②
「はい、これ」
私をベンチに座らせると、彼はその足で自動販売機に走って行った。
「体冷えちゃってるから、温かいやつね」
ホットの缶を受け取って、それを両手の平で抱えて暖をとる。
「これで大丈夫だったかな。前も乃亜、ブラックだったから」
その柔らかな表情とは裏腹に、彼の拳は腿の横、ぎゅっと強く握られていた。
「勇太君、座らないの?」
ベンチの端に身を寄せて、座面を二回叩いて言った。
「勇太君?」
けれど、彼は耳にしていないよう。
「乃亜」
突如真剣な眼差しで名を呼ばれ、背筋が伸びる。
「うん?」
彼はその瞳のままに、喋り出す。
「今日、乃亜が来なかったら言うのやめようと思ってたんだけど……乃亜来てくれたからさ。だから、話してもいい?」
「うん」
「この夏休み中ね、乃亜と会えるこの時間が本当楽しみだった。いつの間にか勉強の為じゃなくって俺、乃亜と会う為に図書館へ来てた。新学期が始まったら、もうこんな時間がなくなるんだと思って嫌になって、苦しくなって、昨日眠れなかったよ。ああ、俺はまだ乃亜とこうしていたいんだなって、気付かされた」
ゆっくりと片膝を床につけた彼は、私の手に自身の手を重ねて置いた。
「乃亜が好きです。俺と付き合って下さい」
その姿はまるで、お伽話に出てくる王子様のようだった。
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起きろ起きろと無機質な電子音で訴えかけてくるアラームは、いつ何時耳にしても鬱陶しい。
「ん〜っ……」
眠たい目をこすり開けるカーテンの先には、真夏と然程変わらぬ太陽。九月になれど、結局暑い。
「おはよー乃亜、宿題終わったあ?」
元気一杯朝型の凛花は、うちわで顔を扇ぎながら下駄箱に靴を入れた。
「なんとかクリア。凛花はバスケ部引退してからの夏休みだったから、大変だったでしょ」
「ほんとそれ。超ヤバかったけど昨日ギリギリ終わらせたよ」
彼女は小学校からの友人で、私の親友だ。
「恋人のひとりもできないまま、とうとう中学生活終わるかも」
自身の席に座るやいなや、凛花は溜め息をついた。
「これからはもう、受験まっしぐらじゃん?みんな、恋なんてしてる暇ないじゃん?ああ、中学の青春終わったわあ」
べチンと机に顔を落とす凛花。私はそんな彼女に小声で言う。
「実は私、彼氏できたの」
その瞬間、ガバッと顔を剥がした彼女に叫ばれた。
「この裏切り者お!いつの間に!」
ぴゃあぴゃあと唾まで投げつけてくる。
「落ち着いてよ凛花っ。ほんと、つい昨日の出来事で、言う暇がなかっただけっ。隠してたとかじゃないから」
「だ、誰っ」
「勇太君」
「菊池勇太!?なんでまた学年イチの秀才と乃亜が……真逆じゃんっ!」
「どういう意味っ」
ぷうっと頬に空気を入れて反抗すると共に、私は黒目を行き交わせた。勇太君はまだ、登校前のようだ。