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第22話 残虐なあなたへ⑦『ヘレナの苦悩』

 ――――ロンドン郊外のどこか


 病院でヘレナを半殺しにした魔術師の男が病院で暴れまわった赤子の悪魔に赤いものを飲ませていた。


「やんちゃなだけで人肉は食べれないのか。なるほどなるほど、悪魔といえどそこはヒトに近いところがあるんだな」


 魔術師が悪魔に飲ませていたのは血だった。足元には原型をとどめていない死体が転がっていた。飲ませ方もまた独特で、首元をしっかりと押さえつけ、動けないようにして飲ませていた。


「しっかり育ってくれよ。お前は新しい世界を作るための礎なんだからな」


 その様子を部屋の隅でリーゼウスを足止めしていた二人組の魔術師が見ていた。


「先生、次はいつ動くんですか。今度こそあの魔術師殺してやる」


「絶対許さない。大したことないくせに説教しやがって」


 二人はリーゼウスに対し強い恨みを抱いていた。先生と呼ばれた魔術師はため息をつくと杖をヒョイと振る。するとどこからとなく蔦が現れ二人を縛り付けた。


「お前たちは負けたの。見苦しい負け犬の遠吠えは聞かせないでくれ。イライラして殺したくなる」


 二人は顔を青ざめる。二人はわかっていた、この言葉が本気だということを。そういうことを平然とやる魔術師だと。


「今回は一応任務を果たしてくれたから連れて帰ったけど、次はないよ?」


 二人は頷く。男はにっこり笑うと二人の拘束を解いた。


「動くのはまだだよ。今回の件で次は間違いなく雷光の魔術師が出てくる。あれはアレン・グレイマンに継ぐイカれ野郎だ。入念に()()をしなければ。あとは『蒼月の魔術師』だ。あれは……上玉だ。ぜひとも欲しい」


 男は欲にまみれた笑みを浮かべるのだった。



 ※ ※ ※



 更に一週間がたった。あれから下級悪魔の出現は何度かあったものの、大きな悪魔絡みの事件はなかった。悪魔崇拝の事件も起きていない。不気味なまでに静かだった。


 悠はまだ本部内の医務室で寝ていた。何故か治癒魔術が効かず、悠の傷については自然治癒に頼るしかなかった。悠は奇跡的に頑丈な体の持ち主であったため、なんとか持ち直すかとができた。


「起きてる?」


 病室にヘレナがやってきた。本来あるはずの右腕は無く、袖がゆらゆらと揺れていた。顔にも大きな傷が残っていた。


「そんな悲しそうな顔しないでよ。こんなこと、この世界じゃよくある話だし、生きてるだけでも儲けものよ?」


 ヘレナは笑いながら座るが、その笑顔もいつもより引きつっていた。無理をしているのがよく分かる。


「落ちた腕があれば再生はできたらしいんだけど、さすがに生やすのは無理なんだって。私、右利きだからこれから不自由だな。ねえ一条君、元気になったら私のお世話してよ。なんて、冗談よ。魔術を使えばなんとでもなるわ」


 無理して笑顔で話しかけてくるヘレナを悠は見ていられなかった。痛みを堪えながら体を起こし、ヘレナの手を握った。


「無理……しないでください。こんなことがあったのに、よくある話で片付けないでください……」


 ヘレナはため息をつくと杖を取り出す。


「一条君は優しいね。……ごめん、私嘘ついた。ほんとは魔術でどうにでもならないの、見て」


 ヘレナは杖を振る。だが魔術は発動しない。


「今回の件でね、腕落とされて、顔に傷跡残されて、おまけに魔力回路まで破壊されちゃったの。私、君と同じ魔術師じゃないただの人間になったの。キズモノのお荷物になっちゃったの。おかげでオルタナにも避けられるようになっちゃった。……はあ、私の人生こんなんばっかよ。壊すことしかできなくて皆気味悪がって近寄ってこないし、やっとオルタナや一条君と仲良くやっていけそうってところだったのにここに来てキズモノのお荷物になって。私はこんな人生望んでなかったのに……もっと普通が良かったのに……恋とか色々したかっったのに……全部終わっちゃった」


 ヘレナは杖を床に落とす。ヘレナは諦めた目で杖を見ると、それを拾うことなく立ち上がり、「ごめん、取り乱した、帰るね」と部屋を出ていこうとする。


「ヘレナさん……!」


 悠はヘレナを追いかけようとベットから降りる。だが激痛で立ち上がることも出来ず、倒れ込む。


「終わってないです……!全然終わってない……!ヘレナさんはどこまでも素敵な人だし、おれは全然キズモノだなんて思わないし、強くてかっこいい師匠なんです!おれはヘレナさんのそばにいます!終わりだなんて悲しいこと言わないでください」


 悠はかつて故郷を失った。絶望を味わった。形は違えどヘレナはあのときの自分と同じ気持ちになっている。そう思った悠はヘレナをそのまま返すことができなかった。


 ヘレナは悠の言葉で立ち止まる。


「カッコイイ事言うわね。お姉さん、不覚にもドキッとさせられちゃったよ。……今の言葉、信じてもいいかな?」


 悠は力強く頷く。それと同時に病室の扉が開き、オルタナが入ってきた。ヘレナはオルタナに避けられていると言っていた。ヘレナは気まずそうな顔をして俯く。


 それはオルタナも同様だった。いつも余裕そうな顔をしているのに珍しく気まずそうな顔をしていた。オルタナはヘレナの前に立ち、頭を下げた。


「すまない、君を傷つけるようなことをして」


 どうやら病室の外で会話を聞いていたようだ。


「私は君をあんな危険な場所に送ったことを後悔している。君の傷は私の罪だ。私はどうやら弱かったみたいで、君の傷を直視することができなかった。君の傷を治しているとき、目をそらしてしまった。そんな自分が許せなくて、今日まで君と接することができなかった。本当にすまなかった。私は君をお荷物だなんて思ってはいない。むしろいてくれなければ困る存在だ。どうかこれからも私と戦ってはくれないか?」


 ヘレナは頭を下げるオルタナを見て目をまるくする。悠も驚きを隠せなかった。あのオルタナ・ヘイロスが、雷光の魔術師が頭を下げるなど、想像できなかった。


「破撃の名前は返上することになるけど、これからもよろしくお願いします」


 ヘレナも頭を下げる。ヘレナには笑顔が戻っていた。病室を出ていくヘレナの足取りは気のせいか少し軽やかになっていた。


 ヘレナを見送ったオルタナは椅子に腰掛ける。


「一条君もすまなかったな。あとは私に任せて今はゆっくり休んでくれ……」


 悠はオルタナの顔を見て驚く。オルタナは今まで見せたことのない鬼のような形相をしていた。


「悪魔崇拝は……『D機関』は私が潰す」

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