1話 正義の味方?
外の空気を吸って、深呼吸した。秋からまた冬になる。未来は白露の先だ。オレだけ、目の前に霞がかかっている。目を凝らして、先を見つめる。果たしてオレの未来はどうなる――?
「リカ! 今日、進路指導の日だったよね!」
「あー……確かそうだったかも?」
「もうっ、ちゃんと覚えててよね! お母さーん、今日リカの進路指導だって!」
双子の妹・ミカが朝から騒がしくて、オレは不機嫌だった。……まぁ、ただうるさかったからって訳ではないけど。問題は、進路指導のことだ。
中学3年、秋口。この時期に進路があやふやな生徒はなかなかいないだろう。しかし、その『進路があやふやな生徒』が僕だ。
高校にはもちろん進学する。進む先の学校も、偏差値に合わせて決まってはいる。問題はその先だ。モラトリアムなんて、大学生じゃあるまい。だけど、受験先の高校は、ただ偏差値に合わせているだけで、将来を見据えて選んでいる訳ではないのだ。
「……本当にうちのお兄は適当なんだから。進学してからの話もするだろうから、しっかりしてよね?」
妹に苦言を呈され、オレは余計にやる気を無くす。進路指導か……。まぁ、進学予定の学校の話くらいならいいんだが。
オレには将来の夢がない。だから、一応高校、大学に進学して、適当に就職しよう。そんな甘っちょろい考えだった。オレみたいな人間はひとりじゃないと思う。奨学金をもらって進学するような尊敬すべき偉い学生とは違う。そういう意味で、オレは怠惰な学生だった。
「リカ、そろそろ学校行くよ!」
「お、おお」
妹に引っ張られて学校へ向かう。まだ眠い……。なんでミカは朝っぱらから元気なんだか。オレに取ってはうるさいだけだが、中学生はこれくらい元気なほうが正常なのかもしれない。
オレはミカに連れられて、今朝も寝ぼけ眼で学校へ向かった。
――放課後。オレは母さんと一緒に、進路指導室の前で待っていた。
「……眠い」
「こらっ、あんたの進路指導なのよ? しっかりしなさい」
「ん……」
母さんにたしなめられると、ドアが開いた。担任の進川先生が、入室するように促す。オレは母さんと中に入った。
一礼して、席に座る。進路指導、基本的に問題ないはずだ。将来の夢はないけど、偏差値に合わせた高校を進学先予定として申告しているし。オレは先生の顔を見た。
「葉羽くんの成績なら、進路希望の高校は問題なく受かるでしょう。ただね、葉羽くんが将来どんな大人になりたいか――それが見えてこないんだよ」
「……」
そんなこと言われたって、オレだってわからない。どんな大人になりたいか? そんなビジョンはオレにはない。
身近な大人は両親や先生だが、それなら普通に高校、大学に進学して、一流企業に就職しろって思うんじゃないかな。だとしたら、オレの進路は間違いじゃないと思うのだが……何が間違っていると言うんだ。
「葉羽くん、君は将来何がしたいのかね」
何がしたいか――そんなのはオレが知りたい。オレは閉口した。代わりに先生が続ける。
「いい高校、大学に入って、一流企業に就職する……昔ならそれが幸せになる方法だと思われていただろう。だけど今の時代は違う。学歴や職歴だけがすべてじゃないからな」
母親も大きくうなづく。
「私たち、親の意向だけじゃないのよ。あんたがどうしたいか。それが一番大切なんだから」
「……わかってるよ」
「双子の妹さんのミカくんは、弁護士志望だと聞いているのですが」
「それも学歴や職歴目当てじゃないんですか」
オレの進路指導なのに、ミカと比べられてムッとする。比べられるのは双子だから必然だけど……気分はよくない。オレは軽く言い返した。それに対して進川先生は、腕を組んだ。
「弁護士も確かに職歴だが、ミカくんは自分がやりたいことを明確にしているだろう? リカくんには、何かやりたいことはないのか?」
「やりたいこと……うーん」
オレが言い淀んでいると、先生は成績表を見た。
「君、運動神経はいいみたいだね。体育の成績がずば抜けて良い。体育会系の進路は考えたことないのかね」
先生から初めて提案された進路。確かにオレは体育の成績がよい。でも、体育会系の部活に入っていた訳ではないのだが、初めて体育会系の進路を提示され、小さく唸った。
「まぁ、まだ中学生だ。いくらでも進路を広げようと思えば広げられる。一般受験は来年だから、その前までによく考えておきなさい」
先生がそう締めると、オレの進路指導は終わった。
母親と家に帰宅すると、ミカがいなかった。今日は塾の日か。
「あっ、リカ。ミカのこと、迎えに行ってくれる? さっき行政無線で、ひったくりが出たって話だから」
「えぇ……。大丈夫だろ」
「犯罪を甘く見ないの。ほら、行った行った!」
母さんにせかされ、仕方なく出かける。こうなると母さんはうるさい。だから嫌々ではあるが、緊急避難だ。オレは駅前の塾へと向かうことにする。
駅までは1.2km。歩いて15分。オレは歩きながら考える。ミカは弁護士になりたいらしい。弁護士は士業だから、将来的にも安泰なのかもしれない。もちろん今はAIに仕事を取られるかもしれないという問題はあるが……。妹はしっかりと将来を見据えている。それに比べてオレは……。ミカと比べるなと思うが、自分が一番気にしているんじゃないか。
塾の前で、ミカが出てくるのを待つ。19:30。もう外は秋から冬へ。すっかり秋が深まった。時間になると、塾の生徒たちが出てきた。階段を降りてきたミカに、軽く手を挙げる。
「あっ、リカ。迎えに来てくれたんだ!」
「行政無線でひったくりが出てるって放送があってな」
「それで? ありがとう」
ミカと並んで帰路につく。秋らしくなったのは空の風景だけじゃない。今日は薄着すぎたか。薄いブルゾンを着ていたオレは、腕を擦った。
「ミカ、寒くないか?」
「うん、今まで暖房効いた教室にいたから」
「すっかり秋……いや、冬だな」
オレが小さくこぼしたときだった。風とともにバイクの音。ミカの横を走ったと思ったら――
「きゃぁっ! ひったくり!?」
「マジかよ!」
オレはミカのカバンのひったくりを全速力で追いかける。しかし、相手はスクーター。勝ち目はない――!?
諦めかけたその瞬間。ゴーッ! と謎の音が鳴り響いた。




