呪われた家
その家は一体いつからそこに建っているのか。
知っている者は誰もいない。
かつてそこには一人の少女が住んでいたという。だが、今はいない。
小さな町のはずれ。森のすぐそばにポツリと建つ小さな家。
少女がその家を去ってから相当長い年月が経つのだろう。家の周囲は元々はその少女が育てていたのだろう植物が野生化して伸び放題。扉の側にあるポストは錆びてしまい、おそらく取り出し口は開かない。
それなのに、その家だけは一向に老朽化する気配を見せなかった。
不思議な家はさまざまな持ち主を転々とした。だが、ひと月以上住む事が出来た者はいなかった。
長い年月の間に家は気味が悪いと幾度も燃やされ、二度起こった森林火災に巻き込まれた。それでも、少女がいた頃の外観を保っている。
気味が悪いその家は、いつしか呪われた家、と呼ばれていた。
*****
「もう、あんたの待ち人は戻ってこないわよ」
呪われた家、と呼ばれるその家の中に一人の魔女が突っ立っていた。
長いこと無人で放置されているというのに、こりひとつ無く、室内は整理整頓が行き届いている。まるで誰かが住んでいるかのように。
「やぁ、また来たんだね。ルイゾン」
ルイゾンと向かい合う様にして一人の男がいた。
ひょろりと高い背をキッチンの壁にもたれかけさせた男は感情の見えない微笑みを張り付けている。そしてことりと首を傾げた。
「あんたの待ち人は帰ってこない」
「でも存在しているでしょう?」
繰り返し、言い聞かせるように発せられた言葉。
その言葉が純粋に理解できない様で、落ち着いた深い声が不思議そうに聞き返した。その顔の微笑みはピクリとも変わらない。それが一見優しそうな男を不気味に見せていた。
「もう、あれはあんたの知るモノではなくなったわよ。近づけば、あんたにだって影響が出る」
「でも、存在している。僕にはわかるよ」
「……ジャスパー……」
「僕が、ここにいるのは彼女の為だから」
その言葉を最後に、ジャスパーと呼ばれた男は一瞬にしてかき消えた。そのあとには一枚の葉が残されている。
「……あんた、この家がなんて呼ばれているか、知っているの?」
一人になったルイゾンの言葉に答えるものはいない。あんただって、存在はしているけど。あの子と同様に歪んでしまった。
コツコツと足音を響かせながら、残された葉を拾って家を出る。
かつてはしっかりと管理されていたのだろう植物たちが好き勝手に多い茂った庭を通り、家の敷地を一歩出た瞬間、手に持っていた葉は枯れてしまった。
「……」
風にあおられ、カサリと形を崩すその枯れ葉をルイゾンはじっと見つめ。
そうして、深いため息を吐いて姿を消した。
*****
呪われた家。
神の樹、と呼ばれる精霊を宿した希少な樹木を材料に作られたその家は呪いではなく、精霊の祝福を受けた家だった。そこに住む少女は優しい心を持った、けれど普通の人としては暮らせない特殊な体質の少女。
精霊と少女は仲睦まじく過ごすはずだった。彼女がとらえられるまで。
「……」
娼館の一室。
そこにおかれた小さな瓶。
それを見つめる、かつての聖女。
その向かいに座る魔女。
何一つ音のしない、異様な静寂の中。
小瓶の中から、かすかな歌声が聞こえる気がした。