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氷の奇公子 ~変人王子の生存術~  作者: 佐藤湊
第5章 シルウァニア戦争
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第39話 ヴェルゼバンセス制圧

 ヴェルゼバンセス市街戦は、港湾部での戦闘以上に激しいものとなった。


 シルウァニア軍は町の構造を熟知しており、建物の間や狭い路地を利用しながらエクィトゥム軍の進撃を妨げていた。開けた場所では圧倒的な兵力を持つエクィトゥム軍も、数十人、数百人単位に分断されやすい市街地では、その優位を十分に活かせない。


「左の通りを確保!」


「敵が別の路地へ移動しました!」


「追え!」


 エクィトゥム兵が町の中を進んでいく。


 シルウァニア兵は正面から長く戦い続けるのではなく、押されれば別の通りへ退き、そこから再び射撃を行った。弓を扱う技量は高く、狭い街路を利用した射撃も巧みだったため、エクィトゥム軍は少し前進するだけでも損害を受ける。


 しかし、ここで港湾部とは違うエクィトゥム軍の強みが現れ始めた。


 兵力そのものが違う。


 一つの部隊が止まっても、その後ろには別の部隊がいる。


 一つの通りで進撃が滞れば、別の通りから別働隊を送り込むことができる。


 シルウァニア軍が一つの区域へ集中すれば、その反対側からエクィトゥム軍が進出する。


「敵が東側へ兵を集めています!」


「ならば西側を押せ!」


 新フェルゼンハルト公爵は、市街地の地図を見ながら次々と命令を出していった。


「一つの通りに全てを突っ込ませるな。敵が守っている場所へ正面からぶつかり続ける必要はない。周囲を押さえて、退路を少しずつ狭めろ」


 エクィトゥム軍の戦い方が変わっていく。


 無理に一気に町を奪おうとするのではなく、複数の部隊を同時に進ませ、シルウァニア軍の防衛線を少しずつ分断していく。


 シルウァニア軍がある場所を守れば、別の場所が薄くなる。


 その薄くなった場所へ、新たなエクィトゥム部隊が入り込む。


 さらに後方から兵士が入ってくる。


 港にはまだ大量の輸送船が残っており、次々と兵士と物資が送り込まれている。


 この時になって、六万人という数字が初めて本当の意味を持ち始めた。


 シルウァニア軍がどれだけ巧みに戦っても、一度に相手にできるエクィトゥム兵には限界がある。


 そして、倒した兵士の後ろから、また新しい兵士が現れる。


「敵の中央が後退しています!」


「前進!」


 エクィトゥム軍が町の中心へ進む。


 シルウァニア軍は、それでも粘った。


 弓兵が建物の陰から射撃し、歩兵が通りを塞ぐ。


 しかし、次第に防衛線は後退していった。


 港。


 高台。


 城壁。


 そして市街地。


 それぞれの防衛線を失うたび、シルウァニア軍が使える場所が減っていく。


「敵が北側へ退いています!」


「追撃する!」


 エクィトゥム軍がさらに前進する。


 市街地の建物を一つずつ押さえ、主要な街路を確保し、交差点を支配していく。


 シルウァニア軍は徐々に町の外縁へ追い込まれていった。


 その頃には、港へ上陸したエクィトゥム軍の兵士もかなりの数が市街地へ入っている。


 後方からの補給も安定し始めていた。


 戦場は、もはや上陸戦ではない。


 完全な陸上戦へ変わっていた。


「敵の最後の防衛線です!」


 副官が報告する。


 公爵は前方を見る。


 町の外へ続く街道。


 その先には森林が広がっている。


 シルウァニア兵が最後の抵抗線を作っていた。


「全軍、前進」


 公爵が命令する。


「ここで押し切る」


 エクィトゥム兵が一斉に前へ出る。


 シルウァニア兵も迎え撃つ。


 矢が飛ぶ。


 盾が並ぶ。


 剣と槍がぶつかる。


 だが、エクィトゥム軍の兵力は圧倒的だった。


 シルウァニア軍が一箇所で抵抗すれば、その周囲へ別のエクィトゥム部隊が回り込む。


 別の地点で防衛線を築けば、さらに別の部隊がその側面を押す。


 それを何度も繰り返す。


 シルウァニア軍は少数で巧みに戦っていた。


 しかし、少数であることそのものが、やがて限界になった。


「敵、後退!」


「追え!」


 エクィトゥム兵が進む。


 シルウァニア兵は町の外へ下がっていく。


 さらに後退する。


 ついに最後のシルウァニア兵が町の外へ姿を消した。


「敵軍、ヴェルゼバンセス市街地から撤退!」


 報告が響き渡る。


 しばらくして、町の中からシルウァニア兵の姿が消えた。


 ヴェルゼバンセスは、エクィトゥム王国軍の手に落ちた。


 新フェルゼンハルト公爵は、息を吐きながら町を見渡した。


 海戦では圧倒した。


 上陸では苦戦した。


 港湾部では何度も足を止められた。


 高台では弓兵に苦しめられ、城壁を越えるまでにも時間がかかった。


 そして市街戦では、シルウァニア軍の地形への適応と弓術に苦しめられた。


 それでも最後に勝ったのは、圧倒的な兵力を持つエクィトゥム軍だった。


「ヴェルゼバンセス確保」


 公爵が静かに呟く。


 その言葉が、周囲へ伝わっていく。


 港がある。


 大量の物資を陸揚げできる。


 さらに、本国から兵士を送り続けることもできる。


 ヴェルゼバンセスは、シルウァニア王国内へ攻め込むための巨大な前線基地となった。


「これで、次の段階へ進める」


 公爵は町の外を見た。


 その向こうには、大森林が続いている。


 北西部では、すでにエクィトゥム軍二十万人が動こうとしている。


 南西部でも大軍がシルウァニア軍を拘束している。


 そして今、海から新たな戦線が開いた。


 ヴェルゼバンセス攻略戦は、エクィトゥム王国軍の勝利に終わった。


 だが、これは戦争の終わりではない。


 むしろ――。


 シルウァニア王国西半分を巡る、本格的な戦いの始まりだった。

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