一宿一飯の恩16
「ただいま」
「たあいまぁー」
蔓籠を置いてウイトの靴を脱がし、尻や太股に付いた土を玄関に落とす。
「おかえりなさい。みかんですね。ウイト様のおやつ用ですか?」
「テーブルに置いといて、好きな時に食えばいいさ。水分補給にもなる」
「おかえりー。わあ、みかんがいっぱい。どしたの?」
「ウイト、みかん誰に貰ったんだっけ?」
「じぇいたん、おかいももー、あいっ」
「そうだなー。貰ってちゃんとありがとうしたもんな、ウイト。偉いぞ」
嬉しげにこくこく頷くウイトの頭を撫でる。
「ほら。ウイトが貰ったみかんだ。ファルママにはい、ってしな」
結構な大きさの蔓籠を、全身を使って引きずるウイト。俺を見つめて固まるファル。にまにましてんじゃねえよ、サクラ。
「ふぁるまぁま、あいっ」
「ああっ。ウイト様っ」
ウイトを抱き上げて頬ずりするファル。ウイトはいつもの「うきゃー」で喜んでいる。
「呼び捨てでいいだろ。様付けは悪目立ちする」
「ウ、ウイト?」
「あいっ。ふぁるまぁま?」
「はいっ。うふふふふっ」
感極まったのか、ウイトを抱いたままくるくる回りだした。見てて微笑ましいが、なにやってんだか。
「おーい。外から帰ったらまず、手洗いうがい。遊ぶのはその後だ」
「そうでした。さあ、ウイト。おててきれいきれいしましょうねー」
「水の玉でけえよ!」
ファルが魔法で出した水の玉はウイトの身長より大きい。
「舞い上がってて聞いてないわよ。はい、カイトも手洗い」
「はいはい。あ、終わったら蝋燭に火を点けて貰えるか?」
「だから、煙草ならリビングで吸いなさいってば。煙は全部暖炉の煙突から出すから、副流煙なんて気にしないの」
「家にいてまで、煙草吸うたんびにそんな手間かけさしたくねえんだよ」
「煙草を吸う度に、蝋燭に火を点けて、消えないように寝室まで運んで、あの不便な木窓を開けて、煙草を吸って、木窓を閉めて、消した蝋燭を持ってリビングに戻る。どっちが手間かなんて、ウイトでもわかるわよ。リビング用の灰皿も無駄になるから遠慮しないの」
子供に言い聞かせるような言葉に肩を竦めて、自室に煙管を取りに向かった。
「それで、朝の散歩から帰ったら覚悟を決めてたみたいだけど、ジェイクさんと何を話したの?」
サクラがそう切り出したのは、誕生祝いの豪勢な夕食を食べてしばらくして、ウイトを寝かしつけたファルがリビングの定位置に座ってすぐだった。
「この世界の常識を聞いた。精霊と男と女の在り方を」
「そう。それで、納得はしたの?」
煙管に煙草を詰めると、顔の前に小さな炎が浮いた。「ありがとう」に微笑を返すファルが少し不安そうに見えるのは、俺の気のせいではないだろう。
「理解はした。我を通して二人に迷惑をかけたくはねえ。ただ、疑問も増えた」
「うーん。私もファルも世界の理を知る存在じゃないから、その疑問に答えられるかどうかわからないわ」
「わからねえ事だらけだ。疑っても確かめられねえんだから、意味はねえのかもな。ただ一つだけ、教えてくれ」
「私達に答えられる事なら、喜んで話すわ」
「ウイトは誰かに選ばれたのか?」
途端に、二人の形相が変わった。鬼じゃ、鬼がおる。
「・・・ええ、そうよ。気が付いた時には、何処の誰とも知れない泥棒猫に、ね」
「相手はこの街じゃねえんだな?」
「ええ。気が付いたのは昨日の夜。すぐにファルが母様の領域にいる精霊すべてに問いかけたけど、泥棒猫はいなかった」
「伝令いらずだな。そのうち俺達が調達に慣れて、間に合う位置で誰かが危ない時は迷わず助ける事にしねえか?」
「そうしていただけたらこれからの十数年、かなりの人的被害を減らせます」
「そうね。助けられる命なら助けたいわ」
「なら折を見て精霊達に伝えれば良い。てかファル、敬語いらねえよ?」
「いいえ。夜のバリエーション的にも、これは譲れません」
なら許す!
「地図があれば、その領域ってのを線引きできるか?」
「千年前の地図なら簡単よ。国境内が母様の領域内」
「一を知ると十くらい謎が増えるなあ」
最後の煙を吐き、木製の灰皿に火玉を落とす。
「私達も知らない事ばかりよ。領域があるのは聞いてるけど、なぜ領域が出来たのか、領域の外に何があるのか、私達は知らない」
「神殿に歴史書があれば、見えてくるものもあるだろ。方針を変える必要はねえな。科学を一切持ち込まず、出来る事だけやる。相手に早く逢わせてやりてえが、成長期に街を出るのはウイトのためにならねえ」
「了解。そうね、ホント早く酷い目に遭わせてやりたいわ」
自分達にその存在すら気取らせずウイトを伴侶と決めた相手を、どうやって酷い目に遭わせる気なのか。
頑張れウイト。パパは黙ってお前を見守るぞ。




