オレは更に語った。
「オレ、体育得意だし、部活ではないけどこれならやって行けそうだと思って!」
「すみません、うちの子がバカで」
「母さん、オレに失礼だろ! オレは本気だ!」
「……」
ふたりのやり取りを見ていた進川先生は、じっとオレを見ると質問した。
「葉羽、オリンピアンになるには、最低でも英語とフランス語がしゃべれないといけないぞ。それはわかっているのか?」
うっ……勉強のことを言われるとは思わず、息を飲む。オレは強くうなづいた。
「英語はともかくフランス語は全然わからないけど……オレ、やりますよ!」
ガッツポーズを取ると、進川先生はにんまりと、まるでアリスに出てくるチェシャ猫みたいに笑った。
「……面白ぇじゃん。俺の担任からオリンピアン。いいねぇ!」
「じゃあ、先生!」
「やれるとこまでやってみろ!」
「はいっ!」
オレは強くうなづく。その横で母さんが頭を抱えていたのを見て、こっそり心の中で謝罪する。
先生のお墨付きをいただいたオレは、秋の夕方のオレンジ色の空気を、胸いっぱい吸い込む。
あの日の聖火もこんな色だったなぁ、なんて、いつか参加する五輪にオレは思いを馳せる。
するとちょうどモモからダイレクトメッセージが届いていた。
『さっそく練習するぞ。この間の陸橋で』
オレたちはまだ始まったばかり。いつかのぼる表彰台を夢見つつ、オレは『了解!』とスマホに入力した――。




