66.加護
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前回紅児たちは前門の前の道路から沢山の人にまぎれて楼台を見上げていた。
ボワアアアーーン ボワアアアーーン ボワアアアーーーーン!!
銅鑼の音が何度も響く。
従業員が気をきかせて店の楼台へ続く扉を開けてくれた。紅夏に抱き込まれるようにして紅児は楼台に出る。
当然のことながら前門の楼台は更に高い位置にある。そうでなくても今回は夜、松明やランタンの数はもちろん多いが、2階から見たとしても白虎と花嫁の姿がはっきり見えるとは言い難い。
それでも下を見下ろせば人々が所狭しと道を埋め、白虎と花嫁が現れるのを今か今かと待っている。みなの顔が期待に輝いているのを見るだけで紅児は胸が熱くなった。
(こんなに……こんなに熱狂される方のお側に仕えているなんて……)
前回はもうその姿を見ることに夢中でそんなことを思う余裕もなかった。改めてすごい人のお世話をさせてもらっているのだと思う。
今回は特に行列もなく、前門の後ろから来る為いつ出てくるのか検討もつかない。けれど銅鑼の音が響いていることから、もうそろそろ姿が見れるはずだった。
やがて演奏が始まる。それまで多少はざわめいていた群衆が一気に静かになった。
これだけの人数が集まる中、誰も声を発しないというのは一種異様である。それほどに尊い方のご尊顔を拝するというのは厳粛なものなのだろう。
そして、厳かに楼台の前の扉が開かれた。
オオオオオオオオオオオオオオオーーーーーーーー!!!!
2階にいる紅児にもその高波のようなどよめきは伝わった。
白銀の髪がゆっくりと現れ、その腕の中に赤い髪の……。
(白虎様と花嫁様だわ……)
「監兵神君、万歳万歳万々歳!! 白香娘娘、千歳千歳千々歳!!」
衛士たちが一斉に叫ぶ声に呼応して群衆も復唱する。
その後皇帝が続き、どこかの国の王族と見られる姿が2つ続いた。
「皇上、万歳万歳万々歳!!」
「西蔵王、千歳千歳千々歳! 俄罗斯王、千歳千歳千々歳!」
叫ぶ声を聞けば皇帝の後に続いたのはシーザン王とオロス王らしい。
なるほど両脇にいる王たちは異国の格好をしているように見える。きっと顔立ちもそうなのだろうがさすがにそこまでは見えない。
白虎を除いたみなが笑顔で手を振っている。紅児も思わず笑顔になった。
誰か偉い人が何事か言っているが、やはり今回もあまり聞こえなかった。ただなんとなく中秋(節)を祝うにあたり、この度は四神と花嫁を迎えとてもめでたいというようなことを言っているらしいということはわかった。シーザン王やオロス王については聞きとれなかったが、もしかしたら全く言っていなかったかもしれない。それだけこの大陸の中の唐の立ち位置が高いということがわかる。
夜である。残念ながら紅児には白虎と花嫁の衣装の色がよく見えなかった。花嫁はよく見えるようにとの配慮で薄緑色の衣装に白っぽい長袍を着ているはずである。
「……ご衣装が見られないのは残念です」
紅児はため息交じりに呟いた。だからと言って花嫁と白虎が揃うまで待っていたら出かけられなかっただろう。
「色だけでいいなら伝えることはできる」
こともなげに紅夏が言う。紅児は目を見開いた。
「見えるのですか!?」
「ああ、さすがに模様などはわからぬので説明はできないが衣装の色ならば」
ということは模様まではっきりと見えているのだろう。
「じゃあ……白虎様の衣装のお色を知りたいです」
紅夏がそれに一瞬眉をひそめたが紅児は気付かない。
「……生臙脂の着物に白、だろうか黄色みがかったような長袍をお召しだ」
「そうですか……」
花嫁と白虎がお互いの色を合わせているのだとわかり、紅児は笑みを浮かべた。かえすがえすもはっきりと側で見られないことが残念でならない。
じっと楼台を見上げていると、花嫁たちの背後から何やら大きな籠のような物が出てきた。花嫁が楽しそうに手をつっこみ、中身を群衆に向かって投げる。白虎や皇帝、王たちもそれに続いた。
ウワァァアアアアアーーーーーーーーーーーーッッッ!!!
群衆が投げられた物を掴もうと前へ殺到するが、ところどころ一部柵のような物が設置されておりそれ以上前には行けないようになっていた。前回はそのような物がなかった気がするからこの為に設置されたのだろう。これならば前にいる人々が後ろから押されて潰されるということはない。
やがて籠の中身がなくなったらしい。花嫁たちは笑顔で扉の奥に消えていった。
投げられたものはなんだったのか。
紅児が首を傾げて下を窺うと、運よく手にしたらしい者たちが手を上に掲げ「監兵神君、万歳万歳万々歳!! 白香娘娘、千歳千歳千々歳!!」と叫んでいた。
中には取り合いのようになっている場面もあり、紅児ははらはらしてしまう。するとどこから用意したのか衛士たちの横合いから群衆に向けて一斉に何か投げられた。
「!?」
「四神及び花嫁様からの加護である!! 争うことなくありがたく頂戴せよ!!」
偉い人と思われる官吏が朗々と響く声で告げる。
「ありがたや、ありがたや!!」
「監兵神君、万歳万歳万々歳!! 白香娘娘、千歳千歳千々歳!!」
群衆の歓声は地を震わすほどにすさまじく辺り一帯にこだました。
紅児はあまりの歓声にビリビリと建物が揺れるのを感じながら下方を覗きこもうとした。どうしても花嫁様からの”加護”がなんなのか知りたかった。
「紅児、危ないぞ」
紅夏の腕の中から出ようとしたのを咎められ、紅児ははっとした。
「……あ、ごめんなさい。花嫁様が投げられたのが何なのか知りたくて……」
「そういうことか」
ククッと喉を鳴らす音がし、
「あれは小さい月餅だ」
と教えてくれた。
「ああ……そうだったのですね」
そういえば今日は中秋だった。そしてここ数週間花嫁自身も忙しそうだったことを思い出す。
もしかしたらこの日の為に打ち合わせをしたりしていたのかもしれない。
「……月餅を撒いたりするのって一般的なのですか?」
「聞いたことはないな」
ということは花嫁のアイデアだったのだろうか。遊び心もあって、この国のことをよく考えていて。
ますます紅児は花嫁が好きになった。
「……まさか四神や花嫁様に嫉妬する日がこようとはな」
紅夏の苦笑交じりの呟きは、目を輝かせている紅児には届かなかった。
監兵神君 白虎のこと
西蔵王 シーザン王のこと
俄罗斯王 オロス王のこと
生臙脂 ラックカイガラムシ、コチニールカイガラムシなどの昆虫の分泌液による動物性の濃い赤色。植物性の正臙脂より高価と言われている。
本来「万歳」を使えるのは唐の皇帝のみなのですが、四神は人ではなく至高の存在なので「万歳」を使っています。




