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幕間 凡人が天才に殺された日

 5年前、小学生の知怜は普通に優秀な普通の少年だった。


「これは魔法陣の問題と嘘をついている人を見抜く問題の組み合わせだな。ほらこの前やっただろ」

「あーそういえば!やっぱすげぇな知怜は」


 友人の何人かは中学受験をするらしく何度も問題を解かされたが、知怜は簡単に解けてしまった。


「お前なら塾とかいかなくてもあの晶箒学園に行けるって。一緒に受験しようぜ!」

「やだね、面倒くせぇし」


 しかし、彼にとって中学受験は特に選択肢に入っていなかった。

 勉強はできるからしているだけで全く好きではなかったからだ。むしろ、簡単に一番になれてしまう退屈なものでしかなかった。


「もったいねぇな。まぁいいや、日曜に晶箒で公開授業あるからちょっとついて来てくんねぇ?」

「面倒くさ、暇だからいいけど」


 でもこんな風にみんなから注目されて頼られるのは悪い気はしない。だからちょっと教えてやるだけならしてやる。


 知怜はそんな普通の人だった。



「じゃあ解けた人は手をあげてください」


 公開授業は本当に授業をそのままするだけだった。


 知怜の頭にはいつものように速攻で解いてみんなに注目されるところまで当たり前のように描けた。


 しかし、


「なぁ知怜この問題分かるか?」

「三角形を傾ける?……だめだ全然イメージできねぇ」

「えっ知怜にも解けない問題あるんだな。ちょっと意外」

「お前煽ってるだろ。俺は神か何かか?解けない問題くらいある」


 解けない。別に初めての経験ではないが久しぶりの感覚だった。どう足掻いても解けない。初見で解くのは誰にもできないはずだ。


「そもそもこんな問題誰にも」

「解けました」


 知怜が言い終わるよりも前に隣の少年が手をあげた。


 それが、彼との出会いだ。彼は髪をきちんと整えて話し方も丁寧。いかにも優等生といった少年だった。


「マジで!?教えてくれよ!」

「これは等積変形、えっと高さが同じだから面積も同じっていうのを使うんだけど……」


 そいつは急に話しかけた友だちに嫌がるそぶりもなく解説を始めた。


「私も教えてもらっていいかな?」

「もちろん!」


 さらには後ろの少女にまで教えはじめた。それは知怜が思い描いていた「いつもの知怜」だった。


「すげぇな!お前も受験するんだろ?ライバルが増えるな!」


 公開授業の後、お調子者の友だちは彼に話しかけた。


「僕は受験しないよ。暇だから来ただけ」

「えーもったいねぇな!知怜が解けなかった問題も解けるのに」

「知怜、くん?」

「あぁ俺だ」

「こいつすごいんだぜ、何でも解けるんだよな。まぁ今日は解けてなかったけど」

「そうなんだ!すごいね!」


 正直皮肉にしか聞こえなかったが知怜は「大人の対応」を意識してスルーした。



 その日の帰り、知怜は友人と別れて1人で駅を歩いていた。

 そして発見した、1人でストリートピアノを弾いている彼を。


 知怜は特に興味もなかったのでピアノは「弾けなくもない」くらいで、もちろん音楽に興味もない。それでも彼の音色に心が動かされ、非常識なほどに上手であるということが分かった。


「お前すげぇな!何でもできるのかよ!」


 知怜は彼がピアノを弾き終わったタイミングで話しかける。

 別に仲良くなりたいというわけでもなくただただ興奮のままに話しかけたのだが、そこで驚愕の事実に直面する。


「ごめん、誰だっけ?」


 昼間のようにいかにも優等生な人畜無害な顔で言われた。

 彼は知怜のことを忘れていたのだ。嫌がらせでもなく、純粋に。


「はぁ、忘れた!?昼間あったばっかりだろ!」

「僕、人のこと覚えるのが苦手で。頑張らなきゃなとは思ってるんだけど」


 彼の言い訳など知怜にとってはもうどうでもいいことだった。

 知怜は自覚してないが、自身の小学生とは思えないほど整った顔も相まっていつもは皆が笑って寄ってくる。

 人に覚えてもらえないなど、これまでもこれからもありえないことなのにこいつだけが真っ直ぐこちらをすり抜けていく。


「じゃあ今覚えろよ。俺は才田知怜だ」

「ありがとう!でも、その、また忘れちゃうかも。その時は本当にごめんね」


 彼は申し訳なさそうに、でもこちらに興味がないことが伝わってくる声で言った。


「お前の名前は?」

「僕?いや、別に覚えなくてもいいよ。そんな大した存在じゃないし」


 その言葉は知怜にとって「お前にわざわざ名乗ってやるほどの価値はない」と突きつけられているのと同義だった。


 これがちょっとイラッとするだけで終わる、訳が無い。こいつは自信過剰なわけではなく、単純に俺よりも圧倒的に高みにいるから俺のことなんて認識できないんだ。


 彼の能力に対する尊敬、自分のことを覚えてくれない苛立ち。それらは知怜に初めての感覚を作る。


 俺は、いや僕は彼のようになりたい。真っ向からあいつに勝ってやる、あいつの頭に刻まれるほどの存在になってやる。

 ただの通りすがりじゃなく、絶対に無視できない「何か」に。

 そのためなら……全部捨てたっていい。


 それは知怜が初めて持った感情であり、憧れというにはあまりに歪んだものだった。


 この時、凡人の知怜は世名という天才に殺されてしまった。代わりに、天才に勝ちうるほどの狂気を身に着けた才田知怜が生まれたのだ。

シリアスは筆が進むぜ〜(クズい)

実際、過去話はあらかじめ内容が決まっているのでかなり書きやすいです。

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