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第6章 龍の過去

 月曜日。僕は無事、学校にいた。あの後、龍に抱きつかれて気絶した後、駅まで歩いたけど青山さんと会う事もなかったし、誰かに襲われるという事もなかった。そして、今日、僕はこうして、普通に授業を受けている。休み時間に青山さんから何か言われるかと身構えていたけども、今のところ何もない。今日の授業はこれで終わりだし、放課後に何か仕掛けてくるんだろうか。

 前の教壇では物理教師が授業をしている。僕は青山さんの席に目を向けてみた。青山さんは机に教科書とノートを広げて、いたって真面目に授業を受けていて、僕の方に気を向ける様子は微塵もない。まるで、先週の金曜の事は僕の夢だったかみたいのようだ。でも、そんな事はない。先週の金曜に、青山さんの木刀を革鞄で受けた時の傷が革鞄にはしっかりとついているのが、何よりの証拠だ。

 あと5分ばかりで今日最後の授業も終わる。そうすれば、はっきりするかもしれない。

 僕はそんな事を考えながら、今日最後の授業が終わるのを待った。


 「たーつひーこー。帰ろうーぜ。」

授業が終わり、前の席の悠紀が先週末の金曜の僕の惨状など知らずに声を掛けてくる。

「う、うん。」

悠紀の言葉に生返事しながら、青山さんの様子を伺う。青山さんは机の上の教科書とノートを手早く片付けると、立ち上がった。そして、こちらにまっすぐ歩いてきた。

「天宮君。ちょっといいかしら。」

そして、僕の目の前まで来ると、そう言った。

「うん。」

 僕も予想はしていたので、すぐに了承して、立ち上がる。

「おい。竜彦。どうしたんだ?」

僕と青山さんのただならぬ雰囲気を察したのか悠紀が聞いてくるが、悠紀を巻き込むわけにはいかない。

「ごめん。悠紀。先に帰ってて。」

「おい。竜彦。って分かったよ。」

悠紀は追及しても無駄だと分かったのか、すぐに諦めてくれた。

 青山さんの先導でどこかへ向かう。どこへ行くのだろうかと思っていたら、校舎屋上へと続く階段近くの廊下だった。階段には生徒が入れないようにロープが張り巡らしてあって、人が出入りできないようになっている。なるほど、確かにここなら人気がない。

「天宮君。聞いてもいいかしら。」

青山さんが立ち止まり、振り返りざまに聞いてくる。

「何を?」

むしろ聞きたい事があるのはこっちの方だ。先週の金曜に突然襲ってきた事とか、警告の事とか、聞きたい事はたくさんある。

「あの神社の幽霊。いえ、あの巫女装束を着た女の子の事は知ってるの?」

青山さんはこちらの意思も関係なく淡々と聞いてくる。

「龍の事?」

青山さんの質問に対して僕も淡々と返答する。

「そう、彼女は龍って言うの。名前まで知っているのね。」

青山さんが何故か悔しげにそう言う。

「天宮君は御神刀の事を彼女、龍から聞いたの?」

「そうだよ。龍の頼みで僕は御神刀探しをしていたんだ。」

「それは本当なの?」

青山さんが疑わしげに聞いてくる。

「嘘を言っても仕方ないよ。」

僕は諦めたようにそう言う。僕が龍から依頼を受けて御神刀探しをしていたの事実だ。

「そう。じゃあ本当だとして、彼女から何か話は聞いているの?」

「何も。気づいたら無くなっていたから探して欲しいと頼まれただけだよ。」

僕は自分の知っている事を淡々と述べる。他に選択肢もない。

「そう。じゃあ、何も知らないのね。」

青山さんが残念そうにそう言う。

「・・・。」

僕は何も言わずに青山さんの言葉を待つ。

「天宮君。あなたは彼女。龍の過去について何も知らないのよね? どうして、彼女があの神社にいるのか。どうして、ああして、幽霊になったのかも。」

青山さんは淡々と事実確認のように聞いてくる。まるで事情聴取みたいだ。

 そういえば、龍の過去について何も知らない。聞くこともなかったし、教えてくれる事もなかった。僕が知っているのはただ、30年前まで大造っていうおじいさんが神社に来てくれていたという事と、龍が今まで1人で過ごしてきたという事だけだ。

 僕は青山さんの言葉に黙って頷いた。

「だから、あんな軽はずみに御神刀を探そうなんてしていたのね。」

青山さんがため息交じりにそう言う。

「確かに軽はずみだったかもしれない。」

青山さんの言葉に少し苛立ち、言葉を挟む。

「いい。天宮君。今から、彼女の生い立ちを話すけど、聞いてくれるわよね。」

青山さんが聞いてくる。僕は黙ってそれに頷いた。

「彼女。龍は幽霊なのはもう分かっているわよね。そして、あの神社の敷地から出られないのも。」

青山さんの言葉に頷く。龍は自分があの神社の敷地から出ることはできないと言っていた。

「それはね。彼女が龍神様への供え物として死んだから。そして、彼女はあの神社へ祀られているからなのよ。」

青山さんの言葉には感情がなく、淡々と昔話でもするおばあさんのような感じだった。

「供え物?」

僕は青山の言葉に引っかかる部分があり聞いてみる。

「そう、供え物。彼女、龍は実の父親に龍神様への生贄として、人柱として殺されたの。」

「え。」

青山さんは淡々と言葉を続ける。

「昔ね、この辺りは洪水が多い地域だったの。それで、堤防を造る事になったのだけども、その時に村人達が言い出したのよ。水害が多いのは龍神様の怒りによるものだから、生贄を捧げた方がいい。巫女を人柱にすれば、堤防も崩れる事がないってね。もう、江戸時代も終わって明治時代に入ったばかりの時よ。当時はまだ、そういった迷信が多く信じられていた時代だったの。当時の神主をしていたのは、私の家の一族なんだけど。村人達の懇願に耐えかねて自分の娘、長女を龍神様への生贄へと捧げることにした。」

「それが龍?」

僕はぽつりと言った。青山さんは黙って頷くと、言葉を続けた。

「生贄に捧げられる儀式は神主自身の手で行わなければいけない。だから、彼女は父親自身の手で殺されたの。そして、堤防は造られた。でも、その父親は娘の魂がこの世に残されてしまったと考えたのね。だから、彼女の魂が住む家。つまりあの神社を建立した。娘の魂の家として、娘を殺してしまった自分の罪の象徴として。」

 この社が我の罪の象徴なり。

 龍の神社の慰霊碑の石に刻まれていた言葉は龍の父親の苦悶の声という事だったのか。

「そして、その神社に彼女を祀り、そして、彼女を殺した時に使った御神刀と対の短刀を一緒に奉納した。それ以来、彼女はあの神社にいて、この地域を守護している。自分自身にはその意識がないかもしれないけどもそうなのよ。実際、その堤防は今まで1度も決壊することなく、この地域を水害から守っているもの。そして、あの神社を守るのが私の家の役目。」

青山さんは言葉をそう続けた。だから、龍は僕が短刀を持ったとき、あんなにも怖がったのか・・・。

「でも、神社は荒れ放題だったけども。」

神社を守るのが役目と言っているが、神社はもう何10年も手入れをされていない様子だった。実際、龍も30年前までは大造というおじいさんが来て整備してくれていたと言っていたが。

「30年前までは私の祖父の大造おじい様が彼女の神社を守っていたのよ。だけども、おじい様はガンに罹ったの。そして、亡くなってしまったの。その後を継いだのが私の父なのだけれども、問題があった。私の父は彼女が、龍が見えなかったのよ。元々、そういった神様だとかをあまり深く信じていない人だったから、神社を守る使命を忘れてしまってあんな事になってしまったのよ。」

青山さんが悔しそうに唇を噛み締めそう言った。

「じゃあ、何で、御神刀が無くなったの。」

神社が荒れ放題になった理由は分かった。でも、何で御神刀が無くなったんだ。

「おじい様の余命が少なくなった時に、おじい様は御神刀を彼女の神社から持ち出したのよ。彼女と御神刀が出会う事のないようにする為に。」

青山さんが言葉を続けた。

「何でそんな事を。」

「彼女、龍は今は龍神様の従僕となっていて、生前の記憶を無くしているのよ。でも、何かのトラウマを切っ掛けに生前の記憶を思い出させてしまう。特に、生贄に捧げられた時の死の記憶なんかは最大のトラウマよ。彼女は自分の父親に殺されたのだから。おじい様は自分がいなくなった後、龍が何かの切っ掛けで御神刀に触れてしまいその生前の記憶を思い出す事を恐れたのよ。生前の記憶を思い出して、彼女が怨霊にでもなったら大変な事になるもの。だから、おじい様は自分が死ぬ前に御神刀を彼女の手の届かないところに運び出したの。」

青山さんそう言って言葉を締めた。

「・・・。」

ひどい話だ。生贄にされて、記憶も無くされて、そのうえ、1人ぼっちにさせられたのだから。

「でも、龍は御神刀を探しているけど。それは何故?」

龍は御神刀を僕に探して欲しいと頼んできた。御神刀は大切なものだから、見つけなくてはいけないと言っていた。

「彼女自身が護らなければいけないと強く思っているからでしょうね。私のおじい様がいた頃はおじい様が護っていたけども、おじい様がいなくなって、自分が護らなければいけないという使命感を持つようになったのでしょうね。だから、探しているのよ、きっと。」

青山さんは淡々とそう言った。

「・・・。」

僕には何と言えばいいのか思いつかなかった。

「天宮君。私は御神刀のある場所を知っているし、持ち出す事も出来る。でもね、彼女、龍のトラウマを止める事は私にはできないわ。」

青山さんが少し悔しげにそう言う。

「何が言いたいの。」

「天宮君。あなたが望むなら私は、彼女、龍の探している御神刀を渡してもいいわ。」

青山さんは驚く事を淡々と僕に告げた。

「それは。」

「ただし、彼女のトラウマを抑えられるならの条件付きで。天宮君にその覚悟があるなら私は御神刀をあなたに渡すわ。」

青山さんは感情も感じられない声でそう言った。

「・・・。」

僕は、返す言葉がなかった。

「天宮君。返事を待っているわ。」

青山さんはそう言うと、僕を置いて、立ち去って行った。

 残された僕はただ、その場に立ち尽くして、拳を握っている事しかできなかった。


 龍のいる神社の鳥居の前に僕は立っていた。石段を前にして動けないでいる。

 青山さんの話を聞いて、自分がどうすればいいのか全然分からない。

 御神刀探しは軽い気持ちで引き受けたわけじゃないといえば嘘になる。簡単な人助けのつもりだった。でも、実際はもっと重くて深い話だった。自分には想像もつかないほどの話だった。どんな顔をして龍に会えばいいんだろうか。ニッコリと笑顔で? 無理だ。龍の過去の話を聞いてしまった後で、そんな顔して龍と対面する事なんて出来ない。でも、きっと龍の事だ。今みたいな険しい顔で会いに行けばきっと心配するだろう。どうすればいいんだろうか。

 それに、御神刀を青山さんが渡してくれると言ったけど、それは龍のトラウマを思い出させる事にもなる。いくら、龍の望みでも、それは龍を傷つける事になるんじゃないだろうか。果たして、それが、本当に龍の為になるんだろうか。

 考えれば考えるほど、頭の中のもやもやが大きくなっていく。結局、どれが本当に正しい事なんだろうか。御神刀探しをもう止めてしまって、真実を龍に伝えない事が1番いい事なのか、それとも、龍に真実を伝えて龍のトラウマを思い出させて、龍を傷つける事がいい事なんだろうか。

 結局のところ、僕には選択肢はない、これは龍の問題でもあるんだ。龍の意思を聞いてみない事には決める事もできない。

 僕はそう結論をつけると、石段に足を掛けた。境内の鳥居の下に立つ。龍の姿はすぐに見つかった。参道の真ん中に立ち本殿の方を見上げていた。

 「あ、竜彦。来てくれたんだ。」

僕の足音に気がついたのか、龍は振り返ると、笑顔でそう言ってくれた。

「うん。また来たよ。」

龍の気のいい挨拶にも生返事になってしまう。

 どうしても、青山さんの言葉が頭から離れない。

 彼女は実の父親に殺されたの。

「どうしたの。竜彦。何か様子が変だけど。」

龍が不思議そうに聞いてくる。

「何でもないよ。うん、何ともないよ。ごめん、龍。」

頭を軽く振り、青山さんの言葉を頭から離れさせようとする。

「大丈夫? 竜彦。具合でも悪いの?」

龍が心配そうに声を掛けてきてくれる。

「大丈夫だよ。龍。腰掛けてもいいかな。」

僕はそう言うと、いつもの場所。賽銭箱のそばまで歩いていく。

「竜彦。本当に大丈夫? 顔色悪いよ。」

賽銭箱のそばに腰掛けると、龍が目の前に屈みこんで、僕の顔を覗き込んできた。

 聞くべきだろうか。本当に龍が生前の記憶を覚えていないかどうかを、そして、龍が本当に御神刀を見つける事を望んでいるのかどうかを。それが、龍にとって辛い選択だとしてもそれを望むのかどうかを。

「ううん。ちょっとね。龍。あの。」

「どうしたの? 竜彦。」

「ううん。何でもないんだ。」

「変な竜彦。」

龍はそう言うと、笑顔を僕に見せてくれた。

 僕が、青山さんから聞いた事を龍に伝える事でこの笑顔を失う事になるかもしれない。本当にそれでいいんだろうか。

「竜彦。どうしたの? 本当に顔色悪いよ。」

龍が心配してくれる。僕には、できない。やっぱり、僕には本当の事を龍に伝えるだけの勇気が持てない。

「ごめん! 龍!」

僕はそう叫ぶと、一目散に走り出した。これ以上、龍と顔を合わせていられない。

「ちょっと、竜彦。どうしたの!?」

後ろから龍の心配する声が聞こえたが、僕は構わず、走り去った。石段を駆け下り、鳥居を抜け、道をひた走った。

 本当の事を龍に話すだけの勇気を持てない自分が恨めしかった。


 翌日。昼休みを告げるチャイムが教室に鳴り響く。

 ああ、もう昼休みか。

 僕はそんな事を思いながら、ぼんやりと、窓の外を見やる。曇り空の下、グラウンドの向こうには広葉樹の緑の葉に覆われた龍泣山が見える。

 結局、僕は逃げ出してしまった。怖くなって。龍に本当の事を伝えるのが怖くて。どうしようもない。

「たーつひーこ。飯の時間だぞー。」

 悠紀が前から声を掛けてくる。いつも暢気そうにしている悠紀が少し羨ましく見える。

「ああ。うん。」

視線を山から離さず、生返事を返す。正直、食欲もない。

「どうしたんだ。竜彦。元気がないな。朝からずっとそんな調子だが、何かあったか?」

悠紀が自分の昼食を用意しながら、心配そうに声を掛けてくる。

「ん。」

「ははあ。さては昨日の青山の件か。」

悠紀が的を得たと言わんばかりの顔で言う。実際、間違ってはいない。

「まあ、そんなところだよ。」

「どうした。何か言われたのか?」

悠紀がビニル袋からコロッケの挟まれたコッペパンを取り出しながら聞いてくる。

「別に。何もなかったよ・・・。」

嘘だ。本当は心を揺さぶられる事を言われた。龍の過去の事なんて全然知らなかった。そして、それを龍に伝える自信が自分にはなかった。

「そうか。そうは見えないけどな。」

悠紀が包装を解きながら、言う。悠紀には嘘は通じないらしい。長い付き合いだ。嘘を言っても、すぐにばれてしまう。

「なあ、悠紀。」

「何だ?」

「もしも、もしもだけどさ、他人の過去を知ってしまって、それをその本人が知らない場合は例え、辛い過去でもその本人に伝えてしまってもいいんだろうか?」

悠紀に問い掛けてみる。

「どういう意味だ? もっと分かりやすく言ってくれ。」

悠紀が首を傾げる。

「仮にだよ。友人が過去のある辛い出来事を忘れていたとして、僕がその友人のその辛い出来事を知ってしまった場合、その友人が望むならその辛い出来事について伝えるべきなんだろうか。それが、本当にいい事なのかな。」

「・・・。」

悠紀はコロッケパンを1口かじり、黙々と咀嚼しながら、少し考えているようだった。

「それはその友人次第じゃないのか?」

悠紀がパンを飲み込むと、そう言った。

「え?」

「その友人が望んでいるなら伝えてあげればいいじゃないか。結局、本人次第だよ。嫌がってるのに、無理に伝える必要はないし。知りたがっているなら、本人の事なんだ。伝えてあげればいいじゃないか。それじゃ駄目なのか。」

悠紀が至極、それが当然のように答える。

「でも。それを伝える事で、相手を深く傷つけてしまうかもしれない。」

「それも覚悟のうえで、その相手は知りたがってるんだろう。そうじゃないのか? それだったら、ちゃんと意思確認してから、言うんだな。どっちにしたって、その本人次第だよ。どうしても知りたいって言うんなら、本人の事だ、教えてあげればいい。知りたくないって言うなら、無理に言う必要はない。それでいいだろ。」

悠紀はあっさりとした感じでそう言った。

「何にしても、相手に聞いてみないと分からないだろ。」

悠紀はそう言うと、いつものようにニヤリと笑った。

 僕は複雑な気持ちになりつつ、悠紀の顔を見つめた。


 放課後。僕は昨日と同じように1人で、龍のいる神社の前まで来ていた。

 悠紀の言葉が頭に浮かぶ。

 何にしても、相手に聞いてみないと分からないだろ。

 確かにその通りだ、龍がそれを望むのかどうか自体、聞いてみないと分からない。決めるのは僕ではない、龍だ。

 僕はそう思うと、石段を登る。境内の鳥居の下に立つ。龍の姿はすぐに見つかった。本殿の賽銭箱の傍に腰掛けて、膝を抱えていた。表情までは読めないけど、少なくとも嬉しそうな表情ではなかった。

 僕は龍の近くまで歩いていった。

「龍。昨日はごめん。」

一言。昨日の事について謝る。それでも、龍は機嫌を直してくれないのか、動こうとしなかった。

「竜彦。どうして?」

龍が膝を抱えたまま、そう聞いてきた。

「え?」

「どうして。昨日はあんな風に逃げるように帰ったの?」

龍が寂しげにそう聞いてくる。

「それは。」

青山さんの話を聞いていて、まともに龍と顔を合わせるだけの勇気がなかったからだ。

「ねえ。どうして?」

「龍とその、顔をあわせ辛かったんだ。」

「どうして、顔をあわせ辛かったの? 私、何か悪い事したかな。」

龍の声は寂しげで、今にも消え入りそうだった。

「そうじゃないんだ。御神刀の事が分かったんだけど。それが、龍にとっていい知らせなのかどうか分からなくて。」

僕は少し焦っていた。

「いい知らせじゃないってどういうこと?」

龍が聞いてくるけど、その前に確認したい事がある。

「その、龍は生前の事は覚えてないの?」

「竜彦? どうしたの急に?」

龍が不思議そうに聞いてくる。

「いいから、教えて欲しいんだ、龍。大事な事なんだ。」

「分かったよ、竜彦。私もよくは分からないの。私は気づいたら、ここの神社にいて、ここから出られなかったの。私が生きていたかどうかも私自身、曖昧で覚えていないんだ。」

「・・・。」

青山さんの言葉が真実だと分かる。覚悟はしていたが、やはりショックではあった。でも、聞かなくてはいけない。

「それがどうかしたの? 竜彦。」

「龍。御神刀の場所が分かったんだ。」

僕は言葉も重々しく、龍に伝える。

「本当! 竜彦!」

龍の声は嬉しそうだ。ずっと探していた大切な物が見つかったんだ、嬉しいのは当たり前なのかもしれない。でも。

「うん。でも、龍。それは龍にとって本当に大事な物なの?」

「竜彦。何を言ってるの? 御神刀は私にとって、この神社にとっても、とても大事な物なの。私が護らなきゃいけないものなの。」

龍が強い口調でそう言ってくる。これも青山さんの言った通りだ。

「なら、龍。聞きたいんだ。その御神刀が龍の生前の記憶を思い起こさせるものだとしたら、それでも、龍は御神刀が戻ってくる事を望む?」

「私の生前の記憶?」

龍がきょとんとする。

「そう。御神刀に龍が触れる事で龍の生前の記憶を思い出す事が出来るらしいんだ。」

僕の言葉は重々しく龍に聞こえているだろうか。

「私が生きていた時の記憶・・・。」

龍がぽつりと呟く。実感がないのだろう。自分が生きていたかどうかも分からないと言っていたほどなんだ。突然、自分の生前の記憶なんて言われても実感なんて沸かないだろう。

「龍にとっては辛い記憶を、御神刀に触れる事で龍は思い出してしまうかもしれないんだ。」

「私にとっての辛い記憶・・・。」

龍が呟き、しばらく黙りこむ。しばらく考える時間だって必要だろう。僕は龍の返事を気長に待つことにした。

「・・・竜彦。」

しばらくして、龍が声を掛けてきた。

「何? 龍。」

龍の答えが決まったのかと思い、少し身構える。

「私にとっての辛い記憶っていうのは、大造おじいちゃんが来なくなってから、竜彦が来てくれるようになるまでの日々の事だよ。寂しくて、寒くて、誰も助けてくれなくて。毎日1人で日々を過ごして、神社の外の様子も分からなくて、社も荒れていくのを見ていく事しか出来なくて、私にとっての辛い記憶っていうのはそれの事だよ。それ以上に辛い記憶なんてないよ。・・・竜彦は私が思い出すかも知れない記憶の事を知ってるの? それ以上に辛いかもしれない記憶なの?」

龍は少し涙声になりながら、僕に向かって聞いてきた。それが確かに今の龍にとって1番辛い記憶なのかもしれない。

「龍・・・。僕は答えらないよ。龍にとってその記憶がとても辛い事なのかもしれない。でも、僕はそれを見たわけじゃない。だから僕はそれを龍に答える事ができないよ。僕に出来るのは、龍が望むか望まないかの答えを聞く事だけだよ。」

僕は自分が卑怯な事をしているなと感じながら、龍に答えていた。

「竜彦。1つだけ聞いてもいいかな?」

龍が僕を見つめて聞いてくる。

「何、龍。」

「竜彦は私の傍にずっといてくれる?」

龍は僕の目を見つめたまま真顔でそんな事を聞いてきた。

「え。えっ。その。え?」

予想外の質問に頭が固まる。

 龍の傍にずっといてあげる? そんなプロポーズみたいな事を言われても僕にどうして欲しいんだ。

「嫌かな? 竜彦が傍にいてくれれば、私はどんな事にも耐えられると思うの。だから、竜彦に傍にいて欲しいの。」

龍が寂しげにそう聞いてくる。顔は至って真剣そうで、僕の顔をまっすぐに見据えている。

「そんな買い被りだよ。僕にはそんな力なんてないよ。」

僕は恥ずかしさで顔を赤くして龍の言葉を否定する。

「ううん。そんな事ないよ。竜彦。だって、竜彦の手はすごい暖かったもん。それに竜彦は私が触るのを全然嫌がったりしなかった。だから、竜彦のその温かさがあれば、私はどんな辛い事にも耐えられるよ。」

龍が真剣に僕に訴えかけてくる。

「龍・・・。」

龍の真剣な言葉に僕は圧倒されてしまっていた。

「だから、竜彦。私の傍に一緒にずっといてくれる?」

龍がもう1度聞いてくる。

「・・・龍。」

そこまで言われればもう答えは1つだろう。

「うん。分かった。僕は龍の傍に一緒にいるよ。僕が出来る限りの事を龍にしてあげるよ。」

僕は誓いの言葉を龍に向けた。龍は僕の言葉を聞くと、ニコリと笑い。

「ありがとう。竜彦。これからも一緒だよ。」

「うん。龍。」

僕は力強く頷いた。

「だから、私は御神刀を持ってきてくれるのを望むね。竜彦が一緒なら怖くないよ。」

龍はそう言った。

 これで、龍の意思ははっきりした。後は青山さんにそれを伝えるだけだ。

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