また惚れ直して、そして敵認定した話
意外に思うかもしれないが、私は学業面においては、文句のつけようが無いほど優等生であった。学校で授業を聞き、与えられた宿題をやれば、何でも完全に理解することができたし、応用問題も難なく解くことができた。学校の授業があまりにも簡単で、中学2年の中頃からは自分で買った高校生用の教材を使って、予習をするほどである。
ただ、この成績は、今振り返れば、ただのズルに過ぎないというのは百も承知である。だって勉強なんて前に一通りやってしまってるのですもの。前世の私もそこそこ優等生だったから、二回目の人生の今は、授業だけで頭にすんなりと内容がはいってきて当たり前といえば当たり前なのだ。むしろ、私の半分の年数しか勉強をしていない子に負けるほうが問題なのである。
…ただその事実をこんな大勢の前でばらさなくともよいのではないか、少年よ…。
3年間の学生生活が、まだまるっと残っているというのに、こんな序盤において、もうすでに私の印象は半分がり勉で決定だろう。どうしてくれる。
ここで、その原因である目の前の彼をにらみあげて、だからなんだ、と啖呵でも切れたならさぞ心はすっきりするのだろう。が、しかし、この会話における最終目標は、いかにこのイケメンに私の印象を植え付けないかであるため、そんな軽率な行動は取れない。
心の中で、何度も、冷静になれ、とつぶやきながら、おとなしく目立たない女子を演じることに徹して彼の次の言葉を待つことにした。
「…俺様は、九軒の跡取りとして、なんでも一位をとってきた」
「は、はあ」
「スポーツも、学業もだ」
「…はあ」
「顔もいい」
「………」
この人、大丈夫だろうか…。アホの子臭がすごいんだが…。
一瞬だけ、心の底から心配してしまったけど、なんとか持ち直し、彼の言い分を待つ。
どうしてこの人は、こんなところで私に話しかけたのか。
プライドが高そうな人が、なんでこんな大勢の前で、私が自分よりいい成績を取ったことなど言ったのか。
長い前置きを、やり過ごしながら、私はただ、彼の言葉を促す。
「気に食わない。」
いらだった彼の声が、その場に響いた。
庶民風情が、この俺様の上に立ったという事実が気に食わない。しかも、それが、女だと?
「女ごときが」
「…………すみませんでした」
「ああ?」
「なにか、お気に触ったようなので、謝らせていただきます。すみませんでした。申し訳ありませんが、先を急いでおりますので、失礼いたします」
私は無理やり会話を切り上げて、彼の横をすり抜けた。
人ごみが割れた先に、心配そうな顔の友人を見つけ、歩くペースを上げて彼のそばまで近寄る。そしてそのまま腕をつかみ、ペースを落とすことなく一年生の教室とは逆方向へと足を進めた。
「町本!町本とまれって!おーい?」
「…」
「町本?」
「……」
「…もしかして、泣いてる?」
「…、ないて、なんか…!」
「うわ、目―真っ赤。」
「うっさい!!!」
私は彼の横腹を手加減なしで殴る。うっと詰まったような声を上げながらも、宮本くんは「ナイスパンチ」と笑ってこっちを見あげた。
「災難だったなあ。九軒につかまるなんて」
「きらい。あいつ大嫌い。」
とにかく悔しかった。女ってだけで馬鹿にされたことがとにかく許せなかった。
ほんとは、ビンタでもしてやりたかった。ううん、それだけじゃ足りない。顔面に蹴りでも入れたかった。
私が、成績一位なのがそんなに不満?自分が私より悪い点数取ったのが原因の癖に、自分の能力が足りなかったせいなのに。それを人のせいにするなんてばっかじゃないの?
それと女だからって何がいけないのよ。女がいい成績とって何がいけないのよ。
「…っ、死ね!死ん、じゃえ…!」
「うんうん」
「男女共同参画社会、基本法、しらないのっ?」
「そうだな、大事だな」
「今の世の中ね、女のほうが、強いのよ、」
「知ってる知ってる」
「…っ!くやしいっ!!!」
宮本くんは、私の不満を、ずっと聞いてくれた。相槌を打ちながら、私がこれ以上落ち込まないように、ずっと笑顔で私を慰めてくれた。
あの最悪な男の前で涙なんか見せたくなくて、大勢の人の前で泣きたくなんかなくて。
それでもあんな大勢の人の前で馬鹿にされたことがくやしくて恥ずかしくて悲しくて。
人ごみの中に、宮本くんを見つけたとたん、安心して涙が止まらなくなった。
「町本はほんと激情型っつーか、感情がすぐ外にでるっつーか」
「す、なお、なのよっ!」
「はいはい。素直、素直」
「ば か に し て る !」
もう一度、彼の背中にどん、とこぶしを一発。でもさっきほど、本気じゃなくって、力加減を考えて一発だけ。
きっと私の顔は、目が腫れて、ひどく面白いことになっているだろう。それでも、私に気持ちを吐き出させてくれて、ずっと横で慰めてくれた彼にお礼が言いたくて、私は宮本くんのブレザーの裾をちょんとひっぱった。
……ありが、と。
途中で恥ずかしくなって、目をそらしてしまったけれど、感謝の気持ちは伝わったようだ。
ぐしゃぐしゃと頭をなでられながら、もう一度顔を上げると、いつもどおりのさわやかな笑顔で彼は笑っていた。
とりあえず、この三年間での学業面での目標が決まりました。
学内の考査において、何があっても一位をあの男に譲らない。以上。