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第3章 調査

 月曜日。学校が始まる日だ。近づく定期テストを前に皆の空気が浮つき始める時期だ。

「たーつひーこ。かえろーぜ。」

教室の色めきたつ空気の中、本日最後の授業が終わるとほぼ同時に前の席の悠紀が振り返り声を掛けてくる。

「悠紀、ごめん。今日もちょっと帰れないんだ。」

悠紀の誘いに乗りたいところではあるが、龍に頼まれた探し物の事を調べなければいけない。

「何だ。またか。何か忙しい事でもあるんかい。」

悠紀が少し不満そうに言って、椅子を傾ける。

「ごめん。それよりも悠紀にも手伝ってもらいたい事があるんだけどいいかな。」

それに、探し物をするのに人手は多い方がいい。悠紀なら細かい事を聞かずに手伝ってくれるだろう。

「んー。何だ。金貸しと喧嘩沙汰以外なら手を貸すぞ。んで。何の用?」

椅子をくるりとこちらに向けて悠紀が乗り気な様子で僕を見てくる。

「ちょっと図書室で調べ物をするんだけど、手伝ってくれないかな。」

学校の図書室にあの神社の事が記載された文献があるようには思えないけど、何もない状態でいるままよりは少なくともましだろう。

「何だ。そんな事か。別にいいぞ。でも、もっとおもしろい事が手伝えればよかったんだけどな。」

悠紀は拍子抜けしたように傾けていた椅子を戻すと、ニヤニヤと僕を見てくる。

「何だよ。そのおもしろい事って。」

悠紀がどうせロクでもない事を考えているのが分かるので、僕は身構える。

「いや何、竜彦が好きな女子にでもアプローチしたいからその方法を考えてくれとでも言ってくるのかと思ったんだけどな。図書室で調べ物とはいかにも普通で面白みがない。」

悠紀がニヤニヤとしながら、こちらを見てくる。

「ごめんなさいね。面白みのない普通のお願いで。こっちは割りと真剣にお願いしてるんだけどな。」

僕は革鞄に教科書やノートを詰めながら悠紀に返答する。

「そんな怒るなって。ごめんよ。竜彦。だから、置いかないでくれ。」

僕は早々に革鞄に荷物を詰め終えると、席を立ち上がった。悠紀が自分の荷物を用意している間に僕は、先に教室を出る。行き先は図書室だ。

 しばらく、図書室に向かって歩いていると、後ろから、悠紀が追いついてきた。思った以上に早いものである。

「竜彦。置いてくなんて酷いじゃないか。ちっとは待ってくれてもいいだろう。」

追いついた悠紀がぶーぶーと文句を言う。

「悠紀が遅いのが悪いの。」

「竜彦の意地悪。」

「その言い方だとオカマみたいで気持ち悪いから止めて。」

「な、失礼な。俺がオカマだと。じゃあ、竜彦君のいじわるー。」

悠紀が調子にのって裏声を使い、よりオカマらしく振舞おうとする。

「・・・。」

予想以上の気持ち悪さに思わず黙ってしまう。

「おいおい。黙るなよ。こっちが恥ずかしくなるだろ。何か反応してくれよ。」

僕が黙ってしまったものだから、悠紀が慌てている。

「もういいよ。それで、竜彦。調べ物って何だ?」

悠紀があきらめたように聞いてくる。

「ん。ちょっと龍泣山の神社について調べたいんだ。」

悠紀の質問に素直に答える。

「ああ。あの幽霊騒動の神社か。こないだ行ったけど何もなかったじゃないか。何で今更。」

悠紀がぼんやりとこの間一緒に神社へと行った時の事を思い出すようにしながら話す。

「ん。ちょっと気になる事があってね。細かい事はちょっと話せないんだけど。」

悠紀に龍の事や刀の話をしても、多分うまく伝わらないだろう。

「ふーん。まあ、いいけどな。で、神社について調べればいいわけだ。」

悠紀は僕の言葉に少し不満げではあるが、了承してくれた。

「まあ、そういう事で。」

 そんなやり取りをしているうちに図書室に着いた。

 図書室の引き戸を開ける。目の前にカウンターがあり、本の貸し出し、返却の受付をしている。今は1人の女子生徒が座って厚いハードカバーの本を読んでいた。女子生徒は僕らが入ってきたのを見て視線を本から僕達へと向けた。視線が僕、悠紀へと向けられる。女子生徒は悠紀の顔を見かけると、はっとして顔を伏せてしまった。

 僕はその女子生徒に気を掛けずに、カウンターの奥に広がる、本棚へと向かう。悠紀はその女子生徒が気にかかるのか、カウンターの所で立ち止まった。

「お。瀬田じゃん。どうしたの。こんなところで。」

悠紀がカウンターの向こうの女子生徒に声を掛ける。

「あ、あ。あの。わ、私、図書委員だから・・・。」

瀬田と呼ばれた女子生徒は顔を真っ赤にしてか細い声で答えた。悠紀が立ち止ったままなので、僕も数歩ほど離れた所でなりゆきを見守る。瀬田さんは僕達のクラスメートでそんなに目立つ人じゃなかった印象だ。背もそんなに高くなかったはずだし、髪型はうなじが隠れるくらいのショートカットだ。

 今の瀬田さんは耳まで真っ赤になっているのが分かった。

「な、南雲君は何で図書室に? い、いつもは来ないのに。」

瀬田さんは緊張しているのか声がか細く震えている。

「んー。ちょっとね。竜彦のお使い。それで、郷土史の本が置いてある場所って分かるかな。」

悠紀がニコリと笑いながら、瀬田さんに聞く。

「う、うん。郷土史の棚はあそこ。」

瀬田さんがカウンターの後ろに並ぶ本棚のひとつを指差す。天井近くまである巨大な本棚1つが郷土史の本に当てられているらしかった。

「ん。ありがとうな。瀬田。」

悠紀は瀬田さんの指差した方向を見ると、瀬田さんに礼を言って歩き出した。

「あ、瀬田。その髪飾り似合ってるよ。可愛らしいな。」

悠紀が何か思い出したように、立ち止まり、振り返ると、瀬田さんに向かってそう言った。悠紀が言ったので気がついたが、瀬田さんは頭の右側に小さな花をあしらったヘアピンをつけていた。よく気がつく事で。

「え。え。あ。う。うん。あ、ありがとう。」

瀬田さんは悠紀に褒められた事で顔がさらに赤くなり、まるで熟れたトマトのようになっている。おまけにろれつまで怪しくなってしまった。

「悠紀。あんまりからかうなよ。瀬田さん、頭から湯気が出そうになってるぞ。」

本棚の影まで移動してから、僕は悠紀に小声で耳打ちした。

「からかってなんかないさ。俺はいつだった本気だぜ。」

悠紀はニヤリと笑いながらそう言うと、カラカラと笑った。 

 やれやれと思いながら、本棚に並ぶ本の背表紙の題名を目で追っていく。郷土史の棚の中でもこの辺り一帯について書かれた本があればいいんだけど。


 それから、1時間。悠紀と2人で本棚に並ぶ本から目星そうなものを手に取っては、龍泣山に関する記述がないか調べてみたが、成果は1つも上がらなかった。

「なあ、竜彦。この中にはないんじゃないのか。」

悠紀の声がだいぶ疲れている。慣れない事をしているせいだからだろう。

「そうは言っても。見てみないと分からないし。」

そう言いながら僕はもう何冊目になるか分からない分厚いハードカバーの本を手に取った。ページをぱらぱらとめくり、索引と目次に目を通す。目星そうな情報は載ってなさそうだ。

「もう帰ろうぜ。さすがに疲れた。何も今日中じゃないといけないわけじゃないんだろう。」

悠紀の声はもう限界だと言っていた。確かに、何も今日中に見つける必要があるわけじゃない。

「そうだね。今日はもう帰ろうか。僕も疲れた。」

普段から、こんな作業に慣れてるわけじゃない。さすがに僕も疲れてきていた。今日はもう止めて帰ってもいいかも知れない。

 僕は手に取った本を本棚に戻すと、悠紀にそう返答した。

「さすがに参るなこりゃ。」

悠紀が珍しく弱音を言いながら、革鞄を手に取る。僕も、革鞄を手に取り、図書室の出口へと向かう。

 「あ。もう帰るんですか。」

カウンター席に座る瀬田さんが帰ろうとする僕達を見とめて声を掛けてくる。

「うん。もう疲れたんでな。俺みたいな馬鹿が難しい本見るもんじゃないな。」

悠紀がまたふざけて瀬田さんに返答する。

「ふふっ。南雲君ってやっぱりおもしろい人ですね。」

瀬田さんはくすくすと笑うとそう言った。

「お。瀬田には分かってもらえるか。やっぱり、竜彦とは違うね。」

途端に悠紀は上機嫌になる。

「ちょっと、悠紀。どういう意味だよ。」

僕は悠紀の言葉にむっとして悠紀に聞く。

「どういう意味って言ったままだよ。」

悠紀がニヤリと笑いながら、言う。

 まったくと思いながら、一足先に図書室の引き戸へと向かう。引き戸を開けようと手をかけた途端に引き戸が開けられた。

 突然、開いた引き戸に驚く僕に対して、唐突に言葉が投げかけられる。

「あら。ごめんなさい。人がいるとは思わなかったの。って天宮君か。」

誰かと思えば、目の前にいるのはクラスメートでクラス委員長をしている青山さんだった。ちょっと釣り目がちの目で僕を睨んでくる。綺麗な人なんだけど、人当たりがよろしくない。 肩甲骨ぐらいまで伸ばした黒髪とそれに見合う容姿で男子には人気があるんだけど、性格がきつい人だ。僕もあまり話した事がないから詳しくは知らないけど。

「珍しいわね。図書室でお昼寝でもしに来てたの?」

この通り、あまり親しくない人に対しての毒舌を平気な顔して言う人である。

「げ。青山。」

後ろで悠紀が気まずそうにそう言ったのが聞こえた。

「あら、南雲君までいるの。南雲君、物理のノートちゃんと出してね。期限は明日だから。」

青山さんの視線が悠紀に向かい、そう言った。

「あはは。相変わらず、手厳しい。ノート見せてくれれば、ちゃんと出せるんだけどな。今から教えてくれたりとかしないかなー。なんて。」

悠紀の冗談にいつもの元気がない。

「期限は明日だから。伸ばさないからね。」

悠紀の冗談に対してぴしゃりと言い放つ青山さん。

「あ。あの、南雲君。私のノートで良ければ見せますけど。」

おずおずと横から瀬田さんが声を掛けてくる。

「本当に! 助かるよ。」

「あ。僕もいいかな。」

瀬田さんのノートに群がる馬鹿2人。

「朱美。甘やかしちゃ駄目よ。馬鹿は自分でやらなきゃ直らないんだから。」

そして、それを阻止する青山さん。

「ちょっと。涼子ちゃん。それは言いすぎなんじゃ。」

瀬田さんがちょっとだけフォローしてくれる。

「いいの。馬鹿は馬鹿なんだから。」

青山さんの口は慎むという事を知らないのだろうか。

「それよりも朱美。まだ、残ってたの。一緒に帰りましょ。」

「あ。うん。これが今、いいところなんだ。もうちょっとだけいいかな。」

瀬田さんはそう言って、読んでいるハードカバーの本を持ち上げる。

「おい。竜彦。行くぞ。このままじゃ干されちまう。」

いつのまにか悠紀がそばに来ていた。悠紀は僕に耳打ちすると、そのまま、青山さんの横を抜けていく。僕もそれに従い、図書室を出る。

「あ。2人とも、物理のノートきちんと出すのよ。」

背後から青山さんの声が聞こえてきたが、無視して、僕達は走り去った。


 翌日、放課後。僕は再び、悠紀を誘い、図書室へと向かった。

「竜彦。まだやるのか。昨日あれだけ見たじゃないかよ。」

隣についてくる悠紀の声は浮かない。

「まだ、全部見れたわけじゃないから。」

僕はそう言いながら、図書室の引き戸を開ける。

 カウンターには昨日と同じく瀬田さんがハードカバーの本を手にして、座っていた。瀬田さんは本に夢中なのか、扉を開けて入ってきた僕ら2人には気づいていないみたいだ。

「よっ。瀬田。また来たぞ。」

悠紀が瀬田さんに声を掛ける。ところが、瀬田さんは本に夢中で悠紀の声にも気づいていないみたいだ。座ったまま、本から顔を上げようとしない。

「おーい。瀬田。」

悠紀がもう1度声を掛ける。それでも、瀬田さんは顔を上げない。

「ふーむ。竜彦よ。参ったなこれは。瀬田が俺に気づいてくれない。」

悠紀が腕を組み、うなる。

「別にいいんじゃないの。瀬田さんに何か用事でもあるの?」

「ある。図書委員の許可なしに図書室に立ち入るのはいけない。」

悠紀が堂々とした雰囲気で言う。

「そんな事、初めて聞いたんだけど。」

「おう。今、思いついた。」

「先、行ってるわ。」

悠紀に突っ込むのも疲れたので、先に昨日調べていた本棚へと移動する。

「あ、おい。竜彦。ほったらかしかよ。」

悠紀が慌てたように着いてくる。瀬田さんは相変わらず、本から顔を上げないままだ。

 昨日と同じように本棚から目星そうな本を手に取っては索引や目次に龍泣山の記述がないか調べていく。昨日は悠紀と2人かかりで30冊前後の本を調べたが、見つけることが出来なかった。でも、まだ100冊近く本は残っているんだ。何かしらの手がかりぐらい見つかるだろう。

 「なあ、竜彦。何だって、あの神社の事を調べてるんだ?」

悠木が手に取った本をパラパラとめくりながら聞いてくる。

 何でと言われれば、それは、あの女の子。龍に頼まれたからだからなんだけども。悠紀に龍の事を話せば、多分、悠紀の事だ。面白そうだから、会わせろと言ってくるに違いない。

「んー。昨日も言ったけど。ちょっと気になってね。」

「だから、何で気になるか聞いてるんだけどもな。」

悠紀は持っていた本をパタンと閉じると、本棚に戻した。

「言わなきゃ駄目?」

「いや。言いたくないなら。聞かないことにするよ。」

悠紀が本棚から別の本を取り出しながら答える。

「ん。そこまででもないんだけど。ちょっと人に頼まれたからなんだ。」

「へー。誰に。」

「悠紀の知らない人。」

「何だ。じゃあ、聞いても仕方ないな。」

悠紀は会話に飽きたのかそう言ったきり、黙ってしまった。そして、黙々と本棚から本を取り出しては中身をパラパラと確認し、欲しい情報がないか確認していく。

 図書室に悠紀と僕がページをめくる音だけが響く。


 どれぐらい時間が経っただろう。本棚の半分ほどまで中身を確認し終えたあたりで、ついに悠紀が音を上げた。

「あー。もう疲れた。竜彦。帰ろうぜ。」

悠紀は持っていた本を本棚に戻すとそう言った。時計を見ると、図書室に来た時からそろそろ1時間半は過ぎようとしていた。

「ん。じゃあ。帰ろうか。」

 今日も成果なしか。

 そう思いながら。手に取った本を本棚に戻し。革鞄を手に取る。悠紀も革鞄を手に取り帰り支度を済ませる。カウンターの方へと歩いていくと、瀬田さんがまだ座ったまま本を読んでいた。

 昨日もこうしていたけど、ひょっとして、毎日ここにいるんだろうか。

 そんな事を思いながら、瀬田さんを横目に通り抜けようとする。

「瀬田。おーい。」

悠紀はいちいち女子に絡まないと気がすまないのだろうか。来た時と同じようにまた瀬田さんに声を掛けていた。しかし、瀬田さんは相変わらず本に夢中なようで顔を上げない。

「瀬田やーい。」

構ってもらえないのが寂しいのか、悠紀がカウンター越しに瀬田さんの肩をぽんぽんと叩く。

「ひゃっ! え! え。えと。あ。な、南雲君?」

肩を叩かれてようやく、僕らの存在に気づいたらしく、瀬田さんが驚きの声を上げて、悠紀の方を見る。

「おー。ようやく気づいてくれたよ。」

「え、えと。いつからいました?」

瀬田さんがおずおずと聞いてくる。本当に気づいていなかったのか。

「んー。ずっと前からですね。かれこれ1時間くらいかな。」

悠紀が面白そうにそう言う。間違ってはいないが、その言い方だと、ずっと瀬田さんの前にいて瀬田さんが気づくのを待っていたように聞こえる。

「え。え。そ、その。ごめんなさい。気づきませんでした。」

瀬田さんの顔がみるみるうちに赤くなり顔が俯く。傍から見ていると、悠紀が瀬田さんをいじめているようにしか見えない。

「悠紀。」

悠紀に自制を求めるように声を掛けようとしたが、悠紀は分かってると視線でこちらに返答してきた。

「ごめん。ごめん。冗談だから。気にしないで。」

悠紀が瀬田さんにそう言う。

「うう。ひどいです。」

顔が赤く、俯いたまま瀬田さんは呻くようにそう言った。

「はは。本当にごめんって。だから怒らないでくれよ。あっ、今日は鳥のヘアピンか。似合ってるよ。」

悠紀がにっこりと笑いながらそう言う。確かに瀬田さんの頭の右側に昨日とは違う鳥、白い鳩のあしらわれたヘアピンが着いていた。

「あ。う。その。・・・南雲君はひどいです・・・。」

瀬田さんの顔がさらに赤くなり、また呻くように瀬田さんがつぶやいた。

「悠紀。帰るんじゃなかったの。」

このまま、悠紀を放っておくと、瀬田さんが倒れてしまいかねない。

「おお。そうだった。じゃあ、またな瀬田。」

悠紀が思い出したようにそう言い。瀬田さんに挨拶する。

「あ、はい。南雲君。その、また、明日。」

瀬田さんが途切れ途切れに返答したのを見た僕は図書室を出た。悠紀がへらへらと瀬田さんに手を振りながら後に続く。

「いやはや。ああいう初心な反応をしてくれる人はいいねえ。」

図書室の引き戸を閉めてから悠紀は呟いた。

「あんまり、いじめない方がいいと思うよ。」

「いじめてるわけではないんだけどな。竜彦も最初はあんな風だったのに、今ではこんなのになってしまうし。」

悠紀がつまらなさそうに言う。

「こんなのって言わないでよ。地味に傷つくな。」

「昔はからかいがいがあったのに、今では、軽くあしらうようになってしまったんだから、おもしろくない。からかいようのないしょうもない人になってしまうなんて。」

悠紀が芝居がかった口調で言う。

「ひどい言いがかりだね。」

僕はちょっとむっとしながら言う。

「やっと、見つけた。南雲君。」

と後ろから声が聞こえた。聞き覚えのある声だ。振り返ると、青山さんが立っていた。手には革鞄を持っている。もう帰るところなのだろう。

「南雲君。物理のノートはどうしたの。」

何の用事と聞くまでもなく、青山さんはそう言ってきた。

 ああ、そういえば昨日、そんな事を言っていた気がする。僕はもう出したけど。

「ああ。いっけねえ。忘れてたわ。」

悠紀が思い出したように焦った声を上げる。それを見て青山さんは1つため息を吐き。

「物理の木田先生が職員室にいるから早く出してきて。」

悠紀にそう言った。

「悪い。竜彦。先行っててくれ。俺、ノート出してくるわ。」

悠紀はそう言いながら、僕と青山さんを置いて走り去っていった。

「ところで、天宮君はどうしてこんな所にいるの。いつもは図書室なんか来ないのに。昨日も来てたみたいだけど、今日もそうなの?」

残された僕に対し、青山さんは不思議そうに聞いてくる。

「うん。ちょっと調べ物をね。」

「南雲君も?」

「うん。ちょっと手伝ってもらってるんだ。」

「珍しい事で。」

青山さんがちょっと驚いたように言う。

「青山さんも調べ物に来たの?」

図書室の引き戸を指差しながら聞く。

「私? 私は朱美を迎えに来ただけよ。あの子、いつも放課後はここで本を読んでるから。」

「そうなんだ。仲いいんだね。」

何気なく思ったことを口走る。

「ええ。小学校以来の付き合いだもの。」

青山さんの顔がちょっとほころび少しだけ誇らしげな顔になる。

「じゃあ。私はもう行くわ。」

青山さんはそう言うと、僕の返事を待たずに、図書室の中へと入っていった。

 残された僕は、悠紀を待つために下駄箱のある登下校口へと足を向ける事にした。

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