65.繁華街
普段はそうでもないが混み合う今夜のこと、馬車は繁華街には入れないので紅児と紅夏は手前で降りた。途端周囲の視線が彼らに集まる。だが好奇心に満ちた眼差しもそれほど長くは続かなかった。
四神の眷族特有の能力も多少関係しているのだが、ここ数日はいろんな国の者たちが王都に来ているからである。しかも今日はシーザンとオロスの王族の行列まで見ることができた。
この大陸には唐の他に4つの国がある。西にシーザンがあり、北にオロス、シーザンの更に西にバジスタン、シーザンとオロスの間にボースーという国があり、その中でも唐が一番大きく国力もある。
バジスタン、ボースーからは大臣クラスの使者が来ている。みな四神と花嫁、そしてそれらを抱えている唐の皇帝に挨拶に来たのだった。
馬が店を構えている屋台街へ足を踏み入れる。いろいろな食べ物の匂いが紅児を迎えた。
屋台の前で買って歩きながら食べるというのが一般的だが、店の脇に食べる場所を設けている店もあり屋台街は今日も盛況だった。その中でも馬の店は比較的大きく今日は特に客も途切れることがない。寄って少し軽く食べていくというのは無理そうだと紅児は思った。
屋台の前面で何かを焼いている馬に声をかける。
「こんばんは。盛況ですね」
「おお、紅夏様に紅児じゃねぇか! 寄ってけ! と言いたいところなんだが……」
馬はいつもの調子で言った後、席を設けている辺りを見て言葉を濁した。
「はい、大丈夫です。今日はあの月餅を……」
言いかけた時何故か紅夏が紅児を隠すように動いた。彼女から月餅の包みを奪い馬に渡す。
「?」
馬も「お、くれるのか。ありがとうよ!」と言いほっとしたような顔をした。
「行くぞ」
「はい……」
いったいどうしたというのだろうか。紅児は疑問に思いながらも紅夏に従い踵を返した。
その時だった。
「紅児! 紅児じゃろ!?」
どこかで聞いたことのある男の声がしたのは。
(……え?)
思わず紅児は立ち止まる。けれど何故か紅夏の腕は彼女に進むよう促していた。
「紅夏様すいません……」
近づく足音に紅児は振り向いた。
そしてすぐにいぶかしげな表情になった。
(どうしてコイツがここにいるの?)
「紅児……会えてよかった……」
紅児の表情に反して声の主―少年の顔は笑みに満ちていた。
「……なんでここにいるの?」
無意識のうちに紅夏の腕に縋りながら低い声で聞く。
「いや……オレも村以外の世界が見たくなって! 中秋だし、紅児に……。ま、村でもそれなりだと思ってたけど、今日はなんだ? 馬子にも衣装ってやつか!!」
少年は目を泳がせながら脈絡のないことを言った。
そんな姿を、馬親子が情けない者を見るような目で見ていることには全く気付いていない。”馬子にも衣装”は褒め言葉としては使えないだろう。
「……中秋でここに来たってことは……すぐに帰るのよね?」
「ああ……働いて帰りの路銀を稼いだら村に帰るから……その時は、なぁ……」
少年が意を決したように真剣な表情を浮かべた時、
「紅児、店の予約の時間に遅れてしまう」
紅夏が紅児を抱き寄せ、耳元でひどく親密そうに言った。その視線は誰が見ても愛しくてならないというように紅児だけに向けられている。
「あ……ごめんなさい……。じゃあ気をつけて帰って。馬さん、それ月餅なのでみなさんで食べてください!」
「あ……」
「お、おう!」
紅夏に謝り、少年、馬にそれぞれ言う。紅児は紅夏に促されるままに今度こそその場を去った。
後には手を伸ばしたまま情けない顔をした少年と、その肩にぽん、と手を置いた馬が残された。
ここで一つの恋があっさり散ったことを、紅児は知らない。
少し歩いて紅夏が予約したという店に着いた。
遅れてしまうと聞いたから紅児は気が急いていたが言った本人は悠然としている。けれど本当に急いでいれば歩く速度を上げるだろうからそれほどではなかったのだろうと紅児も思い直した。
如何にも高級そうな佇まいの店に紅児はそっと胸を押さえた。
もし恋人ができたらという仮定の夢見ていたことを、紅夏はことごとく叶えてくれる。人間離れした美貌の主に強引に口説かれて、最初は何が起こっているのかさっぱりわからなかった。しかも本当に人ではないから常識のずれなどで戸惑うことが多かった。
しかし実のところ紅児は”白馬の王子様”というものに憧れていた。女の子特有のお姫様になりたい願望を抱えていたというだけなのだが、赤い髪をした美しい紅夏が己の王子様候補だなんて未だに信じられない。
格式の高い店らしく待たされることなく二階の個室に案内された。窓の外からはいつにない街の喧騒が届きロマンチックとはほど遠い光景ではあったが、紅児は横に座る紅夏の存在さえあればそれで十分だった。
「……あの……ここは何料理を扱っているお店なのですか?」
店名だけでは料理が想像できなかったのだ。
「主に焼売を扱っているらしい。食べきれなければ持ち帰ることも可能だと聞いた」
「そうなのですか」
どうやら誰かに紹介してもらったようである。おそらくは花嫁なのだろう。元の世界にも似たような店があったのかもしれない。
「エリーザ……先程の者はなんだ?」
そんなことを考えていたら思いがけない質問をされ、紅児は戸惑った。
(……先程の者?)
少し考える。そして馬のところにいた少年のことをやっと思い出した。
「ああ……ええと、村で近所に住んでいた漁師の息子です。なんか王都見物でもしたくなったんじゃないかしら」
先程の少年には赤い髪をよくからかわれたものだった。しかも王都に向かう前日にわけのわからないことを言いにきたような気がする。紅児としてはあまり話題にしたいことでもない。
「そうか」
紅児の反応を見てか、紅夏もそれ以上聞いてこなかった。
「失礼します」
扉の表から声がかかり給仕が前菜を運んできた。高級な店らしくどれもきれいに盛られていておいしそうである。
「わぁ……おいしそう」
「食べるとしよう」
当り前のように紅夏に食べさせられる。恥ずかしいけど、とても親密な時間は2人きりであれば許容できるもので。
その後比較的大きな蒸篭がいくつも運ばれてきた。蓋が取られると中には大きな焼売がいくつも入っている。
「……大きい……」
「……よくわからぬので店側に任せたが、かなりの量だな」
1つの蒸篭に大きな焼売が10個入っているようだった。食べきれそうもなかったが紅児はわくわくする。
さすがに大きく口を開けても一口では食べられない。紅夏は甲斐甲斐しく食べやすい大きさに切り分けてくれた。皮はちょっと粉っぽかったが噛めばじゅわあっと肉汁が溢れてくる。
「おいしいです!」
紅児は満面の笑みを浮かべた。
一般的な焼売、海鮮焼売、きのこ焼売、海老焼売と4種類を2個ずつ食べた。もっと食べたかったが前菜を食べすぎてしまったらしい。紅児はとてもくやしかったが残りは王城に届けてもらうことにした。もしかしたら花嫁にも食べてもらえるかもしれないと思ったらまた笑顔になる。
前門はこの店のすぐ近くにある。今回もその楼台から白虎と花嫁が見られるのだ。
「この店の窓から前門が見られる」
紅夏の優しい声に、そこまで考えてくれたのかと紅児は胸が熱くなった。
まだいろいろ問題も不安も残っているが、こんなに幸せでいいのかと怖くなる。
やがて大きな銅鑼の音が聞こえてくる。紅児は高揚した胸を押さえ、ばっと勢いよく席を立った。
6話で出てきた少年が名前も出てこずまさかの瞬殺(マテ
焼売の店のモデルは「都一処」です。
北京市前門の近くにあり、とっても大きな焼売が食べられます。
2階の窓から前門が見えるかどうかは。。。不確定ですごめんなさい(ぉぃ




