①
じんわりとした汗が不快で目を覚ますと、蝉の鳴き声と同じボリュームで、煩い雨音が耳を貫いた。今は何時だろうと枕元の携帯電話に触れたその瞬間、一気に引いていく汗。
「おはよう、乃亜」
「乃亜ちゃんおはよう」
居間で寛ぐ父と奈緒さんを尻目に、私は洗面台へと走る。
今日は八月三十一日。勇太君と図書館に行く最後の日だ。
歯を雑に磨く中、メールをチェックする。
『乃亜おはよう。今日は大雨だし、無理しないでいいよ。また明日、学校で』
約束の時刻を三十分も過ぎて受信していた優しさしかない内容に、ずんと罪悪感が伸し掛かる。
どれだけ外で待たせてしまったのだろうか。彼の貴重な勉強時間を削ってしまった。最低だ、最低だ。心の中、叱咤は止まらない。
家を飛び出す頃にはもう、約束の時間を三時間も過ぎていた。
「はあっ、はあっ」
ジーンズ半分の色を濃くして、図書館下まで辿り着く。
「はあ、はあっ……」
これだけ急いで来たくせに、その場で躊躇してしまう。
彼はもういないかもしれない。例えいたとしても、こんなにもずぶ濡れな格好では入館するのですら周りに迷惑だ。
夏休み中ずっと、不釣り合いな私と勉強をしてくれた勇太君。そんな彼に最後、ドタキャンというプレゼントを贈った自分に腹が立つ。
軒がある壁沿いに寄りかかりながら、静かに傘を閉じた。
何が傘だ、何が雨除けだ。靴も腕も濡れるのならば意味がない。どうして傘というものは、江戸時代から進歩していないのだろう。
気付けば蝉の声すらかき消す雨音。項垂れたまま膝からその場に落ちると、水溜りで騒ぐ雨粒に舌打ちをした。
「乃亜?」
煩い雨音よりも確かに近くで聞こえたその声に、頭を上げた。
「ゆ、勇太君……」
目を丸くさせた彼は傘をさし、私の前で呆然と立ち尽くす。
「乃亜、こんなとこで何してんの……?」
歪んだ彼の顔を見て、即座に体が萎縮する。
「ご、ごめん勇太君っ。私寝坊し──」
「そうじゃなくって!乃亜がたくさん濡れちゃってるじゃん!」
声を張り上げた彼に対し、私は謝罪を伝えることしかできない。
「ごめん……寝坊しちゃって急いで来たんだけど、なんかたくさん濡れちゃったし、もう、勇太君もいないかもしれないと思って……」
「こんなになってまでっ」
彼はそう言うと、私の目線まで腰を折る。
「こんなずぶ濡れになってまで、来てくれたの?」
そして、指で私の頬を拭った。
「一瞬、泣いてるのかと思ったよ……」
詫しげな顔。何故、彼の方が私よりも申し訳なさそうなのだろう。
「すっぽかしてごめんね、勇太君」
頭を下げる私に、彼は「とりあえず中に入ろう」と言って手を引いた。




