表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
3/10

第2章 依頼

 今日は休日。学校も休みだ。部活にでも所属していない限り、学校に来る事はない。そんな日であるにも関わらず、僕は学校の裏手のあの神社の前にいた。

 天気は今日も曇りで、今にも雨が降りだしそうだ。僕は片手に傘を持ち雨に備えていた。

 もう苔むした石段と黒ずみの目立つ鳥居も見慣れてきた。鳥居をくぐり、石段を登る。2つ目の鳥居の下に立つ。

 境内を見渡して彼女の姿を探す。手水舎、本殿、参道。表には彼女の姿は見えない。裏手にいるのだろうか。

 本殿の横を通り、裏手へと行く。本殿の影から、裏手を伺う。

 土の地面がむき出しの小さい広場。そこにある石の慰霊碑とトタンのバラック小屋。そして、彼女の姿はない。

 どこかに出掛けてしまっているのだろうか。

 そう思い、表へと戻ってくる。あと見ていない場所は境内の外側に広がる、山の森と本殿の中だ。

 森の中まで探しに行くぐらいなら、ここで彼女が現れるのを待つほうがいい。

 そう考えると、僕は本殿の賽銭箱の横に腰掛けた。板張りの床がぎしぎしと嫌な音を立てる。でも腐って落ちないだけマシだろう。

 傘を床に置き、境内を見渡してみる。藻の浮いた手水舎、いや、水瓶というべきか。舎と言うには屋根もなくなり、柱すらなく、過去に柱が立ててあったのであろう敷石があるだけの場所に水を受けるための石造りの直方体形の水瓶がある。参道の磨き石の石畳はひび割れ、隙間からは雑草が生えてきている。石畳の表面も長い時間風雨に晒されたせいか凸凹としていて、ぼろぼろに見える。境内も土がむき出しで所々に雑草が群れをなして生えていてそこの部分だけ緑色に見える。鳥居は、黒カビと緑色の苔に蝕まれていて元の色が何だったのかさえ判別するのが難しい。

 30年以上という月日がこの神社にもたらした変化を目の前で僕は感じていた。僕自身は30年前のこの神社の姿を知らないし、それ以前に生まれてもいない。それでも、30年という月日の長さをこの神社の風体から少しだけ感じられた。龍は30年以上もの間、1人でこの神社と一緒に過ごしてきたのだろう。誰も参拝に来ない。誰も訪れない。誰も龍に話し掛けない。1人寂しい月日を過ごしてきたのだろう。もし、自分が30年間も1人で過ごせと言われたらどうだろう。

 少し考えてみて、身震いがした。30年間も1人ぼっちで過ごすなんてとても出来ない。寂しいなんてものじゃない。怖くなる。誰も僕と話をしてくれない。何て悲しい。怖くて思わず身体が震える。考えただけで、この有様だ。それを龍は実際に過ごしてきたのだ。昨日のあの喜び様も少しは分かる気がする。そして、怖いんだろう。また、失うことを怖がってるんだろうな。30年もまともに人と触れ合ってなかったんだ。僕がいなくなってまた、1人ぼっちになるのが怖かったんだろうな。だから、昨日はあんなにも過剰な見送りと確認をしてきたんだろう。

 彼女はどこに行ったのだろう。あんなにも会いたがっていたのに、未だに現れない。本殿の中をまだ探していないけど、入ってもいいんだろうか。

 そんな事を考えながら、本殿の入り口の格子戸へと目をやる。ここからだと格子戸の向こう側は暗がりになっていて中の様子を伺う事は出来ない。神社で見ていないのはあとはここぐらいだ。彼女がいるとしたら、あとはここぐらいだ。

 立ち上がり、床板を踏み抜かないように注意しながら、格子戸の傍まで行く。格子の隙間から中の様子を見てみるが、光が奥まで届かず、手前の板張りの床しか見えない。

 仕方ない、中まで入ってみよう。少しぐらいなら大丈夫だろう。

 そう思い、格子戸に手を掛ける。動かない。少し力をこめてみる。それでも格子戸は動かない。傾いているのか、歪んでしまっているのか格子戸はびくともしない。

「ふーん!」

足を踏ん張り、思いっきり格子戸を引っ張る。しばらく踏ん張ってみたが、格子戸は僕を嘲笑するように僅かにも動かない。

「でぇー! この!」

てこでも動かない格子戸に腹がたち、思わず格子戸を蹴飛ばしてしまった。

「あ。」

そして、格子戸は僕の予想外にも動いた。床と平行方向ではない方向に。僕が蹴飛ばした格子戸はさっきまでの頑固さはどこへいったのか、いとも簡単に溝から外れて本殿の中の方へと倒れていった。そして、僕が止める間もなく、床と激突して格子戸は砕けた。文字通り、格子戸は床との衝突の衝撃でばらばらに砕けてしまった。

「あー。どうしよう。」

やってしまった。目の前に開かれた空間を見ながら僕は呆然とした。元に戻そうにも格子戸はもうバラバラである。どうしようもない。まあ、当初の目的である、本殿に入る事はできそうである。あとで龍にどう謝るかは別にして。

 とりあえず、中に入る。中は格子戸が倒れた衝撃で埃が濛々と立ち上がり、煙たいどころではなかった。まともに呼吸ができない。手で鼻と口を覆い。格子戸が倒れて出来た空間から差し込む光を頼りに中を伺う。中は広さ6畳ほどで、向こうの端側1畳分ほどが1段、大体30センチほど高くなっている。床は全部板張りで所々に腐ったのか、穴が開いていたり、色が黒ずんでいる場所があった。手前側の低い部分には先ほど僕が倒した格子戸の破片以外には特に何も見当たらない。1段高くなっている所に目をやると、中央に何かあった。目を凝らしてよく見てみると、刀を置くための飾り台に見えた。手前が低く、奥側が高くなっていて2振の刀が置けるようになっているみたいだが、その飾り台は骨董店とかで見るものに比べると、随分とさっぱりとしていた。骨董店とかでみかけるのは大抵、漆塗りでさらに表面に装飾を施されていかにも高級感が溢れる感じなのだが、目の前にあるのは、木をそのまま削りだしただけで、装飾も施されていない小ざっぱりしたものだ。そして、そこに置かれているのは1振の短刀。手前側に置かれていて、つばのない握りも鞘も白鞘で統一された短刀で儀式用のものに見える。僕は、足元の腐った板張りの床に気をつけながら、その短刀が置かれている場所まで近づいてみた。

 2振置く場所があるのだから、もう1振の刀なり太刀なりがどこかにあるのだろうと思ったが、近づいて見ても、それらしいものは見当たらなかった。てっきり、入り口から見えない暗がりに転がっているものだと思ったのだけど。あと、異様に見えるのは、周囲の板張りの床や、漆喰の壁がカビや苔に覆われているにも関わらず、刀の飾り台の乗っている部分と飾り台、短刀だけはまるで、今、完成されたばかりのように綺麗だからだ。何か不思議な力にでも護られているのか、それとも、防腐材でも使っているのかもしれない。

 触ってみたい。

 ふと、そんな気持ちが湧き上がる。

 ちょっとぐらいならいいかな。

 床に膝を着き、手を伸ばす。短刀に手が触れる。そして、持ち上げる。白鞘の短刀はいとも簡単に飾り台から取れた。僕はその場に胡座をかくと、じっくりと短刀を眺めてみた。鞘と柄の表面はさらさらしていてつい先ほど削りだしたばかりのように感じられる。ほのかに木の温かみが感じられるのも気のせいではないだろう。鞘から抜いてみる。刀身が見え始める。

「竜彦!」

柄を動かす手が止まる。視線を声のする方へと向けると、そこには龍がいた。僕が蹴飛ばして破壊してしまった格子戸の所に立ち、こちらを見ている。

「あ、ご、ごめん。つい、出来心で。」

龍の登場に焦った僕は短刀を手に持ったまま身体を龍の方へ向けて、謝る。

「ひっ! 嫌!」

「え。」

龍が顔を背ける。

「竜彦。そ、それを私に見せないで。」

龍は僕の手にある、短刀を指差してそう言った。短刀は鞘が半分ほど抜けており、濡れたように見える刀身が見えていた。

「あ、ご、ごめん。」

刀身を大急ぎで鞘に納める。

「早く戻して。」

龍の声が震えている。怒らせてしまったかもしれない。

「う、うん。」

鞘に納めた短刀を元の飾り台の上に置く。

 龍は僕が短刀を元の場所に置いたのを確認すると、振り返り、本殿から出て行った。僕も龍の後について本殿を出る。龍は賽銭箱の隣に腰掛けていた。僕も賽銭箱の傍に腰掛ける。

「竜彦。何で。あれを手に取ったの。」

龍の声は怒っているようにも僕を非難するようにも聞こえない。ただ淡々と聞いてきた。

「ご、ごめん。そんな大事な物だとは知らなくて。」

「ううん。別に怒ってるわけじゃないの。」

龍の声には感情が感じられない。

「え?」

「あれは私が見たら駄目な物なの。あの短刀を見ると、私、怖いの。何でか分からないけど。」

龍の視線は下を向いたままで、僕と目線を合わせようとしない。

「だから、竜彦が短刀を手に持ってたのを見て、何て言えば良いんだろう。怖くなったの。竜彦が怖く見えたの。」

「・・・。」

「竜彦。」

龍が顔を上げ、僕の方を向く。

「だから、あの短刀にはもう触らないで。お願いだから。」

「う、うん。分かった。ごめん。」

あの短刀が何なのかは分からないが、少なくとも龍にとっては良いものではないらしい。

「分かってくれたならいいの。あれは私が見たら駄目な物だけど、とても大事な物だから。」

龍の顔は真剣で、声は弱冠震えていた。

「それでね。竜彦。あの台にはもう1振、刀を置く場所があったでしょ。」

龍が顔を上げて、こちらを見てくる。

 龍の言うように確かにあの飾り台は2振の刀を置けるようになっていた。1振の短刀しかなかったけど。

「あそこには、もう1振の刀があったの。私は見てないんだけど。昔、大造のおじいちゃんが来てくれてた頃は大造のおじいちゃんが近づけない私に代わって管理してくれてたの。だけども、大造のおじいちゃんが来てくれなくなってからしばらくして無くなっちゃったの。どこかにあるんだろうとは思うけど。私はあの刀に怖くて近づけないの。でも、あの刀は私にとってとても大事な物で。護らなくちゃいけないんだけども。あの短刀もそう。護らなくちゃいけないんだけども怖くて近づけないの。」

「・・・。龍。何が言いたいの。」

龍の話の意図が読めず、龍に聞く。

「ごめんね。竜彦。部外者の竜彦にお願いするのは変だって分かってるの。でも、他に頼める人もいないから。」

龍の視線が次第に下を向いていく。

「・・・。」

僕は黙って龍の言葉の続きを待つ。

「あのね。竜彦。もう1振の刀を探してきて欲しいの。あの台にあったはずのもう1振の刀を。私の力じゃ探す事も出来ないから。」

龍の懇願は僕も予想だにしないものだった。あそこにあったはずの1振の刀を探してきて欲しいという。

「この神社にはないの?」

 龍の力になってあげたいし、その刀が龍にとって大事な物なら探してあげたい。でも、その前に手がかりがなければ探す事も出来ない。

「ううん。ないの。刀が無くなってる事に気づいた時にあちこち探し回ったんだけど、見つからなかったの。ここにあれば、私は雰囲気で分かるし。」

龍は視線を上げないまま、答える。

 雰囲気ねえ。確かにあの短刀と飾り台には何か不思議な感じがしたけど。それは見た目の話だし。僕自身には、こうやって視線の外にあるあの短刀の雰囲気を感じ取るなんて事はできない。

「どこに行ったとか。誰かが持ち去ったとか。そういう事は分かる?」

「ごめんね。竜彦。私がいられる場所はこの神社の中だけなの。だから、外に運び出された後、どこに行ったかは分からないの。それに、気づいたら無くなっていたから、誰が持ち去ったのかも分からないの。」

 困ったな。手がかりなしか。

「という事は手がかりなし?」

「うん。ごめんね。竜彦。こんな無理なお願いして。」

「まだ、引き受けるとは言ってないけどね。」

柄にもなく、ちょっと意地悪してみる。龍の力にはなってあげたいけど、手がかりなしでは難しい話だ。

「え。竜彦。そんな事言わないで。私、竜彦以外に頼れる人いないの。」

龍がこっちに近寄ってきて懇願する。顔がもう泣きそうである。

 そんなに大事な物なのか。それにしてもそんな事言わないで欲しい。こっちが恥ずかしくなる。

 龍の思わぬ返答に視線をずらす。多分、僕の顔は真っ赤になってるんだろう。

「ご、ごめん。大丈夫だよ。ちゃんと探すから。」

少し意地悪した事を悪く思う。

「うん。ありがとう。竜彦。」

途端にほっとした顔になる龍。

「じゃ、じゃあ、早速行ってくるよ。」

龍の顔を正視できない。変な事するんじゃなかった。

「え。もう、行くの。」

龍の声が寂しそうに聞こえる。顔を見てないので、表情は分からないが、声から察するにしゅんとしているんだろう。

「う、うん。そんなに大事な物なら、さ、早速行かないと。」

声が上擦る。早々に退散したい。顔が熱い。

「うん。分かった。そうだもんね。お願いしたのは私だしね。」

龍の声が申し訳なさそうだ。

「だから、もう行くよ。また今度。」

立ち上がり、石段に向かって駆け出す。

「あ。竜彦。・・・うん。また今度。」

後ろから寂しそうな龍の声が聞こえた。

 

 しばらく、走ってから後ろを振り返る。神社からは300メートルほどは離れた。周囲は住宅街で、人気もない。

 さっきの龍の言葉を思い出す。

「竜彦。そんな事言わないで。私、竜彦以外に頼れる人いないの。」

思い出すだけで顔が赤くなる。

「んふ。んふふ。」

思わず、顔がにやける。生まれてから16年経つけども、今まで女の子に頼られた事はなかった。これが始めてだ。あんなお願いのされ方をすれば、どんな男でも頑張ってみせる。

 「竜彦以外に頼れる人いないの。」

 再度、思い出すと。やっぱり、顔が赤くなる。恥ずかしいのと誇らしいのとが混ざり合って妙な高揚感がする。

 僕は終始にやけながら、家路へと着くことにした。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ