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 歩いて数分。川沿いへと続く階段を降りていると、小学生くらいの子供が数人、花火をしているのが目に入る。

 段差に腰を掛け、その光景を眺め出した陸の隣に私も座る。ふと込み上げる、笑い。


「何これっ。散歩って言ったくせに、歩いてないじゃん」

「ははっ。そういやそうだな」


 頬を撫でる川風が、気持ちいい。


「懐かしいよなあ、ああいうの。俺達もよく子供の頃、ここでやったよな」

「やったやった。私のお母さんが生きてた頃ってたぶんさ、陸のお母さんと一番仲が良かったんだよね。だからよく、一緒に遊ばされてたよね」

「おう。乃亜の人形遊び、だいぶ付き合わされてた。いぬ役とかくま役とか」

「へびとか」

「あ、それが一番むずかった。鳴き声わからんし」


 母がいた頃の話をするのは心地が良い。彼女はよく、私をふんわりした笑顔で眺めていた。

 名も知らぬ小学生達に過ぎ去った日々を回顧していると、陸の顔がこちらに向く。


「乃亜」


 低いトーン。


「昨日の返事、聞きたいんだけど」


 腿に肘をつき、頬杖をしながら私を見る陸。真面目な顔だから、目を逸らさずにはいられない。そしてとぼける。


「なんだっけ、それ」


 その瞬間、はあーっと大きな溜め息が聞こえた。視界の隅で捉えたのは、項垂れる陸の姿。


「……またはぐらかされるの?俺」


 暗い声。気まずい雰囲気には、なりたくない。


「嘘だってばっ。昨日のあれでしょ?覚えてる覚えてるっ」


 ふたつの手の平をぶんぶんと振って、戯けて見せた。陸は二の腕から半分だけ覗かせた瞳で、私をうかがう。


「ノー、かなぁ」


 僅かに裏返ってしまった声でそう答えると、陸は先ほどよりも深い息を吐いた。またもやすっぽり隠れる彼の顔。そしてそのまま「なんで?」と、こもった声で聞いてきた。


「だって、私達友達じゃん、幼馴染じゃん。陸とそうゆうのとか、考えたことないよっ」


 陸の前髪が、さらさらと風に靡くさまを見つめていた。相変わらず細くて綺麗だなあ、と思う。


 次に陸が言葉を発するまでの時間は、とても長く感じた。その(かん)俯いたままの彼だから、もしかしたら泣いているのかもしれないとさえも思った。


 彼にかける言葉も見つけられずに、盛り上がる子供達がフィナーレだと言って仕掛けた打ち上げ花火に視線を移す。

 ヒューと鳴って、バンッと咲く。それに混ざって聞こえた陸の声。


「俺、諦めねぇから」



✴︎

 ✴︎

✴︎

 ✴︎

✴︎



 蝉が(やかま)しくなればなるほどに、夏は増す。受験生を揶揄(からか)うように、上がる気温。


「乃亜ちゃんおはよう。冷たい麦茶でも飲む?それともやっぱり、ホットのブラックコーヒー?」

「自分でやるからいい」


 食器棚からマグカップを取った私に、「コーヒーね」と言った奈緒さんは、ケトルに水を溜め出した。


『乃亜も母さんに似て、いつもホットばかり飲んでるなあ。こんなに外は暑いのに』


 父にそう言われたのは先週のこと。その隣に彼女もいたかもしれない。



 私が小学六年生の時に亡くなった母は、ドリンクといえば温かい物しか飲まない人だった。


「ママってどうして、つめたいものはのまないの?」


 幼い頃の私は聞いた。湯呑みを抱えた母はこう答えた。


「体温は高い方が免疫力が上がるのよ。ママのママは癌っていう病気で死んじゃったから、普段から予防してるの。なるべく温かいものを摂取して、体温を上げておこうと思って」

「そうなんだあ。じゃあ乃亜もそうしよっかな」

「ええ?乃亜はいいのよ。夏は冷たい飲み物の方が美味しいでしょ?」

「いいの!乃亜もびょうき、きらいだもん!ママとながいきする!」

「じゃあママと一緒に、百歳目指そっか。えいえいおーっ」


 その数年後に母は死んだ。癌という病気に侵されて。

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