幕間 陰謀
アエテリア歴1270年。
五百年以上もの長きにわたり、アエテリア大陸の大部分を支配してきた超大国――アエテリア帝国は、ルイーナエ大戦において諸国連合に大敗した。
帝国軍は各地で敗走。
そして――
皇帝モルトゥウスは戦場にて戦死した。
帝国の威信は地に落ちた。
長きにわたって大陸に君臨してきた帝国が、初めて明確な敗北を喫したのである。
その後。
帝国元老院は、新たな皇帝を選出した。
選ばれたのは、アエテリア帝国を構成する諸国の中でも最大級の国力を誇るポテンス王国。
その国王――
ホスティス・レクス・ポテンス。
彼は帝都インペリアへ移り住み、
ホスティス・インペラトル・ポテンス・アエテリア
として、アエテリア帝国第五次ポテンス朝初代皇帝に即位した。
だが。
帝国は、単純な一つの国家ではない。
アエテリア帝国。
その実態は、数多の王国や公国、諸侯国によって構成された巨大な連合王国である。
帝国内の各構成国は、その国力に応じた人数の代表を選出し、帝都へ送り出す。
彼らは元老院議員となり、帝国の政治を担う。
法案の決議。
外交政策。
そして――
新たな皇帝の選出。
帝国の最終的な意思決定権は、元老院にあった。
そして皇帝に選出された構成国の君主は、帝都へ移り住む。
自国の領土を統治しながら、皇帝として与えられる帝領をも支配し、帝国全体に対する強大な権力を得るのだ。
だからこそ――
皇帝の座を巡る争いは激しい。
そして今回。
皇帝モルトゥウスの死によって、その権力構造は大きく揺らいだ。
敗戦を招いた先帝モルトゥウス。
彼の祖国であるウェトゥス王国を支持する勢力は、もはや少数派だった。
彼らを支持していたのは、先帝の治世で利益を得ていた一部の諸国のみ。
そして――
帝国軍は、その状況に強い不満を抱いていた。
「なぜ我々が敗北したのか」
「なぜあの愚かな皇帝を元老院は選んだのか」
「なぜ敗戦の責任を負う者たちが、未だに権力を握っているのか」
その不満は、時間とともに膨れ上がっていた。
そして。
帝国軍の不満は、ある一つの思想へと変わりつつあった。
――この帝国を変えなければならない。
そのためならば。
再び戦争を起こすことすら、厭わない。
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帝都インペリア。
アエテリア帝城。
その最奥に位置する皇帝執務室では、一つの計画が静かに進められていた。
広大な室内。
壁には歴代皇帝の肖像画が並び、巨大な窓からは帝都インペリアの街並みが見下ろせる。
その中央。
巨大な執務机の前に、一人の男が座っていた。
アエテリア帝国皇帝。
ホスティス・インペラトル・ポテンス・アエテリア。
その表情に、皇帝としての威厳はある。
しかし――
その瞳には、冷たい光が宿っていた。
やがて。
扉の外から声が響く。
「帝国軍元帥、マギステル・エクィス・ミリトゥム閣下がお見えになりました」
皇帝は顔を上げる。
「入れ」
短い言葉。
扉が開く。
入室してきたのは、一人の軍人だった。
帝国軍を統べる最高位の軍人。
帝国軍元帥――
マギステル・エクィス・ミリトゥム。
彼は皇帝の前まで歩み寄ると、深々と頭を下げた。
「皇帝陛下」
「元帥」
短い挨拶。
二人の間に、しばし沈黙が流れる。
やがて皇帝が口を開いた。
「計画は?」
元帥は迷うことなく答えた。
「抜かりなく」
「そうか」
皇帝は椅子から立ち上がる。
窓の外へ視線を向ける。
帝都インペリア。
巨大な城壁。
無数の建物。
行き交う人々。
そして、その遥か先に広がる大陸。
「五百年だ」
皇帝が呟く。
「我らは五百年以上、この大陸を支配してきた」
元帥は黙って聞いている。
「一度の敗戦で、それを終わらせるわけにはいかん」
皇帝の声は静かだった。
「帝国の威信を取り戻す」
そして。
皇帝はゆっくりと振り返った。
「そのために必要なものは何だ?」
元帥は答える。
「勝利でございます」
「その通りだ」
皇帝は微笑んだ。
「では――」
ほんの一瞬。
皇帝の瞳から、温度が消える。
「始めよ」
その命令が、静かな執務室に響いた。
元帥は一礼する。
「御意」
そして踵を返す。
扉が閉じる。
皇帝は再び窓の外を見る。
まだ誰も知らない。
この日。
帝国の中枢で下された一つの命令が――
やがて大陸全土を巻き込む、巨大な戦乱の引き金になることを。
アエテリア歴1270年。
ルイーナエ大戦によって終わったはずの戦乱は――
今、新たな形で始まろうとしていた。




