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異世界判事―その奇跡、証拠はありますか?―  作者: 麻野籐次郎
学内 裁判ごっこ アネッテ・フォン・リンデン退学勧告事案
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第87話:入場不可

 重厚な樫の扉の前に、揃いの腕章をつけた生徒会役員たちが一列に立ち塞がっている。アカデミア・マギストラの大講堂。その壮麗な石造りの入り口は、今はただ強固な壁として機能している。


 ヘンリエッタは控えめに、それでも意を決したように役員たちの前へと進み出る。


「アネッテの件で集会があると聞きました。入れてください」


 声を荒げることはしない。ただ、事実を確認するような静かな声で告げる。


「関係者以外は入れません」


 役員の一人が、手元のバインダーから目を上げることもなく答えた。あらかじめ用意された台詞のような、抑揚のない響き。


「私はアネッテの友人です」


 ヘンリエッタは一歩だけ踏み込む。集会の理由が友人に関わることであるなら、中にいる権利はあるはずだ。


 役員がゆっくりと顔を上げる。その視線はヘンリエッタの目を捉えているようでいて、誰のことも見ていない。


「関係者以外は入れません」


 先ほどと寸分違わぬ声のトーン。交渉の余地など最初から存在しないという、冷え切った拒絶がそこにある。


「……」


 ヘンリエッタはわずかに息を呑み、足を止める。これ以上言葉を重ねても、無機質な反復が返ってくるだけだと悟る。


 彼女は静かに後退し、周囲を見渡す。広場のあちこちで、似たような光景が繰り広げられていた。見知った顔ぶれが役員に遮られ、あるいは諦めたように立ち尽くしている。アネッテと親しくしていた生徒たちが、まるで手元の名簿であらかじめ弾かれているかのように、次々と入り口で排除されていく。


 すでに選別は済んでいた。この分厚い扉の向こう側にいるのは、腕章をつけた者たちと、これから何が起こるのかも知らされずに席を埋めている一般生徒だけだ。


 重い樫の扉の隙間から、マイクのスイッチが入るようなくぐもったノイズが漏れる。幾百もの椅子が軋む音、不確かなざわめき。


 やがて、開始を告げる鋭いベルの音が、扉を隔てた内側から響き渡った。


◇◇◇


 鋭いベルの残響が、高いアーチ状の天井に吸い込まれていく。数百の座席が規則正しく並ぶ大講堂は、生徒たちの立てる衣擦れの音や微かな息遣いで満たされている。


 正面の高く設けられた壇上。その中央に立つのは、生徒会長のアルベルトだ。制服には一切の乱れがなく、腕章が確かな威厳を放っている。彼の背後、少し離れた位置に用意されたパイプ椅子にはブリッタが座る。膝の上に置かれた両手は硬く握り込まれ、視線はどこか宙を彷徨っている。


 壇上の周囲や最前列の席には、腕章をつけた生徒会役員たちが陣取る。一般生徒たちはその背後で、これから始まることの全容を知らぬまま静かに前を見据えている。


 大講堂の壁際や後方には、何人かの教師の姿がある。一人は腕を深く組み、ただ床の木目を見つめ続けている。少し離れた席に座る別の教師は、膝の上の書類からゆっくりと顔を上げ、壇上の動きに関心を向け始める。さらに後方では、窓枠に寄りかかった教師が、外を流れる雲の行方を所在なげに目で追っている。


 マイクを挟むノイズが響き、大講堂の空気が一瞬にして張り詰める。


「本日は、我がアカデミアの秩序を脅かす重大な問題について報告します」


 アルベルトの声は落ち着き払い、公式な式典を取り仕切るような淀みのなさがある。その立ち振る舞いには、正義を執行する側としての確信が窺える。


「——アネッテ・フォン・リンデンさん。前に出てください」


 数百の視線が、座席の中央付近へと集まる。


 名指しされたアネッテは、戸惑いながら立ち上がる。彼女は周囲を見渡し、そこにいるはずの友人たちの姿が一つもないことに気づく。視線が泳ぎ、戸惑いがその顔に広がる。


「……はい」


 消え入るような声で応じ、アネッテは通路を歩き出す。周囲の生徒たちがかすかにざわめく中、彼女の歩みは重い。壇上へと続く階段の前に立ち止まり、促されるままに数段を上ってアルベルトの前に立つ。


 アルベルトはアネッテを一瞥し、マイクに口を近づける。


「アネッテ・フォン・リンデン。王都からの入寮生」


 彼は宣告を読み上げるように、淡々と言葉を紡ぐ。


「——あなたに対して、複数の苦情が寄せられています」


 アネッテの肩がびくりと震える。彼女は一歩後ずさり、胸の前で両手を組み合わせる。唇を震わせるが、言葉の形にはならない。ただ、見開かれた目がアルベルトと、その背後のブリッタを交互にさまよう。


 アルベルトの表情に感情の揺らぎはない。彼は手元のバインダーに挟まれた書類に視線を落とし、静かにページをめくった。


◇◇◇


 アルベルトの指が書類のページを弾く。


「第一。ブリッタ・ケラーに対するいじめ行為」


 アルベルトの背後で、パイプ椅子に座っていたブリッタがふらつくように立ち上がった。彼女の肩は細かく震え、両手で顔を覆い隠している。


「……アネッテさんに……何度も嫌がらせを受けました。無視されたり、陰口を言われたり……」


 途切れ途切れのすすり泣きが、マイクを通して講堂全体に響き渡る。一般生徒たちの間から、不穏なざわめきが波のように広がり始める。アネッテは目を見開き、信じられないものを見るようにブリッタを見つめた。


「証拠として、ブリッタ氏の日記と、アネッテが書いたとされる手紙を提示します」


 アルベルトは淡々と告げ、別の紙の束を手に取った。彼は視線を落とし、そこに記された言葉を抑揚のない声で読み上げていく。アネッテにとっては全く身に覚えのない文面の羅列だが、整然とした進行がそれを「動かぬ事実」として空間に固定していく。


 生徒たちのざわめきが、明確な非難の熱を帯びて大きくうねる。


 アネッテの唇が微かに開き、読み上げられる手紙の写しへ視線が向かう。否定の言葉を紡ごうと息を吸い込んだ瞬間、アルベルトの声がその隙間を容赦なく塞いだ。


「第二。男子生徒に対する不適切な接触。複数の男子生徒をたぶらかし、学内の風紀を乱した」


 アネッテの喉の奥で、第一の容疑に対する反論の言葉が形を失って霧散する。口を半開きにしたまま、彼女の思考は突如として降り注いだ新たな非難の前に立ちすくむしかない。


 反論を組み立てる時間は与えられない。アルベルトの口調は一切の熱を帯びていないが、その進行速度は容赦ない。


「第三。成績の不正取得の疑い。外部入寮枠の特別扱いを利用し、不当に高い成績を得ている」


「待ってください、まだ第一の——」


 たまらずアネッテが声を上げる。だが、その懇願はざわめきの波に飲まれ、アルベルトの進行をわずかにでも遅らせることはできない。


「以上3件」


 アルベルトは手元の書類をバインダーに挟み直し、初めてアネッテの目を真っ直ぐに見据えた。


「——地方小貴族の娘が何を言おうと、この学園では関係ない。学園の秩序は学園が守る」


 冷え切った言葉が、宣告のように講堂に響く。


 会場の端、座って書類に目を落としていた教師の眉が、その瞬間わずかに動いた。視線は膝の上から壇上のアルベルトへとゆっくりと移る。


 アルベルトはアネッテへ向き直り、静かにマイクの角度を直す。一見すれば公平な手続きに則るかのような、しかし実態としては反論の余地など欠片も残されていない弁明の機会が、今まさに与えられようとしている。


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― 新着の感想 ―
普通に考えて幾ら証拠を並べても正式な鑑定もしないで証拠としてやったり(相手を陥れる為に偽装した可能性がある為。外部の鑑定機関に調査依頼しないで一方的な証拠で断罪したら生徒会が逆に訴えられる可能性が高く…
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