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異常事態

小学生みたいな暴言に伏せ字があります

「…とにかく、この写真のババアには会うな。ク○だぞ。」

「そこまで言うか…」

ここまではっきりとお父さんが小学生並みの語彙力で人を罵るっていうことは、単に学年集会でグダグダダラダラ長話を聞かされた程度以上の恨みがあるということ…うん、相当ヤバいんだろうな。でも根拠が全く分からないや。

「ああ!言うよ!…あ、あと卒業アルバムに載ってる奴らには基本的に会うな。学園とパイプ持ってるから。」

「卒業生だしね…でも菅原先生は学校の担任だよ?どうするの?」

「アイツは…明を無理矢理連れていくようなことはしないだろうし、大丈夫だ。」

「分かった」

「あ、あとそれと、菅原、崇徳、平って名字のやつには見つかるな。あっちの業界では強い方の権力者で、アイツらに拉致されても法では裁けない。」

「菅原先生を除いてもクラスメイトに全員揃ってるよ?」

「…ファッ!?」

菅原先生が帰ってから、かれこれ数十分間。

お父さんは思い出したことから注意事項を伝えていくため、どれが最優先事項なのかが分からなくなってきていた。

「もう学校に行かせないのが最善に思えてきた…」

「中学校サボるの?別にいいけど。」

「よくねぇ…ぜってーよくねぇ。」

「ちぇー…」

中学校には行けと言われた。えー…ぶっちゃけ中学校に行く方がリスク高いと思わない?

そして僕は偶然にも、その写真を見つけた。

「…お父さん。」

「ん?」

「これ見て。」

それは__

「こ、れは…」

その写真は、教室の前方窓側からこっそり撮られた物なのだろう。教室には二十人余りの生徒達がいるというのに、誰一人カメラ目線にはなっていなかった。そんな写真の右端で、机で頬杖をついて瞼を閉じて、明らかに黒板とは違う方向を向いている見覚えのある人物…

「言い訳はある?」

__お父さんの授業中の居眠り写真だった!!

「めっちゃ寝てるね?普段僕には授業中寝ないように、とか言ってるくせに?」

「実技の後眠いんだよ!普通の体育と一緒にするなよ?マジでキツいからな!?」

「体育の後の座学だって普通に眠いんだが!?あとこれ!何でお父さんメイド服着てるの??」

叩けば埃が出るわ出るわ…

「実技テストの科目にそういうのあるの!!黒歴史だよ永遠の!!」

黒歴史の宝物庫じゃん!

「めっちゃ化粧とかピースとかしてノリノリに見えるけど?」

「ん゛ん゛っ…それはそうとして…明、お前を学園に行かせるつもりはねぇが…万が一、罷り間違ってお前が異界学園に行っちまった時のために、色々と準備しておく必要がある。」

話逸らされた…けどまあ、確かに。

「あー…うん。小さな三つ子気になるな…まだ在籍してるかな?」

「…お前の六つ上だ。」

「てことは…二十一歳?」

「七月生まれだから…そうだな。早いな。二十一歳で教師か。確かに高等部の実技付き添いだけは最短一年で資格取れたな。」

「教師やってるんだ!?へー、先生が三つ子か…」

実技付き添いと言っていたので、戦闘する場所に付いてくる専用の引率なんだろう。

「…行きたくなったか?」

「え?いや、別に。」

三つ子を見たいかと言われれば、ググれば解決する話だから、ぶっちゃけ危険な学校に行ってまで見たいとは思わない。

それに…

「どっちでも、というかどうでもいいし、僕一人の意見で現実がどう動く?何も変わらないよ。」

僕を学園に行かせたい菅原先生と、行かせたくないお父さん。そして僕を学園に行かせたい人は、菅原先生以外にも、勧誘係と呼ばれる人達。僕を学園に行かせたい大勢と、僕の存在を秘匿するのにとても便利な固有超能力を持つお父さん。

勝負のメンツはこれだけ。僕はどちらの意見を持つ必要もない。どうせなるようになる。

「…あっ」

「どうした、明?」

「…お父さん、原石くんに謝ってない!」

「……………」

お父さんは、顔を両手で覆って蚊の鳴くような声でごめんなさいと言った。

直接言わなきゃ意味ないんだよな…。


原石直中side


クラスメイトと同居することになった、という事実を知って驚いた僕を、楽しそうに菅原先生は笑いながら暫く眺めた後、

「言ってなかったっけ?」

と惚けた口調でそう言った。いやまあ、考えれば学校で菅原くんがお兄さんいるって言ってたし、お兄さんと菅原くんが同じ家なのは想像ついてたけど、叔父が同居は想定外だ…!

…そういえば、学校で聞いたことといえば…

「結局、七不思議は嘘だったですね、菅原先生。」

結局あの七不思議はデマだったと分かり、落胆したような、ホッとしたような自分がいる。

…落胆ってなんだよ。純粋に喜ぶべきだろ、僕…

あんな家庭環境と酷似していてたまるか。父親は人を拐って性欲発散するカス。母親は父親とグルになって人を誘拐するカス。お陰で僕のお母さんもうトータル人数把握してないし誰がいたかさえ覚えてない!

…もともと実の両親さえ、覚えてないんだけどね。

「…」

「…菅原先生?」

いつまで経っても返ってこない返事に、聞こえなかったのだろうかと再度声をかける。

「………あ、どうした?」

今は会話する気分ではなかったのだろうかと思い、大して重要ではない要件だったので会話を諦めようかと思っていた時、待ち望んだ声が返ってきた。

「いえ、明くんの家、全然僕の家と似てなかったから、七不思議は嘘だったんですねって思いまして…」

「いや、案外嘘じゃないかもよ?一軒家とか。」

「いやショボッ!?」

存外七不思議ってショボいのか?家庭環境って、家が一軒家一緒なだけってそんなガバガバな…

「ははっ!ショボくない方がよかったかい?」

「えー…何て言うか…もっとこう…えげつないのと対峙すると思ってたから、拍子抜けしたというか、何というか…」

菅原先生はカラカラ笑うと、

「嘘だ~、絶対違うでしょ~!」

と言って、またカラカラと笑った。バレたか…

「何で嘘だと…?」

「だって、先輩(えげつないの)とはもう対峙したでしょ?大方、自分と同じ境遇の子でも見つけてちょっとはしゃいだんじゃない?」

「…そう、なんでしょうか…」

ハッキリと言って、自覚がない。自分が命の恩人に、同じ目に合って欲しいと思う酷い奴だなんて思いたくない。でも、しっくり来てしまうから、きっとそうなんだろうな…

「…そう、なんでしょうね…」

「…誰だって、共有や共感のしたい時はあるものだよ。」

そう言って、菅原先生は少し遠い目をした。菅原先生にも、何か思い当たる経験があるのだろうか?

「…さあ!見えてきたよ。あそこの神社だ!」

「ちっっか!?!??」

いや想定より近い。二十分くらい歩くかと思ってたのに全然そんなこと無かった。

「神社住んでたんですか…」

「うん。…あ、あそこで手水舎(てみずや)に雑巾かけてる人がいるでしょ?あの子が逸辞くんだよ!」

逸辞、と呼ばれた人は、黙々と神社の手を洗う場所の下の部分を拭いている。

神社の敷地に入れば、自然と砂利の音がして、逸辞さんはこっちに気が付いたようだった。

「あ…」

「逸辞、ただいま~!」

急に目があったため、菅原先生とは違って大した言葉も紡げず会釈だけすることになった。何で僕はコミュ障でもないのにこういう時言葉が出てこないのやら…

逸辞さんは気分を害した様子もなく、にっこりとしながらこちらに「こんにちは」と言った後、頭を下げた。

「ぁ、えっと、初めまして…こんにちは…?…僕は原石直中って言います…」

「?…ああ、ええと…ご丁寧にどうも…?」

相手は礼儀正しく言葉を返すが、そこで会話が途切れてしまった。逸辞さんは再び、手水舎を雑巾で拭き始める。

「…」

「…」

何と言ったらいいのか分からない僕と、無言で見つめられ、恐らく気まずいと思わせてしまっている逸辞さん…いや、マジでごめんなさい!

「ここに、住まわせていただいてもいいですか?」

「、………………」

逸辞さんの一瞬止まった手は、再び動かされ始めた。やっぱりいきなり過ぎたんだ…!どうしよ、今日ここ以外に泊まれる場所とかあったかな?

「逸辞ー?」

そういえば、自分のことでいっぱいいっぱいだったが、さっきから逸辞さん、菅原先生に目線が合わない?

これが普段通りなのか?

「あのー…逸辞さん?」

試しに名前を呼んでみる。これに対する反応で、何か分かるかもな…。

「なっ…どうして私の名前を?」

「さっきから逸辞って呼ばれてるからです。」

「え??」

相手は頭の上にはてなマークがたくさん浮かんでいる。もしかしなくとも、菅原先生の声が聞こえていない?

「菅原先生の声って、逸辞さんの聴覚と相性が悪かったりします?」

「いや、今までこんな「菅原先生って、何方(どなた)ですか?」…。」

「「…え??」」

僕と菅原先生の声が重なる。きっとこれすら、逸辞さんにとっては僕一人分の声しか届いていないんだろう。

逸辞さんは、叔父が先生やってることを知らない?

「えっと…失礼ですが、逸辞さんの叔父の職業って…」

「叔父の職、ですか?なぜいきなり?」

「菅原先生が先生やってることを、知らなさそうに見えて…」

「失礼ですが、菅原の姓を名乗る者に教師がいた覚えはありません…同姓の、全く別の家系の者と勘違いしてはいらっしゃいませんか?」

「え、ちょっと逸辞!?」

菅原先生が逸辞さんの肩を鷲掴みにして、一生懸命目線を合わせていた。焦った声を出していた。

「逸辞が言ったんだよね?玲帑が心配だから、担任やって下さいって…!それを忘れた!?流石に冗談だよね!?」

菅原先生が来たのって、そういう経緯だったのか…今知った。

「?…何か急に目の前が見えなく…何ででしょう?」

…どうやら、逸辞さんには菅原先生の姿も見えていないらしい。

困ったことだが、解決法が分からないため、別口から斬り込もう。

「えっと…僕は菅原くんのクラスメイトです。」

「私の架空の叔父の生徒は辞めたのですか?」

架空の…?

あら、何か変な誤解がついてるー…

これ家に泊めてください宣言も相まって不審者疑惑が浮かんでる~!

「架空…どころか、今逸辞さんの肩を鷲掴みにしてますが?」

「困りましたね。全く分かりません。兎に角、身元の分からない人を家にあげるわけにはいきません。お引き取りください。」

「そうですか。お手間をとらせてしまい、申し訳ありません。」

まあ、そうなるよね。普通見ず知らずの人間を家にあげたりなんかしないだろう。

「ちょっと、逸辞!?」

ただし、これは最後に確認しておこう。

「ところで逸辞さん、菅原秋雨、という方をご存知ですか?」

「すみません、分かりません。」

「……へ?、」

迷いもなく、言い切った。分からない、と。菅原先生の、間の抜けた、絶望の混じる声が嫌に耳に届く。つい今朝まで一緒に過ごしたであろう甥っ子に忘れ去られたのだ。無理もないか。

この菅原先生の絶望具合の声音からして、逸辞さんは嘘を吐いているわけではなく、冗談抜きで忘れ去っているのだろう。

冗談だったら菅原先生が気づく筈だ。

「菅原先生、何かの異変が起きている事はもう疑いようがありません。」

「あ、ああ…そう、だな…」

ショックは相当大きいらしい。これは一度立ち直らせてから二人で一緒に解決策を探る方が早いのか、放っておいて一人で探る方が早いのか、よく分からないな。

………そういえば、こっちは試してなかったな。

「すが…」

いや、菅原くんだと逸辞さんもいるし紛らわしいな…逸辞さんは年上だから君づけは流石にしないけど、逸辞さんは名前呼びでクラスメイトを名字呼びは不自然かもしれない…

「玲帑くん!今ちょっといい?」

「ちょ、あんた、私の弟に何する気で…!?」

「あれ?…原石くん?」

ずっと庭に箒をかけていたすが…玲帑くんに声をかける。

「うん。ごめんねいきなり下の名前で呼んじゃって。」

「それは別にいいけど…いつからいたの?」

菅原先生結構大声だしてたのに、気づかなかったのか…。

「数分前から。気づかなかった?」

「ごめん、掃除に集中してて…」

「別にいいよ。」

ずっと、こちらの会話は聞いていなかったらしい。

「…玲帑、知り合いかい?」

「ええ、クラスメイトの原石直中くんです。今日は叔父上に家庭訪問される予定があったはずです。」

「叔父…?なぜ叔父上が家庭訪問に?」

「え?…えっと、原石くんは霊力が使えるので、異界学園に入ることを前提に、担任である叔父上が家庭訪問を…」

「待て待て、なぜ叔父上が玲帑の担任であることが前提になっているんだ。叔父上は母上のかわりに家を継いで、今ネットで大炎上している最中だろう。教師をしている暇が、ある筈がない。」

「え?…それは、母方の叔父上の話ですよね?俺が話しているのは、父方の叔父上で…」

菅原先生は父方の叔父なのか…。

ていうか母方の叔父は炎上してんのかよ。後で菅原先生に聞けば詳しく教えて貰えるかな?

「父方の…?父上に兄弟がいらっしゃったなどと、聞いたことがないが?」

「…兄上、どうして…」

菅原くん…玲帑くんが、正体不明の何かにぶつかった顔をした。頭に疑問符を大量に浮かべ、混乱している。

「どうしても何も、聞いたことも見たことも無いのでなんとも…」

兎に角、玲帑くんが菅原先生を知ったままでいてくれるだけありがたいか。

「玲帑くんはそのままっぽいですよ。よかったですね、菅原先生。」

「よ、喜んでいいのか、これ…!?」

逸辞さんの肩を掴んだままの菅原先生の背中をぽんぽんと叩けば、戸惑いの声が返ってきた。

二人に忘れ去られるよりは良いだろう。

と思ったが、予想外の答えが返ってきた。

「え、叔父上そこにいるの?」

なんと、玲帑くんには菅原先生が見えていなかったらしい。多分、この調子だと聞こえてもいないんだろうな。

「…………」

「…菅原先生?え、ちょっと嘘でしょ、ショックで立ったまま微動だにしないんだけど。」

上げられてから落とされるとキツいって言うけど、立ったまま気絶する程なのかよ!?面倒臭いな~!


夜樺灯side


珍しく眉をしかめてクラスメイトのために謝罪を求める息子の姿。

結局、本来の姿全ては、久しぶりに会った後輩には見せてやれなかった。

…見せるわけには…いかないからな…。

「ところで明、あの直中ってやつ、()持ってたよな?」


【良かったな、二度も助けてもらえて。】


疑った上で接触したし、カマだってかけて引っ掛かったんだ。確定だろう。

「…」

黙りか。俺にまで隠さなくて良くないか?

「…おーい、明?」

「はー…そうだった、僕のお父さんだし、そりゃ分かるよね。お父さんが敵じゃなくてよかったよ。」

影が入ってるってことは、明が昔助けた、ということだ。あの霊力の馴染み具合からして、十年くらい前…

「なあ明、お前本当にあの火災で何があったか覚えてないんだな?」

「うん、そうだよ。基本的に物心つくまで記憶は無いし。」

明の足下で揺らめく【かげくん】と呼ばれる者が、安堵の溜め息をつく。

この質問を、一体今までどれ程繰り返してきたことだろう。

俺だって鈍感ではない。

明は嘘はついていない、本当に覚えていないのだ。

それは分かっているし、言われなくてもなんとなく、十一年前に明が何をしたのか、知っている。非現実的で、でもはっきりと浮かび上がってしまう自分の根拠の無い妄想が、肯定される状況が、あまりにも揃いすぎていて、この空想物語が、きっと空想でも妄想でもなく現実なのだと言うことを、知ってしまっている。

「…なら、いいんだ。何回も聞いちまって悪いな。」

「何回目だよこの質問と謝罪…月に三回くらい聞いてる気がするんだけど?」

大事なことだからな。

決して言えないし、言わないが。

明があの日のことを思い出さないように努力しているカゲの努力を、勝手に裏切るわけにはいかねぇからな。

「あはは!」

「あははって…」

そういえば、地下にいるやつらの餌やり、まだやってなかったな。

「ところで明、お前(ちゅーちゅーゼリー)直中に食わせただろ?」

ばったり部屋で倒れてたし、手に持ってたし、確定だろうな。

「…ひゅー、ひゅー、」

視線をこちらから外し、すぼめた口から隙間風の音を出す。割れてしまったリビングの窓ガラスの隙間風の音と混じって、どちらの物なのか分からない。

…あれ?窓ガラスの隙間風の音の方がなんか笛っぽい?

我が息子ながら、口笛下手だな。

「あのなあ、獣を大人しく生き永らえさせるための麻酔入りなんだが?せめてもうちょい扱い方に気を付けようぜ…」

「はーい…」

この家の地下には、醜悪な害獣がいる。

害獣というか、害虫というか…呼び方に迷うが、害虫よりも明らかに燃費が悪いし常時発情期なので、害獣でいいだろう。

「それじゃ地下の鍵開けるが、二十分で(さっさと)餌やり終わらせて戻ってこいよ。」

「はーい!」

明は元気な返事をして、ひょこひょこと地下へ続く階段を下った。

足音が聞こえなくなってから、俺はスマホでカレンダーの確認をする。日課の一つだ。

「…」

新月の日を確認する。満月ではない。新月だ。

「…あと…」

あと二日だ。二日後の新月に___

_____アイツは暴走する。

「…月一ってのも案外忙しねぇな。」

十一年間見てきて、たまに外れることもあるが大抵アイツは一定の頻度で壁、道路、空気、手当たり次第に自身の霊力を浸透させ、周囲の命を奪わんとする。

その度に、アイツが傷つかないように止めて、こちらは傷だらけになって…夜明けと共に、己の怪我以外は何事もなかったかのようになる。

そりゃそうだ。家屋に被害はいかないようにしているし、人的被害も俺の能力ですぐに治してしまえる。

これを、バレないようにカゲと協同でやる。

そして翌朝、何も知らない寝惚けた目で、おはようと言えばおはようと返してくれる息子を起こす。

本当に眠そうだなというレベルで済み、何も知らない状態にできるのは、俺とカゲの固有超能力あってこそだ。

そうすることで、俺らは償った気になっている。

「…救いようがねえな、俺は…」

火事の日の真実を知っている。

直接その場面見た訳じゃない。だが、あいつの体が成長するにつれ、人の身体組織とかけはなれた成分で構造されていっていることには気づいていた。

昔は息子が道を違えていると思うなら、正してやるべきだと何度も葛藤していたが、俺は結局息子を正してやるどころか、欺き、目を逸らさせ続けている。

「…本当に、救えねえ…」

秋雨にも言えない失った二度目というのは…

「…もう二十分か。」

思考が沈みすぎていたようだ。いつの間にか約束の刻限になっていた。

明は未だ、帰ってこない。

迎えに行くか。

「急がないとな。」

階段を一足飛びに駆け下りた。


案の定、地下でアイツは困ったことになっていた。

「離せ!離せって!」

明は牢の中から伸びる腕に掴まれ、体をギリギリと言わせながら格子に引き付けられている。カゲは牢の害獣の首へ鋭い形をした影を突きつけている。

「ハハハッ!離せ~、だってよ!」

地下の醜悪な害獣が、カゲどころかこちらにも気付かずゲラゲラと醜悪に笑う。

「なあ、ホントに…!」

明は珍しく焦った顔をしている。…おかしいな。いつもなら、冷静に影で腕を切り落とした後、俺に治すよう頼んでくるんだが…まさか、〈恐怖〉と〈焦燥〉を思い出している?それとも、()()()()()()()()?暴走を普段抑えておくために、カゲには負の感情にまつわる記憶と、真実に到達する恐れのある記憶を封印させているはずなんだが…

「ちぎれるッ、ちぎれちゃうからっ…!」

ああ、アイツ思い出しかけてやがる。二日前だからか、封印が途切れやすいのかもな。

「明、落ち着け。人の腕はそこまで簡単に千切れねえよ。」

大方、思い出しているのは自分の体にまつわる記憶か。

一番思い出しちゃいけないとこなんだけどな、それ…。

「………おとう、さん…」

明は、こちらを怯えた表情で見つめていた。

…確かに、俺がやっていることは倫理を、人の道を外れた行為だ。だが、守っているつもりのお前にまでそう怯えた表情をされるのは、ちょっと堪えるなあ…。

「と、灯さん…」

牢の害獣もこちらに気付き、怯えた表情を向ける。

「で?餌やりに二十分かかっても戻ってこない息子を回収しに来た訳だが…こりゃどういう状況だ?」

「ヒッ…!?」

どういう状況だ、とは聞いたものの、そんなの聞かなくたって分かる。どうせ明を()()犯そうとしたんだろう。

「明、上の日の当たるところで待ってろ、そっちのが落ち着くだろ。」

ついでにカゲの固有超能力が効きやすくなる。

「…でもまだ餌やり途中…」

…まあ、ここで止まってたってことは、この奥の牢にはまだ餌やり終わってないってことだろうからな。それにしても、こんなことされても餌やりの精神を忘れない辺り、俺の息子はとても優しいと思う。

「俺がやっておく。上がってろ。」

「…はーい…」

「あっ、おい…!」

害獣が俺に怯んだ隙に緩んだ拘束を抜けて、明はさっさと上に上がった。

「…ここ、開けといた方がいい?」

上がった明が聞いてきたのは、地下へ続く隠し扉の事だった。

「いや、閉めとけ。」

教育に悪い。


Noside


完全防音の地下室を閉じると、地下からの声は地上に届かなくなった。

「…」

それでも夜樺が安心できないのは、つい今しがた思い出した記憶の内容のせいだろう。

「…かげくん。」

『…なぁに?』

依存対象を呼ぶその声は重たく、それに返事をする黒い靄から発せられる声は震えがかっている。

「この記憶…なに?」

夜樺が思い出した記憶の内容というのは、灯の想定通り、己の体が人のそれとは乖離していることもあった。

そしてもう一つ、夜樺には絶対に思い出してほしくないことも…

「僕って…!」

次の瞬間、夜樺の視界はホワイトアウトかのように真っ白になった。一瞬意識が逸れたその隙に、彼は依存対象から抱いて支えられながら崩れ落ちた。

『…ごめんね。』

依存対象のその声は、次の瞬間、記憶と意識を失った夜樺には届かなかった。

『…勝手なことだと、分かっていても…俺はアキラに…』

「…カゲ。」

不意に、地下へ続く扉から、ここ十年程で聞き慣れた声が聞こえた。

「…明は眠ったか?」

『うん、ついでに記憶の封印の施錠ももう一回しておいたよ。』

「そうか、助かる。それじゃ、今から意識外に持っていく。」

そういうと灯は霊力で頭に線を繋ぎ、記憶保管所へ入っていく。

記憶保管所は、人の記憶を大量の本として、その保管所という世界でのみ具現化させる固有超能力だ。本棚やライト等の小物は、固有超能力に対するイメージであったり、他者の固有超能力と複合させることで生み出される。

灯は慣れたように、さっさと施錠された(記憶)数十冊入りの段ボール箱を持って、ライト(意識)の外にある場所へ持ち出した。普通はこの程度でいいのだが、夜樺はこの程度ではすぐに封印を破ってしまう。

だから、段ボールを意識外の、禁書庫的な場所に入れておく。

そうすることで、完全な新月になるまで、暴走を防ぐことができるのだ。

「…禁書庫の封印も、ボロくなってきたな…」

因みに、前回禁書庫の封印を張り直したのが今から三ヶ月前。その前は今から一年前、その前は今から三年前…聞いていても分かる通り、禁書庫の封印の劣化が段々と早くなっている。否、これは劣化というより…

「攻略されてきてんな…封印解除のタイムでも競ってんのか?()()()は。」

突如、禁書庫の扉が激しく叩かれる。封印されている側からだ。〖封印の施錠をもう一度しておいた〗とは言っていたが、施錠が意味を為さないほど、鎖の巻き付いた扉がボロボロになってきている。

「おーおー、元気なこった。」

夜樺の体が日の当たる所にいるからか、すぐに扉の音は止んだが、灯は今回の封印でまた新しい型の封印に張り直さなければならないことを悟って、息子の成長速度に感嘆した。

ここで呆れないのが、灯だと言える。

普通ならば、月一で命の危機に晒されるだなんて耐えられないだろう。

しかし、彼はそうではなかった。暴走する息子を見て、息子の生存に感謝し、翌朝自分の命が在ることに感謝するのだ。

勘違いしないように言い添えておくと、灯は神に感謝している訳ではない。元々どこの宗教に属するわけでもなかったし、息子と再会してからは一度たりとも神に感謝したことなどない。

神頼みは意地でもしないのだ。それこそ、正月の参拝だって家から出て三十メートル直進した後右に曲がってかまぼこ道路を越えれば神社があるというのに、一度だって行ったことがないレベルで。

お陰で彼の息子は、かまぼこ道路の向こうに神社があることさえ知らないままここに十四年間あまり住んでいる。

灯は神を()()()()()()

1+1=2であることを()()()()()などと言う人間がいないのと同じだ。

それは()()()()()のであって、()()()()()訳ではない。

灯は神を()()()()()。それも複数。

それはもしかすると、神を自称するだけのヤベェヤツなのかもしれない。

それはもしかすると、人間ではないただの新たな種族なのかもしれない。

それはもしかすると、生命や魂に干渉できる固有超能力を持った、異界で弄っているだけの知的生命体なのかもしれない。

しかしその神を自称する存在たちは、確かに神だと名乗ったし、ある神は異界学園の存在する世界を頼まれて作ったと言っていたし、ある神は命を廻すために四苦八苦していた。

「…お前らも大変だな。」

灯が語りかけた封印の先にいる存在は、命を廻す神から棄てられた、謂わば輪廻の輪から外された存在たちだ。

魂の中には、時に歩んできた人生によって救いようの無いくらい歪められ、傷つけられてしまったものだっている。だが、それをいちいち精査する時間など無い。だから魂から、良いものも悪いものも関係無く余計な記憶(もの)を剥ぎ取り、浄化して無垢な状態にして、輪廻の輪へ戻すのだ。

その後、剥ぎ取られた余計なものは良いものと悪いものに分別されて、悪いものは捨てられる。それこそゴミのように。

扉の中にいる存在はそれだ。魂ではなく、魂に付随していた悪しき記憶。本来ならば輪廻へ戻ることなど許されず、異界の隅で消滅を待つだけだった筈の存在だ。

それがなぜ現世へ降りてきているのか。灯は疑問に思ったことはあったが、早々に悩むだけ無駄だと悟った。

どう足掻いても扉の中の存在を外で大人しくさせる自信は彼にはなかった。

新月で刃を交え、術を交え、ついでのように言葉を交えて分かったのは、封印されている()()がこの世のこれまでの闇を凝縮したような存在だということだけだった。

一時信頼したこともあったが、その信頼も今や粉々に砕かれている。

「せめて怒りと恨みとか以外にも安心とかいう感情があれば大人しくなるんだろうけどな…」

そう言いながら、灯は封印を重ねがけした。

灯とて本当は、封印なんてしたくはなかった。神から棄てられたとはいえ大切な息子の一部だ。封印するより以前、少しだけだが一緒に過ごした時間もあった。だからこそ、封印には毎度若干の抵抗があった。

それでも強力な対象を封印できるのは、彼が退治師として優秀だったからだといえるだろう。

彼は息子が人を殺せば、躊躇い無く手をかける。情はあるが、息子に人を殺してまで生きてほしいとは思えない。

逆に言えば、夜樺は今まで人を殺したことは無い。

暴走する度に灯が被害を出さないようにしているというのも理由ではあるが、灯も知らない(といっても、薄々勘づいているけど)もう一つの大きな理由があった。

夜樺は神より、()()()()()()という()()がかけられている。

「それじゃ、また二日後な。」

灯はそう言って、静かになった扉に手を振って、記憶保管所を立ち去った。

『どうだった?』

「封印を重ねがけしてきた。段々攻略され始めてやがる。」

灯は異界学園で学んだ自身の封印術よりも、封印の破り方どころか霊力の扱い方さえ教わっていない夜樺の力が上回ってきているという事実に苦笑しながら、そう答えた。

黒い靄がかった少年もまた、その応えに苦笑を返した。

「それじゃ、俺は二日後に向けて昼夜逆転生活でもしてるとするかね…」

『じゃ、俺もアキラを部屋に運んでから、一緒に寝よっかなー。』

そして灯は自室へ向かい、黒い靄の少年は夜樺を横抱きにして自室のベッドに寝かせた。

そして灯は自室の扉の前まで行って、思い出した。

「…ヤベッ、玄関にも結構厄介な結界かけてたんだった…秋雨と原石にかかっちまったかもな…」

灯が息子の姿を認識できないようにしたのは、あの土壇場(秋雨に問いかけた時)ではない。もっとずっと前、玄関に灯の固有超能力〈特定意識外(それを考えるな)〉を結界として展開し、玄関に張った時から、既に灯の対策は始まっていたのだ。

秋雨は灯の部屋で夜樺の記憶を消された訳ではない。日頃から夜樺に玄関という結界を潜らせることで、初めから夜樺が認識されないようにしていたのだ。それでも夜樺の結界に対する耐性は目を見張るものがあり、普通に影が薄くなる程度の効果強度では全く効果が出ない。灯はそれを見越してかなり強力な結界をかけてあった。

常人ならばこの世にいた痕跡さえ消し去って、そこにいてもいないものとして扱われてしまう程の、強力な認識阻害の結界を…

「ヤベェよな、絶対…解除しに行くか…」

夜樺の側をなるだけ離れたくはなかった灯だが、後輩とその生徒に対する罪悪感と発生すると思われる面倒事には打ち勝てず、家の結界を術者が内部に居なくても発動できるように設定し直した後、結界を潜って家を出た。

「…」

「…キャン!…」

首輪を着けた小型犬に物凄く警戒された。首輪をしていると言っても、首輪と繋がっているリードは千切れており、切断面からは霊力が感じ取れた。

「…面倒事の予感がするな…」

元々死んだ魚のような目をしていた灯の目がもっと死んだ。

灯さんお父さんとお母さん両立させようとして女口調にしてオカマみたいにしようかと迷いもしたけど、マミーが女口調っていう男女固定思考をなるだけ取っ払った世界観が書きたかったので断念。

以下は供養

「あら秋雨ちゃん。久しぶり~」

「先輩…いつからオカマに?」

「…聞かなかったことにしろ。」

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