12 ロラーナ
私は、コーンリッジのダンジョンを探索するための装備を用意した。
長年、調査員をやっているとダンジョン探索にどういう装備が必要になるかが判る。
今回は隠された施設を暴き出す予定なので、壁の破壊も予想して発破道具も用意する。
半年程ぶらっと気ままに旅に出ると家の使用人に伝え、公国のコーンリッジのダンジョンに向かった。
イオネア公国に到着すると、余生を過ごす場所を探す老人を装い、ダンジョンから30分程の農家の納屋を借りた。
イオネア王都の専門店を回り、探索に必要な物資を不自然でないように少しずつ購入し納屋に集積した。
イオネアの山を悠々自適に散策して回る私の姿を付近の住人たちに印象づけた。
コーンリッジのダンジョンは事件で多くの人間が死んでいるので、近くの住民も怖がって今でも近づかず、付近は草木で埋もれてしまっている。
空間認識で近くに人がいないのを慎重に確認しながら、草を掻き分けダンジョンへの道を少しづつ作っていく。
ダンジョン建屋のカギは、内扉の魔術錠が本命で、外扉は対候性重視の簡単な南京錠だったので、壊さずに調査員業務装備の万能鍵で開けられた。
内側の魔術錠の扉を下手にいじるとハンターギルドに侵入警報が行くので、準備が整うまでは手をつけない。
物資を少しずつダンジョン建屋外扉を開けた中に移した。
準備が整うとダンジョンアタックに向かった。
パスワードで侵入警報を解除してから、内扉の魔術錠を開けた。
空気マスクをつけ19年ぶりに開かれたダンジョンに入った。
環境調査キットを使いダンジョン中の生存環境に問題ないのを判定してから空気マスクを外した。
私は単発使い捨て雷魔術短杖と2連発の護身拳銃を荷物から取り出した。
この魔術短杖は強力なアイテムだが、単発使い捨てでビックリする程高価だ。
一般の店では扱っておらず、ダンジョン調査員の伝手で闇市場から一本だけ調達できた。
これまではダンジョンに潜る時はたいてい護衛がいたが、今回は単独行なので念のため用意した。
攻撃魔術が使えない私にとって、これはいざという時の頼みの綱だ。
全部で5層あったダンジョンの異空間は全て安定している。
ダンジョン内の照明は全て死んでおり、真っ暗闇であった。
私は空間認識の魔術があるので真っ暗闇でも状況がわかるが、ダンジョンの移ろいなどを感じたくて灯りを掲げ見て回った。
このダンジョン内は雨がないので、80年以上前の古色蒼然とした廃墟が残っている。
最奥の第5層には事件の慰霊碑が立てられている。
ここはなにか重い得体の知れぬ雰囲気を感じてしまう。
ここ19年の間にダンジョンは特に変化なく、危険もなさそうだった。
私は第1層に戻り簡易テントを設営し、明日に備え休養を取ることにした。
ダンジョンの中でコーンリッジのホムンクルス製造工場が隠されているとしたら、おそらく第4層だろう。
第4層は、直径100メートル程の立坑の空間だ。
上は闇の中に消えていき高さが知れないし、下は石を落としても音が聞こえず深さも知れない。
凍える空気が下からじわりと這い上って来る不思議な異空間だ。
もしかしたら永遠に落ち続けるのでは、と感じさせるような穴だ。
その立坑の垂直な岩壁の途中に一か所窪みの岩棚があり、そこに第3層から来るゲートと、第5層ヘ行くゲートが少し離れて並んで存在している。
第3層から第5層へ行く時に通り過ぎるだけの空間のように見えるが、ダンジョンを開いたイオネア公国清掃局にとっては、この立坑は廃棄物処理にぴったりの場所でコーンリッジへ移譲前には大量のゴミが穴に投棄されていた。
80年前のハンターギルドによる大調査の時も、この第4層が怪しいと時間をかけ立坑を、けっこう上までよじ登ったり、かなり深くまで伝わり降りたりして調査されたが、横穴などは発見できなかった。
私は第4層の立坑の壁面を空間認識の魔術で丹念に調べていった。
私は元々の才能をダンジョン調査で鍛え、恐らく当代一の探知系の魔術師となっている。
壁面全周をプラマイ500mの範囲で調べてから、今度は時間をかけて30mの範囲を探査した。
壁面にはどこも怪しい所はなかった。
ゲートがある岩壁の窪みは掘り込まれ20mX15mの広さになっている。
岩棚の床は掘り込まれた自然石ではなく、滑りにくい石材で拭かれている。
床には、以前の調査時にドリルで開けた穴がいっぱい残っている。
空間魔力認識で見てみると、2つ並んだゲート周辺にはゲート魔術の摂動が感じられる。
両方のゲートは同じ空間魔術師が作ったので、同一の魔術振動波長を示し、ゲートの魔術が共鳴して肉眼では見えない綺麗なモアレが感じられる。
私は岩棚を歩きまわって調べていると、床にモアレが僅かに乱れる場所があるのを発見した。
そこを詳しく探ると、わずかに他の魔術師の魔術振動が感じられた。
私は、床を物理的に叩いてみるが、反響音ではなにも判らない。
自分の魔力を床面に放ち、吸収され方の違いを空間認識で探る。
魔力が吸収され魔術探査が阻害される。
昔、「死神」ダンジョンに潜った時に空間認識を阻害された感じに似ている。
おそらくオリハルコン鉱石でも床下に敷いてあるのだろう。
時間をかけると、床から筒状の形が部屋の外周方向へ斜め下に伸びているのがおぼろげに判った。
床面の問題の部分を破壊すれば、奥へ続く通路が現れそうだ。
私は昔、仕事で一緒になった鉱山ギルドの連中が、鉱石採取で爆薬を使うのに興味がわき、じっくり教えて貰った事がある。
この材質の床を局所的に破壊するぐらいなら、手持ちの発破薬で何とかなる。
翌日、私は爆破した2重の床材の下から、砂の詰まった細いトンネルを発見した。
1日かがりで苦労して中の砂を取り除きトンネルを抜けると、床に転移陣がある4m四方の部屋にたどり着いた。
部屋に入ると蛍火の灯りが点き、この区間は設備はまだ生きているようだ。
奥に続く10mほどの廊下があり、突き当たりにはドアが見えた。
その先は何があるか?
おそらく、これまで見つからなかったホムンクルス製造工場だ。
この転移陣のある部屋は製造工場の出入り口なのだろう。
私は、空間認識でドアの向こうを探って見る。
こちらの部屋と同じ大きさ部屋があり、その奥にも部屋が続いている。
時間をかけて丹念に探るが、探知では動くものは見当たらない。
私は拳銃を手に構えながら、廊下に石を幾つか投げて見た。
トラップはなさそうなので、ゆっくりと廊下に足を踏み入れた。
廊下の照明が突然点いて、気を取られた時に突き当たりのドアが突然に開き、なにかが現れた。
先程の空間認識で怪しいものがなかったので、大丈夫と思い込んですっかり油断していた。
ドアから出てきたものの正体が判った。
ボロボロになった古風なメイド服を纏った女だった。
額に赤い「否」の文字が見えたのでホムンクルスだ。
こちらに向けてゆっくりギシギシと歩いてくる。
このホムンクルスは私の侵入を察知して、奥からここに出てきたのだ。
コーンリッジのホムンクルスは、人間への危害禁止事項に縛られずに、盗賊相手なら躊躇なく制圧し、条件によっては平気で殺しも行う。
私はホムンクルスに拳銃を向けており、向こうにとって私はダンジョンの重要区域に押し入った武装盗賊としか判定されないだろう。
私が武器を捨てて無抵抗の姿勢を見せたとしても、ホムンクルスの行動パターンが平和的になる保証はない。
私は迷ったが、意を決してホムンクルスに向けて拳銃を撃った。
2発とも体幹に中り、ビクッと震えたが重い体重のホムンクルスは倒れることなく衝撃を吸収した。
損傷はないようで、なおもゆっくり近づいてくる。
私は焦り後ずさりながら雷魔術の短杖を取り出し、安全ピンを外して魔力を込めた。
回路に魔力が流れ、輝く電撃が飛び、バンと衝撃音が押し寄せた。
電撃は体幹を外れて、右足の太腿に当たったようで、肌が露出して焦げて穴があいている。
人間なら電撃で即死だろうが、ホムンクルスはまだしっかりと立っていた。
驚いた事に、ホムンクルスは防御スクリーンの魔術を展開し始めた。
ホムンクルスが魔術を使うなどこれまで聞いた事がない。
ホムンクルスは足を引きずりながら、こちらにまたゆっくり歩き始めた。
私は第二撃を撃ちたいが、魔術短杖は単発使い捨ての魔道具だ。
先ほどの短杖の雷魔術が自分にも影響したようで右手がしびれている。
私は左手で作業用のナイフを構え後ずさる。
ホムンクルスが魔術防御スクリーンを展開しながら、こちらにギクシャクとゆっくり歩いてくる。
ホムンクルスは4歩ほど歩いて、私まで後2mの所で、バタッと前のめりに倒れてしまった。
倒れるとともに、魔術防御のスクリーンが瞬いて消えた。
ホムンクルスは起き上がろうと腕をつっぱろうとするが力が入らない。
だんだんその動きも緩慢になった。
動きからするとたぶんエネルギーの魔力切れだ。
さっき電撃を受けてエネルギー系に損傷を負ったか、防御魔術で魔力を急速に消費したのか。
80年もずっと侵入者に備えていたので、魔精石の魔力が枯渇していたのかもしれない。
私は手に汗を握りながらそのまま待ったが、ホムンクルスに動きはなく、だんだんと安堵感が出てきた。
ホムンクルスのエネルギーが切れなければ、私は侵入者として処分されていただろう。
私は動悸が収まらず、しばらく動けずいた。
倒れているホムンクルスは元は美しかったのだろうが、金髪の髪は輝きを失い、顔の皮膚はひび割れ劣化が見える。
先ほど防御系の魔術を使っていたが、おそらくコーンリッジが魔術展開の魔道具を体内に仕込んだのだろう。
メインテナンスも受けられず、80年間ずっとここを守っていたのだ。
もう動くホムンクルスはいないと思うが、恐る恐る探索を再開した。
最初の区画がホムンクルス製造ラインだった。
並んだ作業台の上には、作りかけのホムンクルスが埃をかぶって何体かあった。
その作業台の横には髪がなく皮膚が銀色の不気味なホムンクルスが数体倒れていた。
手にドライバーやパーツらしきものを握っていたので、もしかしたら製造ラインで作業する特殊なホムンクルスなのかもしれない。
次のの区画は倉庫で、ホムンクルス製造に必要な資材が山積みになっていた。
大粒の単結晶魔精石がいくつもあった。
これだけの数があれば、城がいくつも買えるはずだ。
最後の区画はコーンリッジの居住スペースだった。
居間、書斎、キッチン、バストイレ、寝室などが並んでいた。
書斎は床にも本や書類が山積みになっていた。
机にはコーンリッジの日記が載っていたので読ませてもらうことにした。
高そうなケースに入った攻撃魔道具もあったので拝借しておいた。
ケースに入っている説明書をざっと見ると、なんと伝説の「賢者の石」を使った瞬間冷凍魔術の杖らしい。
この一本で国が買えるかもしれない。
居間には、場違いな黒い大きな棺桶が置いてあった。
中には誰かコーンリッジの近親者の遺体でも入っているのだろう。
誰だか知らないが死者の安らかな眠りを妨げたくなかったので、触らずにそっとしておいた。
私は書斎でコーンリッジの日記を読み始めた。
コーンリッジの晩年の行動が明らかになった。
コーンリッジは寝食を忘れてホムンクルス製作に熱中していた。
それは15才で死んだ末娘ロラーナの再生のためだった。
コーンリッジは才能豊かな末娘を自分の後継者にしようと考えていたが、誘拐され殺されてしまった。
捕まった犯人の証言に基づき、下水溝に捨てられた遺体を探したが見つからなかった。
家に戻ってきたのはスライムに食われた誰のものか判らない足の骨の一部だった。
その骨だけ棺に入れるのは悲しくて、コーンリッジは棺に入れる人形を自分で作ることにした。
コーンリッジは娘の実寸大の人形を作っているうちに、だんだんと形だけでは満足できなくなった。
娘が歩き、微笑む姿を再び見たいと願った。
それが消えずにどんどん大きくなって、どうせ作るのなら、最新型のホムンクルスにしようと決心した。
これまでずっと、コーンリッジ家はホムンクルスを作るとき、存在した人間を模した事はなかった。
コーンリッジ家のホムンクルスは、仮想の人間をデザインした統一規格品のみだった。
その規格品に、顧客の注文で髪の色長さ、瞳の色などに多少個性を持たせるだけだった。
死んだ子供のホムンクルスを作ってくれとか、無き妻のホムンクルスを頼むとかいう特注の依頼が、昔から頻回に持ち込まれたがすべて断ってきた。
死者は墓に静かに眠らせておき、冥福を祈るべきであると考えていた。
コーンリッジ家は、死者を形だけでも呼び戻す行為は、残された者の幸福につながらないと知っていた。
それにも関わらずスタファノス コーンリッジは、家の禁を破り死んだ者のホムンクルスを作ろうとした。
自分の人生の集大成に、持てるすべての技を投入して末娘ロラーナを復活させようとした。
コクサス-7とも言える特別なホムンクルスを作り始めた。
生前、娘は魔術師学校に通っていたので、娘のホムンクルスには魔術を使わせようとした。
ベースのコクサス-6に魔術を出力できるように賢者の石の攻撃魔道具を内蔵させた。
何処の国でも、軍に登録した戦場用人形を除き、一般の人形、ホムンクルスなどの体内に武器を仕込むのは法律で禁止している。
ホムンクルスの体内に攻撃魔法の魔道具を備えるなどは明らかに法律違反だった。
コーンリッジは、オリハルコン装甲を施し魔術防御機能も持たせた。
スリープモード時は、オリハルコンの時空遮断効果で数百年単位で劣化防止機能が働くようになっている。
娘の造形が目的なので、ホムンクルスの規則である額の入れ墨も省略してある。
コーンリッジが死ぬ数年前には、15才相当に設計されたハードウエアは既に完成し、行動パターンの汎用アーカイブもインストールして、後はロラーナとしての記憶書き込みだけになっていた。
コーンリッジは完璧を追い求めていた。
ホムンクルスで精巧に娘を作っても、それは形でしかないことはわかっていた。
心を宿らせる事をできないか、と追及していた。
コーンリッジはホムンクルスに入れるロラーナのテキスト情報を完璧にしようと多くの時間をかけていた。
そうすれば、ただの受け答えする人形ではなく、膨大な情報を糧に自分でロラーナとしての自意識を構築するのではと期待したのだ。
情報量を増やした所で自意識が生まれるとは私は思わないが、コーンリッジの切なる願いが感じられた。
コーンリッジはこれらの準備中に、表の整備工房の方で死んでしまった。
ホムンクルス達の暴走が起きてしまい、このダンジョンは閉鎖となり、80年が経った。
居間の棺桶には、ロラーナと命名される予定だった完成品の無垢のホムンクルスが眠っている。
コーンリッジはとうの昔に死んでしまっているが、ホムンクルスはいまだに目覚めを待っていた。
私はコーンリッジが執念で作ったホムンクルスをどう扱うか迷った。
コーンリッジは日記の最後のほうで、特別なホムンクルスを作ったものの、自分の死後にどうなるかも心配しはじめていた。
幼い娘の行く末を心配する老いた父親そのものだった。
私はホムンクルスを所有することを、気軽に考えていたのではないだろうか。
そうホムンクルスは単なる人形ではなくて、私にとっては娘と同じなのだ。
このホムンクルスをもらっても私が死んだ後にどうなるか?
コーンリッジの日記を読んで考えさせられた。
殺人機械とみなされているコーンリッジ製のホムンクルスの運命は暗い。
私の命もあと数年だろうから、このホムンクルスは目覚めても、数年もすれば解体される運命がくる。
それならば、このまま眠らせておいて、人知れず朽ちさせてあげるのが良いのではないかと思った。
私は、この区画の入り口を暴いてしまっているのに考えが及んだ。
30年後ぐらいだが、次のダンジョン内部調査の時にホムンクルスは発見されてしまう。
ハンターギルドは、ホムンクルスに仕込まれた高価な魔道具類や魔精石を摘出するために、すぐにバラバラにしてしまうだろう。
それはコーンリッジや私への冒涜のように感じられた。
私は決めた。
この眠れるホムンクルスを、私とエルの娘として引き取ることを。
私が父親として、このホムンクルスの行く末を良きものするため、精一杯考えてやることを。
日常生活の知識など基本的な機能はインストール済みなので、起動すれば記憶をなくした少女のように目覚めるはずだ。
人間と同じような自意識はないが、ホムンクルスに存在目的を与えようと思う。
私が家族として迎え入れ、生活する知恵を教えていこう。
創造の父親であるコーンリッジに敬意を表して、娘の名はロラーナとしよう。
翌日、髭をそり衣類を正し、目覚めの起動に臨んだ。




