第41話 戦況報告
王都へ戻ってから、数日が経っていた。
南部方面軍での戦いを終えた俺は、王城の執務室で机に向かっていた。目の前には大量の書類が積まれている。戦後の兵力再編、負傷兵の復帰状況、傭兵の再教育、そして南部国境へ配置された三千人の部隊に関する報告書など、処理しなければならない案件は山ほどあった。
その中でも、俺が特に気にしていたのはシルウァニア王国全体の戦況だった。
俺たちが南部で戦っている間にも、北西部や南西部では戦いが続いている。
そして何より、フィリウス王太子が切り札として投入したエクィトゥム王国海軍と、ヴェルゼバンセスへの強襲上陸作戦がどうなったのか、それを俺はまだ詳しく知らなかった。
「殿下」
扉が開き、グラフィルが入ってくる。
「失礼いたします。ご報告がございます」
「入ってくれ」
グラフィルが俺の前まで歩いてきて、一礼する。
「エクィトゥム王国軍から、新たな戦況報告が届きました」
「ヴェルゼバンセスか?」
「はい」
俺はすぐに顔を上げた。
「どうなった?」
「ヴェルゼバンセスは、エクィトゥム王国軍によって制圧されました」
「……そうか」
やはり落としたか。
俺は地図を思い浮かべる。
シルウァニア王国唯一の港。
約三百隻のエクィトゥム王国艦隊。
そして六万人の上陸軍。
「制圧までの戦闘は?」
「かなり激しかったようです」
グラフィルは報告書を開く。
「シルウァニア海軍は十五隻。対してエクィトゥム王国海軍は約三百隻。そのため海戦ではエクィトゥム側が圧倒的に優勢でした」
「そこまでは予想できる」
「問題は、その後です」
グラフィルが続ける。
「ヴェルゼバンセスは、海から侵入する敵を想定した構造になっていたそうです。港は砂浜を埋め立てたような形で造られ、その奥に高台、さらにその先には崖と城壁があり、その上に町が築かれていました」
「……強襲上陸への対策か」
「はい。さらに、港を守る警備隊、守備隊、民兵など約五千人が高台へ配置されていました」
俺は頷いた。
五千人。
六万人の前では小さな数字に見える。
だが、問題は人数ではない。
その場所だ。
「上陸直後のエクィトゥム軍は、その五千人にかなり足止めされたようです」
「弓か?」
「その通りです」
グラフィルが答える。
「シルウァニア弓兵は高台や城壁から上陸部隊を狙い撃ちました。港湾部には遮蔽物がほとんどなく、特に盾を持たない弓兵や弩兵が次々に狙われたとのことです」
「船上からの援護は?」
「行われました。しかし、上陸部隊が射線へ入り込むため、バリスタやファイアバリスタも自由には使えなかったようです」
俺は小さく息を吐いた。
なるほど。
海上では三百隻の艦隊が十五隻を圧倒できても、陸へ上がった瞬間には別の戦いになる。
「それで、どうやって突破した?」
「エクィトゥム側は、六万人を一気に突入させるのをやめたそうです。まず港湾部を確保し、上陸した部隊を順次立て直しながら戦力を集中させ、少しずつ高台を押し上げていったとのことです」
「それで高台を?」
「はい。そして高台を突破した後、崖と城壁を越えて市街地へ突入しました」
「市街戦になったか」
「はい」
グラフィルは頷く。
「シルウァニア軍は市街地でも抵抗を続けましたが、最終的にはエクィトゥム軍の圧倒的な兵力によって押し切られ、町から撤退したそうです」
「……六万人か」
俺は呟いた。
港では戦えなかった人数の差が、市街地ではそのまま力になった。
一つの部隊が止まっても、その後ろから別の部隊が来る。
そうやって、最終的には少数側を押し潰したわけだ。
「ただし、損害はかなり大きいようです」
「どれくらいだ?」
「上陸軍だけで、戦死約八千人、負傷約一万四千人。合計約二万二千人です」
「……三分の一以上か」
「はい」
俺は黙って地図を見た。
六万人で始めて、二万人以上を失った。
普通なら、とても軽い損害とは言えない。
だが、ヴェルゼバンセスを取ったことで、海から継続的に兵力と物資を送り込めるようになった。
「その後は?」
「エクィトゥム軍は、そのヴェルゼバンセスを新たな前線基地として利用し始めています。さらに、ヴェルゼバンセスを起点にルペリウス戦線へ圧力をかけたとのことです」
「挟撃か」
「はい。北側からヴェルゼバンセス方面の部隊が進出し、南側からルペリウス戦線の部隊が進撃する形になり、シルウァニア軍は次第に押し込まれていったそうです」
「それで北西部は?」
「制圧されました」
グラフィルの言葉に、俺は目を細めた。
俺たちが南部であれだけ苦戦したのに対して、北西部ではついに戦線そのものが突破された。
「シルウァニア軍は?」
「大森林へ後退したとのことです」
「……なるほど」
俺は椅子へ深く腰を下ろした。
それでも、シルウァニア軍は森を利用して戦い続ける。
そこまで想像した時だった。
「ですが、殿下」
グラフィルの声が少し低くなった。
「もう一つ、非常に重要な報告があります」
「何だ?」
「エクィトゥム王国軍が、シルウァニア大森林焼却作戦を開始したとのことです」
「……」
一瞬、言葉が出なかった。
「シルウァニア大森林……を?」
「はい」
グラフィルが答える。
「シルウァニア軍が大森林を利用してゲリラ戦を続けているため、森林そのものを軍事的に利用できなくすることが目的だそうです」
俺は思わず目を閉じた。
以前、フィリウスの作戦案を聞いた時にも、その話は出ていた。
その時も俺は、正直言って耳を疑った。
だが――。
「本当にやったのか」
「はい」
グラフィルが答える。
俺はしばらく黙っていた。
森を焼く。
敵兵を追い詰めるためだけではない。
その敵が潜伏する場所そのものを消してしまう。
フィリウスは、本当にそこまでやるつもりだったのだ。
「エクィトゥム王国は、これ以上のゲリラ戦を許すつもりがないようです」
「……そうか」
俺は窓の外を見る。
南部で俺たちが経験した戦争。
森から現れるシルウァニア兵。
山へ消える兵士。
どれだけ追っても捕まえられない敵。
俺たちは、それに苦しめられ続けた。
フィリウスは、その答えを別の形で出した。
敵を追うのではない。
敵が隠れる場所を消す。
「北西部が制圧され、ヴェルゼバンセスも落ちた」
俺は静かに言った。
「そして、シルウァニア大森林焼却作戦まで始まった」
「はい」
グラフィルが答える。
「エクィトゥム王国軍の攻勢は、これまでとは比較にならない規模になっています」
俺は地図へ視線を落とした。
ヴェルゼバンセス。
ルペリウス。
大森林。
そこへ広がっていくエクィトゥム軍の進撃線。
戦争の流れが、また大きく変わり始めている。
そして俺には、嫌な予感があった。
シルウァニア軍が、このまま何もせずに大森林を焼かせるはずがない。
ここから先は、さらに激しい戦いになる。
俺はそう確信していた。




