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氷の奇公子 ~変人王子の生存術~  作者: 佐藤湊
第2章 巡り合うには遠すぎて
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第16話 休日

休日。


王立貴族学院の授業がない日は、俺は王宮へ戻る。


学院にいる間、王宮での派閥争いについては第三王妃と軍務卿アトラシート伯爵に任せている。


第三王妃には、第一王子派の貴族たちとの調整を。


アトラシート伯爵には、軍務卿としての立場を利用した派閥の維持と、第二王子派への牽制を。


俺が学院にいる間まで王宮の政治に首を突っ込む必要はない。


学院には学院でしか得られない人脈があり、同年代の貴族たちとの関係もある。


今の俺に必要なのは、そちらだ。


だから休日くらいは、政治のことを考えない。


……そう思っていた。


「お兄様!」


廊下の向こうから、軽い足音が聞こえてくる。


振り返る。


そこにいたのは、第一王女サナ。


七歳になった妹だった。


「おかえりなさい!」


サナは満面の笑みを浮かべながら、俺のところへ駆けてくる。


「ただいま、サナ」


俺が手を広げると、サナはそのまま抱きついてきた。


小さな身体が胸に当たる。


「学院、どうだった?」


「いつも通りだ」


「楽しかった?」


「まあ、それなりにな」


「ほんと?」


「ああ」


サナは嬉しそうに笑った。


俺はその髪を軽く撫でる。


学院では、誰が敵で、誰が味方なのかを考える。


誰がどこの家の人間で、どの派閥に属しているのか。


どんな性格で、将来どう動く可能性があるのか。


そんなことばかり考えている。


だが、サナの前では、それらを考える必要はない。


この子は、俺を見ると笑う。


それだけでいい。


「お兄様、今日は私の部屋に来て!」


「急だな」


「だって久しぶりだから!」


「昨日も会っただろう」


「昨日は昨日です!」


「……そうか」


俺が歩き始めると、サナは当然のように俺の手を握った。


そのまま引っ張られる。


「こっち!」


「分かったから、そんなに急ぐな」


「早く!」


本当に元気だ。


そんな妹を見ていると、自然と口元が緩む。


王宮でこんな顔をしている自分を知っている者は、そう多くないだろう。


やがてサナの部屋へ着いた。


扉を開ける。


「見て!」


サナが部屋の中を指差す。


「……ぬいぐるみが増えたな」


「うん! 昨日もらったの!」


「そうか」


サナは嬉しそうにぬいぐるみを抱き上げる。


「かわいいでしょう?」


「そうだな」


「名前もつけたの!」


「何という名前だ?」


「ひみつ!」


「そうか」


たったそれだけの会話なのに、妙に落ち着く。


そのとき――。


「兄上!」


廊下から別の声が響いた。


サナが振り返る。


俺もそちらを見る。


扉から顔を出したのは、一人の少年だった。


八歳。


第三王子――エドリアン。


俺とは異腹の弟だ。


「エドリアンか」


「うん!」


エドリアンは嬉しそうに部屋へ入ってくる。


「兄上、帰ってきたんだね!」


「ああ」


「今日、一緒にいていい?」


「構わない」


「やった!」


サナの隣に座る。


「兄上、学院って面白い?」


「面白いこともある」


「どんなこと?」


「勉強だ」


「それは面白くないよ」


即答だった。


俺は少しだけ笑う。


「そうか?」


「うん!」


「では、何がしたい?」


エドリアンが少し考える。


「兄上と剣術!」


「またそれか」


「だって兄上強いじゃん!」


「八歳のお前が十歳の俺に勝てると思うのか?」


「分からない!」


「分からないのか」


「やってみないと分からない!」


随分と前向きな弟だ。


サナも横から声を上げる。


「じゃあ私も見る!」


「サナはどうする?」


「応援する!」


「そうか」


エドリアンが拳を握る。


「絶対勝つ!」


「無理だな」


「なんで!?」


「今の実力差だ」


「やってみないと分からないって!」


「……」


サナがくすくす笑っている。


俺は二人を見た。


エドリアン。


異腹の弟。


将来的には王位継承争いに関係してくる可能性もある。


サナ。


同腹の妹。


彼女もまた、王族である以上、政治から完全に逃れることはできない。


そのことは分かっている。


分かっているからこそ――。


今だけは考えない。


この二人を敵として見る理由はない。


少なくとも今は。


「分かった」


「本当!?」


「午後になったら木剣で相手をしてやる」


「やった!」


エドリアンが嬉しそうに笑う。


サナも笑う。


俺はその二人を見ながら、自然と表情を緩めた。


学院では冷静でいなければならない。


王宮でも、政治の場では感情を隠す。


誰が味方なのか。


誰が敵なのか。


誰を取り込むのか。


誰を警戒するのか。


常に考える必要がある。


けれど――。


この二人の前では、そんなことを考える必要はない。


サナが俺の袖を引っ張る。


「お兄様」


「何だ?」


「今日はずっと一緒にいてくれる?」


「……ああ」


サナが嬉しそうに笑う。


エドリアンも隣で笑っている。


俺は二人を見る。


「今日は好きに過ごせ」


「やった!」


「兄上、大好き!」


「……そうか」


俺はエドリアンの頭を軽く撫でる。


そしてサナの髪も撫でた。


政治も。


派閥も。


王位継承も。


母上の暗殺も。


アルゲントゥム商会も。


今日は少しだけ忘れる。


俺には守らなければならない家族がいる。


その中には、異腹の弟であるエドリアンもいる。


そして何より――。


母上から託された、妹のサナがいる。


俺は二人を連れて庭へ向かった。


王宮の政治は、明日また考えればいい。


今日だけは――。


ただの兄でいればいい。

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