第十三話「敗者の収穫」
敗戦の後は、やることが山ほどある。
負傷者の手当て。散り散りになった兵の収容。馬の数の確認。食料の配分。ジェレネ峡谷に退却した九千人を生かし続けるだけで、毎日が戦いだった。
ジェルメが、黙々と負傷者の世話をしていた。
この男は護衛の長であると同時に、鍛冶屋の技術を持っている。刃物を作れる人間は、刃物で切られた傷の扱いも知っていた。矢じりの抜き方、傷口の焼き止め、薬草の使い方。ジェルメがいなかったら、負傷者の半分は助からなかっただろう。
俺は峡谷を歩き回って、兵の一人一人に声をかけた。
「大丈夫か」
「怪我は」
「飯は食ったか」
たいしたことは言えない。でも、ハンが自分のところに来て声をかけた、という事実が人の顔を変えるのは知っていた。目の光が戻る。背筋が少し伸びる。
ムカリが報告に来た。
「離散した兵の回収を進めています。現時点で約八百が戻ってきた。まだ戻れていない者がいますが、敵に捕まった者もいると思います」
「捕まった者の数は」
「正確にはわかりません。数百かと」
数百。俺の兵が数百、ジャムカの手の中にいる。
「捕虜の交渉は——」
「その件ですが」
ムカリの顔が曇った。
「斥候から、ちょっと信じがたい話が入っています」
信じがたい話。
ムカリの言葉は控えめだった。実際には、信じたくない話だった。
チラウンの斥候が、ジャムカの陣営近くまで潜入して確認してきた情報。
ジャムカが、捕虜を殺した。
殺し方が問題だった。
七十の大釜を並べ、湯を沸かし、捕虜の族長クラスの男たちを——生きたまま、煮た。
報告を聞いた時、ゲルの中が静まり返った。
ボオルチュが最初に口を開いた。
「……本気か」
「斥候が自分の目で見たそうです。煙と匂いが、風に乗って——」
チラウンが言葉を切った。顔が青かった。
俺は黙っていた。
怒りとも嫌悪ともつかない感情が、腹の底に沈んでいく。あの焚き火の夜に「おまえが好きだ」と言った男。アンダの誓いを交わした男。あの男が、捕虜を釜で煮た。
草原の戦いには、暗黙の決まりがある。
戦で捕まえた敵は、殺すか、奴隷にするか、自分の配下に組み込むか。普通はこの三つのどれかだ。捕虜を生きたまま煮るなんて、どの選択肢にもない。掟にすらない。
それは戦じゃない。見せしめだ。
ジャムカは、俺に味方した者はこうなるぞと、草原中に示したかったのだ。恐怖で人を支配しようとしている。
「ジャムカは——変わったな」
俺がつぶやいた。
いや、変わったんじゃないのかもしれない。もともとこういう男だったのを、俺が見ていなかっただけかもしれない。焚き火の前で笑っていた顔の裏に、あの残酷さが最初からあったのか。
それとも、俺が離れたことで、何かが壊れたのか。
どちらにしても——あの男とは、もう戻れない。
三日後、最初の客が来た。
ジャムカの陣営から、一つの氏族がまるごと離脱してきた。ウルウト族の長、ジュルチェデイという男だ。
ジュルチェデイは俺の前に立って、頭を下げた。
「ジャムカのもとにはいられない。あの男は——人の道を外れた」
「釜の件か」
「そうだ。俺の一族の者も、あの釜で死んだ。戦で負けた者を煮殺すような男の下で、俺は戦えない」
ジュルチェデイの目には怒りと悲しみが混じっていた。
俺はジュルチェデイを受け入れた。ウルウト族は三百人ほどの集団で、戦士は百人程度。だが、ジャムカの連合軍の内側から離れてきたという事実に意味がある。
翌日、また来た。
今度はマングト族の一部。さらにその次の日にはアルラト族の若い戦士たちが群れで来た。
みんな、同じことを言った。
「ジャムカの下にはいられない」
「あんな殺し方をする男は信用できない」
「次は自分たちが煮られるかもしれない」
ジャムカは恐怖で人を縛ろうとした。だが恐怖は、人を縛ると同時に、人を逃がす。
怖いから従うのと、信じているから従うのは違う。怖いから従っている人間は、もっと安全な場所を見つけた瞬間に逃げる。ジャムカの釜は、まさにその「逃げる理由」になった。
十日で、千人以上が増えた。
敗戦で四千を失い、九千に減った兵力が、一万を超えた。
負けたのに、増えている。
ボオルチュが首をかしげた。
「こんなことってあるのか。戦に負けた方に人が来るって」
「ジャムカが追い出してるんだ。勝ったのに、自分で人を追い出してる」
俺はそう答えたが、内心では別のことを考えていた。
来ている人間の大半は、俺のことをよく知らない。会ったこともない者が多い。ジャムカから逃げてきただけで、俺を信じて来たわけじゃない。
つまり、この千人はまだ「俺の兵」じゃない。ジャムカが嫌で逃げてきただけの人間だ。次にもっと安全な場所があれば、また逃げるかもしれない。
この人間たちを、どうやって「俺の兵」にするか。
恐怖じゃだめだ。ジャムカがそれで失敗したばかりだ。
恩義でもない。ソルカン・シラのような例は特別だ。全員に恩を売れるわけじゃない。
じゃあ何で束ねる。
答えは——仕組みだ。
「血筋じゃなく行動で評価する」。俺はそう宣言した。でも宣言だけじゃ足りない。宣言を、具体的な仕組みに変えなきゃいけない。誰の目にも見える形で、「ここではこういうルールで動く」と示す。
そうすれば、人は安心する。ルールが明確なら、何をすれば報われて、何をすれば罰せられるかがわかる。わかれば、恐怖は要らない。
ジャムカの釜は、ルールの不在だ。何をされるかわからないから、人は怯える。
俺は逆をやる。何をされるかをはっきり示す。良いことをすれば褒賞。裏切れば罰。それ以外の理由で人を殺さない。
それが、俺の「釜」に対する答えだ。
ジュルチェデイに、最初の試みをした。
「おまえの一族の戦士を、ムカリの千人隊に組み込みたい」
ジュルチェデイの顔がこわばった。
「一族をばらばらにするのか」
「ばらばらにするんじゃない。混ぜるんだ。ウルウト族だけで固まっていたら、いつまでも"よそ者"のままだ。ムカリの隊に入れば、他の部族の奴と一緒に戦う。一緒に戦えば、仲間になる」
「しかし、一族の結束が——」
「一族の結束は、戦の時に足を引っ張ることがある。一族の長が倒れたら、その一族は丸ごと崩壊する。十三翼の戦いでも、いくつかの氏族がそうやって崩れた。でも、十人隊で混成にすれば、誰か一人が倒れても隊は機能し続ける」
ジュルチェデイは黙った。長い沈黙の後、言った。
「……理屈はわかる。だが、納得できない者もいる」
「納得は、やってみてからでいい。まずは戦ってみてくれ。一緒に戦えば、わかる」
ジュルチェデイは渋い顔のままうなずいた。
完全に納得させたわけじゃない。でも第一歩は踏み出した。氏族の壁を壊す作業は、一日じゃ終わらない。
ある夜、ボルテと話した。
ジョチが寝た後、いつもの時間だ。
「不思議な負けだね」
ボルテが言った。
「負けたのに、人が増えてる」
「ああ。でも、負けたのは事実だ。四千人が死んだか、捕まった。その中には俺を信じてついてきた人間がいる。あの人たちの命は、俺の判断で失われた」
「そうだね」
「その重さは、増えた千人で相殺されるものじゃない」
「わかってるよ」
ボルテは俺の手を握った。
「でもね、テムジン。死んだ人たちのためにも、増えた人たちを大事にしなきゃいけない。死者を悼むのと、生者を導くのは、同時にやらなきゃいけないことだ」
「……おまえは、いつから俺より大人になったんだ」
「最初からだよ。一つ年上だって忘れた?」
ボルテが少し笑った。久しぶりに見る、自然な笑い方だった。
俺も笑った。
笑えることが、少しだけ救いだった。
数日後、もう一つの知らせが届いた。
ジャムカの釜で煮殺された族長の中に、俺の遠縁にあたる男がいた。ボルジギン氏の末流の族長で、俺がハンを名乗った時に兵を出してくれた男だ。
名前を聞いた時、俺は拳を握った。
あの男は、俺を信じてくれた。俺のために兵を出し、俺の戦に参加して、捕まって——煮殺された。
俺のせいだ。
俺がハンを名乗らなければ。俺が戦を仕掛けなければ。あの男は今も生きていた。
腹の底の黒い塊が、久しぶりに激しく燃えた。
怒りだ。ジャムカへの怒り。タルグタイへの怒り。そして——自分自身への怒り。
守ると決めたのに、守れなかった。力が足りなかった。
「テムジン」
ムカリが前に立っていた。
「あの族長の一族が、全員こちらに来ています。受け入れますか」
「当たり前だ。受け入れろ。あの男の一族は、俺が守る。生きている限り」
ムカリはうなずいて去った。
俺は一人になって、空を見上げた。
いつもの蒼い天。
——見てろ、ジャムカ。
俺はおまえみたいに釜で人を煮ない。おまえみたいに恐怖で人を縛らない。
俺は別のやり方で、おまえの上を行く。
人が「ここにいたい」と思う場所を作る。逃げる必要のない場所を。ルールが明確で、力のある者が報われて、弱い者が守られる場所を。
そういう場所を作れたら——人は勝手に集まってくる。釜なんか必要ない。
次に戦う時は、数で負けない。
次に戦う時は、ジャムカの上を行く。
この敗北が、そのための学費だ。高くついた。四千人の命という、途方もない学費。
でも——無駄にはしない。




