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第7章 御神刀

 翌日。天気は生憎の雨だ。教室に聞こえるのはスキンヘッドの国語教師の声と黒板にチョークを滑らせる音だけ。

 時計を見てみる、後5分程度で授業終了の時刻だ。今日の授業はそれで終わりだ。

 昨日の龍との話し合いで、龍の意思ははっきりした。後はそれを青山さんに伝えるだけだ。それで、本当に青山さんが御神刀を渡してくれるのかどうかは分からないけども、現状、僕の持てる唯一の手がかりなんだ。疑っていても仕方がない。それに、青山さんが僕に教えてくれた龍の話は本当だった。青山さんが嘘を吐いてるわけでもない。後は、青山さんを信じるしかないだろう。

 青山さんを見てみるが、いつもと変わらず、ノートと教科書を机に広げ、真面目に授業を受けていて、僕の方には気を留める素振りも見えない。

 天宮君にその覚悟があるなら私は御神刀をあなたに渡すわ。

 青山さんの言葉がふと思い出される。

 僕の覚悟・・・。龍のトラウマを僕が抑える事が出来るんだろうか。不安だ。でも、龍は僕を信頼してくれている。昨日の龍の言葉にもそれが読み取れる。

 竜彦が一緒なら怖くないよ。

 龍はそこまで僕の事を信頼してくれているんだ。今更、無理だなんて言えない。賽は投げられてしまったんだ。

そう考えながら、授業時間が過ぎるのを待った。


 「たーつひこ。かえろーうぜ。」

授業終了と同時に前の席から悠紀が帰宅部の勧誘にやってくる。でも、今日も誘いには乗れない。やる事があるんだ。

「ごめん。悠紀。今日も先に帰ってて。」

悠紀にそう言い、席を立つ。向かう先は青山さんの所だ。僕の覚悟を伝えなくてはいけない。

 青山さんの席の前に立つ。青山さんが僕に気づいて顔を上げる。

「どうしたの? 天宮君。」

青山さんが不思議そうに聞いてくる。

「青山さん、あの時の返事をしたいんだ。」

僕は青山さんに静かに告げる。

「そう。決まったの。じゃあ、行きましょう。」

青山さんは取りとめのない事のようにそう言うと、席を立ち上がり、歩き出した。行き先は多分、屋上近くの階段だろう。


 「で、決意はできたのかしら。」

青山さんは屋上へと続く階段近くの廊下まで、僕を連れ出すと、そう聞いてきた。

「うん。龍が悲しむような結果は招かないよ。」

僕なりの決意を青山さんに告げる。

「本当に? 私は天宮君を信頼していいの?」

青山さんは疑り深く、追求してくる。

「僕の決意じゃ駄目って事かな。」

「そう言っているわけじゃないわ。本当に天宮君が信頼に足る人かどうかと聞いてるの。」

青山さんがそう言う。

「どういう事かな。」

「私は天宮君の意思しだいでは御神刀を渡すとは言ったわ。でもね、天宮君が本当に信頼に値する人物なのかどうかを私は知らないの。」

青山さんは静かにそう言う。

「どうすれば信じてもらえるのかな。」

「何もしなくていいわ。天宮君が彼女、龍の信任を得ているだけで充分よ。」

「・・・つまり。」

「悔しいけど、私に出来ることは部外者である天宮君。あなたを信じて、御神刀を託す事しかないわ。」

青山さんは本当に悔しそうに唇を噛み締める。

「だから、天宮君。あなたの覚悟が出来たと言うなら、私は御神刀を渡すわ。」

「本当に。」

「ええ。だから、帰りに私の家に寄って。神社の入り口で御神刀を渡すわ。」

青山さんはそれだけ言うと、僕を置いて、去っていった。


 帰り道。龍のいる神社の前を過ぎ、青山さんの待つ神社へと足を急ぐ。青山さんは1分たりとも僕を待つことなく、先に下校してしまった。少しぐらい待ってくれてもいいだろうに。ちょっと駆け足気味なので、ズボンの裾が濡れてくる。気持ち悪い。

 青山さんの神社の鳥居が見えた。青山さんがいる。鳥居の前に立っている。

「遅かったわね。天宮君。来ないのかと思ったわ。」

鳥居の前まで走ってきて息切れしている僕に対して青山さんは辛辣な言葉を投げかけてくる。

「青山さん。その格好は?」

僕は息を整えると、青山さんの格好を聞いてみた。今の青山さんは学校の制服ではなく、白衣に朱色の袴の巫女装束を着ていた。そして、手にはビニル傘である。何で、そんな格好を。

「見ての通りよ。御神刀を出すのだから、ちゃんとした装束に着替えたのよ。着いてきて。」

青山さんはそう言うと、振り返り、歩き出した。僕も遅れまいと青山さんの後に続く。

 青山さんは参道を歩き、本殿の方へと向かっているようだった。

 本殿の中に御神刀が置いてあるのだろうか。

 そう思っていたが、青山さんは本殿を通りすぎ、さらに神社の奥の方へと歩いていく。

「青山さん、どこまで行くの?」

どこに連れて行かれるのか不安になり、青山さんに聞いてみる。

「黙ってついて来なさい。」

青山さんはそう言い、どこまで行くのか教えてくれない。

 気づけば、道は細い石畳だけで周囲が木々に囲まれた静かな道を歩いていた。まだ歩くのだろうか。神社の本殿からはかなり離れてしまっているような気がする。

「青山さん。」

「いいから、黙って。」

どんどん不安になる僕の言葉をぴしゃりと青山さんは切る。

 そうして、どんどん歩いていくうちに、少し開けた場所に出た。

「着いたわ。」

青山さんがそう言う。

目の前にあるのは小さい建物だった。木造の瓦葺き屋根の5メートル四方程度の大きさの小屋。出入り口と思しき立派な観音開きの扉が小屋の中央にしつらえてある。今は閉まっていて中の様子を伺う事はできない。

 青山さんは真っ直ぐ出入り口と思しき観音開き扉の所まで歩いていくと、扉を開いた。中には、中央に苔の生えた年季の入った井戸があり、その周囲を白州で覆っていた。そして、その外周は板張りの床になっていた。

 何に使う所のだろう。

 中の様子を伺いながら、僕はここに連れてこられた意味が分からないでいた。青山さんは御神刀を僕に渡してくれるのではないのだろうか。

「さあ、服を脱いでちょうだい。」

僕と青山さんの2人が入ると青山さんは観音開きの扉を閉めた、青山さんは、僕に向かって開口1番そう言った。

 え? 今何て言った。服を脱げ?

「え?」

青山さんの言葉の意味が理解できず、しばらく硬直する。

「だから、服を脱いでって言ったの。さすがに全裸にはならないでよ。そこに布があるからそれを巻いて。」

青山さんはそんな僕の事などほったらかしでどんどんと説明を続ける。

「だから、何で服を脱ぐの?」

僕は当然の疑問を青山さんに聞く。

「何でって。今から天宮君に禊を受けてもらうからよ。」

青山さんがせっせと中央の井戸に行きつるべを井戸の中へと落とす。

「禊?」

青山さんの言った言葉が理解できず、呆然とする僕。

「知らないの?」

青山さんがつるべを引き上げながら、聞いてくる。

「知らない。何をするの。」

「今から、この井戸の水を使って、天宮君の身体の不浄なものを流すのよ。」

青山さんはそう言ってつるべの水を手ですくった。

「冷たい。今日もいい感じね。」

「えっと、僕は絶対にそれをしないといけないのかな。」

「そうね。御神刀を受け取る以上、絶対にしてもらう必要があるわ。だから、早く、服を脱いで準備してもらえないかしら。」

青山さんはそう言うと、僕を睨んできた。

 仕方ない、言うとおりにしよう。

 僕は建物の隅の方へと行くと、板張りの床の上に革鞄を置いた。そして、靴と靴下、カッターシャツを脱ぎ、アンダーシャツを脱ぐ。これで、上半身は裸になった。あとは下半身なんだけども、青山さんの前で脱いで大丈夫なのだろうか。

「何してるの、下も脱いで、早くタオル1枚だけの姿になって。」

青山さんはじれったそうに僕を睨みつけるとそう言った。

 どうやら大丈夫そうだ。僕はズボンを脱ぎ、綺麗に折りたたむと、カッターシャツとアンダーシャツと一緒に革鞄の上に置いた。

 タオルがあると言っていたけどどこだろう。

「いつまでそんな格好しているの。」

青山さんがタオルを投げてよこしてくれた。

「あ、ありがとう。」

タオルを腰に巻きつけ、外れないようにして、パンツも脱ぐ。これで、タオル1枚だけになった。さて、次はどうすればいいんだ。

「じゃあ。こっちに来て、そこに座って。」

青山さんはそう言って、井戸の傍を指差した。僕は言われるがままにそこに行く。座ると、砂州がちくちくと少し痛んだ。

「じゃあ、やるわね。」

青山さんはそう言うと、つるべの中の水を僕に頭から掛けてきた。

「・・・!」

あまりの冷たさに声にならない悲鳴が僕の喉から上がる。

「冷たい? でも、耐えてもらわないといけないわ。」

青山さんはちょっと含み笑いをしながら、そう言った。

「いきなり、何するの!?」

突然の事にびっくりして思わず、大声が出る。

「何って。これが禊よ。冷水で身体の穢れを流すの。さあ、次は自分でやって。邪心がなくなるまで続けるからね。」

青山さんは何気ない事と言わんばかりにそう言うと、つるべを僕に差し出した。

 これも、御神刀を手に入れる為、龍の為だ。

 僕はそう考えて、青山さんが差し出したつるべを受け取った。

 つるべを中央の井戸に投げ入れ、つるべを引き上げる。たっぷりと水の入ったつるべは重く、体重を掛けて引かないと自分が持っていかれそうだった。引き上げたつるべを井戸の淵に置く。なみなみと入った水は透き通っていて、手を入れてみると、凍りつきそうなくらい冷たかった。

「これも龍の為。」

僕はそう呟くと、つるべの水を一気に身体に掛けた。心臓と血管がきゅうっと締まる感じがする。これをあと何回繰り返せばいいんだろうか。

「何も考えられなくなるまで続けるのよ。無心になって、穢れが無くなったらそれで終わりだから。」

青山さんが横から死刑宣告に等しい言葉を投げかける。

 僕は黙って、つるべを再び、井戸に投げ入れた。

 3回目だろうか、つるべの水を身体に掛けていると、青山さんが声を掛けてきた。

「天宮君、聞きたい事があるのだけど。いいかしら。」

「何?」

冷水を身体に掛けて体温が下がってきているせいか、口がうまく回らない。

「天宮君は彼女、龍の事をどう考えているの。」

青山さんは淡々と僕に質問を投げかける。

「僕にとっての龍の存在?」

また1杯水を被りながら、僕は言葉を返す。

「天宮君がそこまでする必要な相手なのかという事よ。彼女、龍が天宮君を慕っている事は充分に分かったわ。でも、天宮君はそこまで覚悟してくるほどのものなの?」

青山さんが不思議そうにそう言う。

「僕にとっては龍は大事な存在なんだ。」

僕はつるべを再び井戸に落としながら、答えた。

「会って1週間とちょっとしか経っていないけど、龍は僕を慕ってくれているし、僕も龍を慕っているんだ。」

僕はつるべを引きながら言葉を続けた。

「それだけの理由で、天宮君、あなたは御神刀探しを受けたっていう事。」

青山さんは呆れたという風にそう言った。

「うん。最初は軽い人助けの気持ちだったよ。」

「やっぱり。そうだったのね。」

青山さんが相槌をうつ。

「でも、青山さんの言葉を聞いて、迷いと決心が出来たよ。」

僕はつるべの水を被りながら答える。

「迷いと決心?」

青山さんが不思議そうに言う。

「うん。迷いっていうのは、このまま、御神刀探しを続けて龍を傷つけるんじゃないかという不安。決心は龍を傷つけたくないっていう決心。」

僕は答える。

「天宮君。あなたは本当に彼女、龍の事を大切に思っているのね。」

青山さんは少しびっくりしたようにそう言った。

「だって、女の子を泣かすような真似だけはしたくないし、龍が僕を頼ってくれるなら、僕はその期待に応えてあげたい。」

僕はつるべの水を被りながら、そう言った。

「だから、龍を泣かせるような事にならないように最大限の事をしてあげたいんだ。」

僕は身体を震わせながらそう言った。

「・・・。」

青山さんは何か考えているのか、黙ってしまった。僕は黙ってつるべの水を身体に浴び続けた。

 しばらくして、もう何回目だろうか手がしびれてきた。つるべの水を身体に浴びる。

「天宮君。あなた馬鹿だわ。何の確証もなしに彼女、龍が慕ってくれているだけで、彼女のトラウマを抑えられると思ってるなんて、本当に馬鹿だわ。」

青山さんは吐き捨てるようにそう言った。

「それでも、僕は龍の為に頑張りたいし、龍が喜ぶ結果をもたらしたいんだ。」

僕は震える唇でそう言葉をひりだした。

「馬鹿だわ。でも、ちょっとだけ感心した。だから少しだけ応援してあげるわ・・・。」

青山さんはそう言うと。僕に近づいてきて、つるべを持ち上げた僕の手を止めた。

「もう禊はいいわ。着替えて、表に出てきて。御神刀を出すわ。」

青山さんはそう言うと、建物の外へと出て行ってしまった。残された僕は、最後の1杯のつるべの水を身体にかけると、禊を終えた。

 あとは用意されていたタオルで身体を拭き、パンツを履き、ズボンを履き、靴下を履き、アンダーシャツとカッターシャツを着る。そして、くつを履くと革鞄を手にして、青山さんの待つ、外へと出た。

「あなたは本当に馬鹿よ。でもちょっとだけ応援してあげるわ。」

青山さんは外に出てきた僕にそう言うと、またついてくるようにと先導し始めた。

、しばらく、建物から参道に沿ってさらに神社の奥の方へと歩いていく。青山さんは無言だ。僕もさっきまでの禊で体力が奪われたので、黙って後ろを付いていく。

「着いたわ。」

青山さんがそう言い、立ち止まる。

 目の前にあるのは、小さな社だった。龍の神社の社よりもさらに小さい。2メートル四方程度の大きさに収まりそうなミニチュアな社が5メートル四方程度の開けた空間の中央に鎮座していた。その社は木製だったけれども、よく手入れされているようで、苔1つカビ1つついておらず、綺麗に掃除されてあった。

「天宮君はここで待ってて。あと、これも持っておいて。」

青山さんが開けた空間の入り口に僕を留めておく。そして、持っていたビニル傘を僕に押し付けてきた。僕みたいな人間が入ってはいけない神聖な空間なのだろうか。

 青山さんが1人で中央の社に歩いていく。傘を挿していないので、雨に濡れ放題だ。幸いにも雨足はそんなに強くない。それでも、青山さんの髪と装束はすぐに雨に濡れていく。

「龍神様、従僕への刀のお返しをお許し下さい・・・。」

青山さんが社に向かって1礼する。濡れた髪が額に張り付いて、雨が伝い落ちてきていた。そして、社の入り口を開けた。中には、磨き石で出来た立派な台座があり、立派な髭を持った竜の彫刻が施されていた。その台座の上には1振りの刀が置いてあった。長さは1メートルと20センチほど。白鞘に収められた刀だった。きっと、あれが御神刀なんだろう。

 青山さんが慎重に台座から刀を両手で手に取る。そして、帯に挟んでいた朱色の布の袋に刀を納めた。その後、青山さんは社の入り口を元のように閉めると、また1礼して、

「龍神様、非礼をお許しください。」

そう言うと、頭を上げ、こちらへと歩いてきた。手には、御神刀の入った朱色の布の袋。

 神聖な雰囲気に圧倒されてぼんやりと僕はその様子を眺めていた。そして、青山さんが戻ってきた事にもぼんやりとして気づいていなかった。

「ほら、天宮君。いつまで、私を雨に当たらせるつもりかしら。」

青山さんに言われて、慌ててビニル傘を渡す。

「ご、ごめん。」

青山さんの様子に圧倒されていてついぼんやりとしていた。

「じゃあ、天宮君。ついてきて。」

青山さんはそう言うと、歩き出した。このまま、御神刀を渡してもらえるかと思ったらそうではないらしい。

「あの、青山さん。」

「いいから、黙ってついて来て。」

行きと同じように黙るように言われる。仕方なく、僕は黙って青山さんの後に続いた。

 林の中を抜け、本殿の所まで戻ってくる。そのまま、参道へと行き、鳥居の方へと歩いていく。そして、鳥居の所まで来ると、青山さんは立ち止まった。

「私が持ってこれるのはここまでよ。天宮君。」

青山さんが振り返り、そう言った。

「それはつまり。」

「あとはあなたの仕事よ。天宮君。」

青山さんはそう言うと、御神刀の入った朱色の布の袋を僕に差し出してきた。僕は傘をその場に置くと、青山さんの差し出した、御神刀を手に取った。ずしりと重い。鉄の塊なだけはある。でも、それ以上に何か別な重さが感じられるような気がした。

 僕が御神刀を持ったのを見た青山さんはほっとしたような顔になった。

「天宮君。あなたの覚悟。見せてもらうわ。」

「え。」

「私は着いていけないわ。天宮君。あなた1人でやってもらうしかないの。」

青山さんが衝撃的な事を言う。

「僕1人で?」

「ええ。だから、聞いたのよ。覚悟できたら返事を頂戴って。」

青山さんが今更何をと言ってくる。

「・・・。」

急に不安になってくる。途端に手に持った御神刀の重さがさらにずしりと重くなったような気がする。

 僕1人で大丈夫だろうか。龍を止められるだろうか。

 不安が増してくる。でも、もう引き返す事はできない。それに、龍の信頼だってある。

 竜彦が一緒なら怖くないよ。

 そうだ。僕も龍が一緒なら何も怖くない。僕が恐れてどうするんだ。1番怖いのはトラウマを見せられる龍なんだ。

そう思うと、勇気が出てきた。あとは行動するだけだ。

「何? 不安になったの?」

黙ってしまった僕に青山さんは不審そうに聞いてきた。

「大丈夫。覚悟は出来たよ。」

僕は青山さんにそう告げた。

「そう。じゃあ。任せたわよ。」

青山さんはまだ少し不安そうだったが、僕は行くことにした。革鞄と一緒に御神刀の入った袋を持ち、傘を挿す。

「青山さん。ありがとう。」

青山さんに礼を言う。

「礼はうまくいってから言って。」

青山さんは苦笑すると僕にそう言った。

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