一宿一飯の恩11
肩車にはしゃぐウイトにつられてか、サクラとファルのおしゃべりも弾んでいる。
昨夜夕食を食べ歩きした屋台村を抜けると、服を着せられた人形が軒先に並んでいた。
「あれは服屋さんなのか?」
「ええ。そして向こうが雑貨屋さんですね。こちらにはガラスのショーウィンドウなんてありませんから、精一杯の営業努力でしょう」
言いながらファルが指差した店の軒下には、乾燥した植物の束が吊るしてある。
「仕事が終わったら、みんなで寄りましょうよ。少しずつ、服も揃えなきゃ」
「衣食住どころか、煙草や酒まで金を出して貰ってて言うのもなんだが、大丈夫なんか?」
ヒモじゃない。俺はヒモじゃない。夜のお勤めしてないからヒモじゃない。よし、大丈夫。
「・・・やらずぶったくり」
聞こえない。俺には何も聞こえない。
「今くらいの出費なら、十年収入がなくても大丈夫よ。だから、煙草もお酒も遠慮なんてしないでね」
「調達なんて仕事でどんくらい稼げるのかは知らんが、食い扶持ぐれえは何とかするつもりだ」
多分、きっと。
「む。この辺、ちょっと臭いますね」
たしかに酷く獣臭い。
「調達の仕事には魔獣狩りってのも含まれるらしいから、その加工場が集まる区域なのかもな。血抜きして内臓抜いて納品らしいから、皮、角、骨、腱、加工が必要な部位はたくさんある。肉も食用に向くのが多いらしいし」
「なら、西門の調達管理所ってもうすぐなんじゃない?」
「かもな。よーし、ウイト。次はだっこだ」
言いながらウイトを下ろして抱こうとすると、横からサクラの手が伸びてきて奪われる。
「肩車楽しかったねー、ウイト」
「あいっ」
そうこうしていると、大人が十人横に並んでも通れる程に巨大な門が見えてきた。
左手に見える大きな建物の前で、ジェイクさんが手を振っている。
「じぇー」
「ジェイクさん、でしょウイト」
「じぇいたん?」
言えてないがかわいいから許す!
「おはようございます、皆様。某がなんのお役に立てる訳もございませんが、各施設のご説明のためにも同行をお許し下さい。それとファル様については、精霊であられる事をお隠しになられるなら人として過ごしていただいて問題はないと、城主様より言質を得ました」
おはようございます、と四人で返す。ウイトは「おはまぁす」だったが、かわいいから問題ない。
「お手数おかけしました、ありがとうございます。同行も、何から何まで分からない事だらけなので助かります。よろしくお願いします」
「神子様、言葉がっ」
「おかげさまで話せる様になりました。それより打ち合わせ通り、神子様と敬語はなしでなるべく自然に」
「も、すまぬ。努力はしる」
目立たないとか無理かもしれん。
「ゴホン。まずは管理所にて鑑札を受け取り、その後に西門通用口を出る。朝の交代時間は過ぎていても人目はある。油断しないように」
お前がな!
俺達の心が一つになった瞬間である。
「所長殿、忙しいところ申し訳ないが、この者達に鑑札の発行をお願いしたい。天秤神殿、魔法神殿、武神殿の推薦状はこれに」
カウンターのお姉さんが軽く硬直している。若いのに所長か、やり手の魔法使いなんだろな。
「失礼しました、拝見します。はい、はい、はい、確認しました。三神殿の推薦ですから、無条件で発行出来ます。お名前と年齢と性別を順におねがいします」
「カイト。二十五。男性」
「サクラ。十八。女性」
「ファル。二十三。女性」
「ういとぉー」
「あ、三歳です。男の子」
所長さんが今度はしっかり固まっている。ですよねー。
ぷるぷるぷる。おや、所長さんの様子が・・・
「まずいっ。すべての出入り口に結界魔法を。今なら人目はありませぬ!」
おのれは強盗か、熊。
「不可視、遮音、出入禁止で結界魔法を構築しました。結界内に他者の反応なし」
お前も普通に魔法使うなビッチ。
キッ、と所長さんが俺達を睨む。
「いくら脅されようと、いえ、たとえ殺されようと、私レーエン・クルストは三神殿を告発します!」
立ち上がったレーエンさんが強盗の頭目であろう熊を指差して宣言する。いいぞもっとやれ。
「違うのだ、所長殿。今から説明する。神子様、このクルスト嬢は根が悪い方ではありませぬ。打ち明けるお許しを」
「神子様ってジェイク帯剣司祭、武神に仕える貴方がその名を使い罪を誤魔化しますかっ、恥を知りなさい!」
どう見ても所長さんが正義。強盗熊は滅べ。
「何より先に謝罪します、クルストさん。そこの腐れ熊とクソビッチを止められなかった。本当に、申し訳ない」
深々と頭を下げて謝罪する。
カウンターの前に移動し、クルストさんを庇える位置に立つ。
「サクラとウイトはカウンターん中に入れ。てめえら二人は動くな喋んな出来ねえなら斬る」
抜き打ちの構えで、サクラとウイトが移動を終えるまで待つ。
「腐れ熊。なぜ、お前が俺の敵になったか分かるか?」
静かに問う。いい大人が顔青くして震えてんじゃねえ。
「け、結界魔法の指示を出しました」
「それで?」
「クルスト嬢に多大なご迷惑をかけました。申し訳ありませんでしたっ」
土下座が似合うなあ、熊。
「ふざけんじゃねえっ下種が! 背中に両手剣背負った神殿のモンが、得体の知れねえ三人連れて来てよ、都合悪くなったら結界で閉じ込められて、このネエちゃんは覚悟決めたんだよ! 自分が精霊に嫌われる事になっても、守りてえモン守るって決めた。明日からこの世界に一人きりになってもだ! その覚悟がてめえみてえなクズにはわからねえんだろうなあ、あァ!」
クソビッチを睨みつける。
「てめえもてめえだ、クソ女。あの魔法でサクラの何かを守ったとか思ってんじゃねえだろうな。逆だよ。てめえがてめえの半身を汚すような真似すんじゃねえ。良い機会だから言うが、てめえが街で使っていい魔法は、誰にも迷惑をかけない魔法か、誰かのためになる魔法、それだけだ。わかったか。わかったならこのネエちゃんに謝れ。許してもらえねえなら俺がちゃんと殺してやる。謝れ!」
ぽろぽろと涙を流しながら土下座する。
「本当に、申し訳ありませんでした。償いをさせていただきたい」
「ごめんなさい。許してもらえないかもしれないけどごめんなさい」
後は、クルストさん次第だ。ネエちゃん呼ばわりしたけど許してくれ。
「頭をお上げください。謝らなくてはいけないのは、私も同じです。神子様、貴方が神子様であることを私は信じませんでした。申し訳ありません。どんな罰でもお与えください」
「とんでもない、詫びるのはこちらです。それより、ご一緒の精霊さんは?」
「サクラ様、神子様のおかげでまだ一緒にいてくれるそうです」
「許していただけますか?」
「許しを請うのは私ですわ」
「ありがとうございます。そこの二人、二度目はない。わかるか?」
「誓います」
「胸に刻みます」
「よーし、なら手打ちだ。せーの」
パン。手を打ち鳴らしたのは俺だけ。やはりか。
「はいはい、立った立った。ありがとな、サクラ。精霊さんの事もだけど、結界張り直したろ?」
「普通の人があの怒気浴びたら死ぬからね。質量を持った怒声とかシャレにならないから、次からは気をつけて」
「了解。じゃ、やりなおすか」
皆が皆、不思議そうな顔をする。
「手打ちしたんだから、やりなおせばいいんだよ。そしたらさっきの事はなしになる。ジェイクさん、さっきの間違い、正すならどうするべきです?」
「ずっと、考えていました。三神殿の推薦状を出すなら神子様の存在を告げ、お許しいただけるなら御印をクルスト嬢にお見せするべきだった、いえいえ無理にとは」
嫌そうな俺の顔を見て、ジェイクさんが慌てる。
「それは俺だけ見せるんだよな?」
「当然です。女性には無理かと」
仕方ない、か。
「クルストさん、ジェイクさんが今言った感じで事が運んでたら、信じてたと思います?」
「それは、信じたし納得しただろうとはおもいます。でも今はもう理解してますから」
「やりなおし、付き合ってください。武神殿も、貴方ほどの人物と帯剣司祭がギクシャクしてたら大問題でしょう」
言いながら靴を脱ぐ。
脱いだ靴下を靴に押し込む。
「み、神子様、何を・・・」
「印見せればいいんでしょ?」
ズボンもさくっと脱ぎ捨てる。
パンツは脱いだら床に叩きつけて、仁王立ちでもしてやるしかねえ。せめてもの意地だ。
脱いだパンツを大きく振りかぶる。
「御印は背中の紋章ですが・・・」
女性三人の悲鳴が、質量を持って俺の大事な何かを撃ち砕いた気がした。




