第八話ーパンツ一枚持ってきたら許してあげるー
一日明けて、いよいよ今日から本格的に小隊として行動することになる。昨夜は翡翠ちゃんと楽しくお食事会をしたけれど、さて、今日はちゃんと来てくれるだろうか。いや、来るとは思うけれど。
集合時間はあらかじめ端末に連絡してある。午前九時、朝の一時間目が始まるような時間が集合時間だ。
しかし、結局、一日経ってもわたしたちの司令官となる人に会っていないな。
挨拶に伺うべきだろうとは思ったのだけれど、昨日は翡翠ちゃんを優先させたかったし、それでなくてもどうやら挨拶はいらないらしく、黒服の人にいずれこちらから行くから大丈夫だ、ゆっくりしてくれと伝えてくれと言われて止められた。
どうも慌ただしくやってきたわたしに気をつかってくれているらしい。
どっちみちそのうち顔は会わせることになるだろう。何せ司令官は小隊を率いる存在なのだから、わたしたちを放置しておくはずはない。……ないよね?
どうも昨日の翡翠ちゃんの話を聞く限り、わたしたちをの小隊は、いわゆる問題児を集めた、不良の寄せ集めクラスみたいな集まりらしいから、放っておかれてもそんなに不思議はない。
問題児、か。
なるほど。問題児と言えば問題児かもしれない。
葵ちゃんは歯に衣を着せるという言葉が辞書からすっかり抜け落ちているし。
シノちゃんは冷静そうに見えてすぐカッとなるし。時間にルーズだし。
天音さんは比較的常識的価値観を有しているけど凄くマイペースだし。時間にルーズだし。
翡翠ちゃんは人と接するのが苦手みたいだし、何より怖がりだ。
約二名ほど同じ理由があった気がするけれどそこは仕方ない。問題児というのは概ね似たり寄ったりだったりするのだろう。
九時になる五分前にはみんなやってきた。今日は遅刻なし、さすがに昨日の今日ということもあるだろう。少しだけ不安があったけれど、大丈夫みたいだ。
「おはよう、みんな。今日から座学を始める予定だと伝えたけれど、ちゃんと筆記用具は持ってきてるかな?」
というわたしの質問に、一様に大丈夫という意味合の言葉が返ってきた
座学。文字通りに座ってする学習で要するにお勉強だ。わたしたちはガールズとして戦うことはもちろん、年相応に子供であり、義務教育を受けるべきお年頃だから、こうした時間はしっかりと取らないといけないのだ。
平和になったときはもちろん、ガールズはずっとできるものではないので、引退後にもお勉強は必要になる。そのときに戦闘以外は何もできないような人間にはならないように、ということだ。
ガールズのスケジュールは大雑把に言えば午前は座学、午後が戦闘訓練。時期や状況によっては必ずしもこの限りではないけれども、概ねはこの予定になる。
昨日までは小隊も揃っておらず、クラスが揃うまでのプチ休み期間であったようだが、昨日、わたしがきたことで小隊が揃ったので再開ということだった。
これは隊移動などがあるときの通例である。
小隊ごとに学習をするので全員が違う小隊からやってきたわたしたちはどの程度までの学習過程をおさえているのかを全員で共有しなければならないので、今日は基礎的な学習の復習を中心にしながらどのあたりまで進めているのかを把握していく必要がある。
「じゃあ最初は算数の問題集を六年生の四月分からやっていこうか」
「えと、あーちゃん、その、お勉強をする前にいいですか?」
おずおずと手をあげる翡翠ちゃん。どうぞ、と促すと、翡翠ちゃんはわたしかいる上座のほうへとやってくる。
自然と小隊のみんなの視線は翡翠ちゃんへと集まる。
「き、昨日はご迷惑をかけましたっ、ごめんなさい!」
頭がそのまま地面に叩きつけられるのではないか、というほどの勢いで頭を下げる。直角になりそうなほどに折られた身体と下がった頭が精一杯に謝罪の意思を表している。
しかし、唐突なその行動にみんなは一様にぽかんと抜けた様子だった。
昨日なんかあったっけ、みたいな感じだった。みんなからすれば一晩寝たら忘れてしまう程度のことだったらしい。
まあ葵ちゃん以外の二人はそもそも遅刻してきて迷惑かけている側であり、何なら翡翠ちゃんと一緒に謝っていても別におかしくはないのだ。もちろん、しろというわけではないけれど。
気にしていない、と言うのは隊の規律の問題となるし、小隊を預かる隊長としては言えない言葉ではあるが、次から気をつけてくれたらそれでいい。シノちゃんは昨日の時点で反省もしていたし。
天音さんはどさくさ紛れにそのへんをうやむやにしていた気もするが……まあそのあたり含めて、勝負でどうにかしろということなのかもしれない。
閑話休題。
頭を下げたままプルプルと震えている翡翠ちゃんに、葵ちゃんが近寄り、その頭を小さく微笑みながら優しく撫でた。
葵ちゃんの大人びた容姿と翡翠ちゃんの小動物を思わせる小柄な体躯もあってまるでお姉さんと妹のような構図だ。
「ふふ、素直に謝ることができるのはいいことよ。いいわ、アタシは許してあげましょう。ただし、二度目はないわ」
「ひ、雛倉さん……あ、ありがとうございますっ!」
「ふふ。ただ、そうね。一言許すと言うだけというのも示しがつかないし、条件をつけましょう。あかりのパンツ一枚持ってきたら許してあげる」
「待って葵ちゃん」
「どうしてもと言うなら杜宮さんのパンツでも良いわ」
「ふわっ!? ひ、翡翠のパンツをですか……?」
「ええ、そうよ。パンツよ。杜宮さんのパンツ。脱ぎたてだとなおグッド」
「どうしてそんなにパンツに執着しているの!? 翡翠ちゃん渡さなくていいからね脱がなくていいからねストップだからねその指はァッ!」
まさに今脱ごうとしていた翡翠ちゃんを止める。素直か、素直か! 少しは躊躇おう、疑おう。葵ちゃんの要求は完全におかしいよ。絶対に変だよ。
「可愛い子のパンツを欲しがらない女子なんていないわ、当然でしょう?」
「とんだ世紀末価値観だよ!!」
「世紀末でもそんな価値観はしていないと思うけれど」
「自覚してるんじゃん!!!」
もしかして。いや、もしかしなくてもそうだろう。
わたし、葵ちゃんにからかわれてる。
「ふふふ、あかり可愛い」
「見事なセクハラだと関心はするけれどどこもおかしくはないね。気に入った、うちにきて天音さんをファックしてもいいよ」
「しれっとこのノリに巻き込まないでくれないかな?」
「イヤよ。この子可愛くないもの」
「巻き込まれたくはないけれど、それはそれで腹立つね!」
天音さん可愛いけれどね。正統派というか、そうだなあ、アイドルみたい。
この小隊、容姿で選ばれているのかというくらいにみんな可愛いけれど、特にその中でも天音さんは飛び抜けている。
華があるというか、輝いて見える。常時光輝くオーラに包まれているような。
というか葵ちゃんの可愛いの基準は何か違う。可愛いイコール面白いとか、そんな感じだ。
「まったくもう……まったくもうだよ」
小隊正式結成初日から騒がしくなりそうだ。
女子小学生にパンツパンツ言わせるとか闇が深い