表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界判事―その奇跡、証拠はありますか?―  作者: 麻野籐次郎
K-1115号 経験値の代償 狩猟法違反事件
61/88

第59話:出所証明書

「これ、レアドロップなんスよ。魔王領の辺境で倒したレアモンスターから。——相場の3倍は固いっすね」


王都中央の素材取引市場。真昼。

革、牙、鱗、骨——冒険者たちが持ち込んだ素材が木箱に詰められ、鑑定士の前を流れていく。値がつけば金が動く。値がつかなければゴミだ。鑑定台の列は十を超え、怒鳴り声と値切りの声が天幕の下で入り混じっている。油と獣臭と香草の匂いが渾然と漂い、足元では荷車の轍が泥に深い溝を刻んでいる。王都最大の素材市場は、毎日がこの調子だ。


その一角で、冒険者風の青年——ハルトが、カウンターへ無造作に一つの毛皮を広げた。 銀色の短毛が淡く光っている。周囲の冒険者が足を止め、隣の鑑定台にいた商人が首を伸ばした。ヴァルガス大公国において「森の守り子」と呼ばれる神獣、ズヴェズドカの素材だ。 ハルトに緊張感はまったくない。


素材商の男が毛皮に触れる。 指先で毛並みの方向を確かめ、光の質を見る。顔色が変わる。商売を三十年やってきた男だ。見たことがある。図鑑でだけ。実物が目の前のカウンターに乗っている。


「……お客さん。これ、どこで手に入れた」


「魔王領の辺境っすよ。ダンジョンの近くで——」


言い終わる前に、素材商は毛皮を抱えて店の奥へと引っ込んだ。 残されたハルトはカウンターに肘をつき、待っている。のんきな顔だ。高額査定に時間がかかっているのだと思っている。


数分が経過する。 店の奥から現れたのは、通商取締局の役人たちだった。制服の胸に王国紋章。腰には拘束用の魔道具が下がっている。


「通商取締局だ。この素材の出所について確認したい」


「えっ、何すか。普通に売ってるだけなんすけど」


「出所証明書は」


「……何すかそれ」


ハルトは本気で不思議そうな顔をしている。役人が周囲を見回すと、隣の鑑定台で足を止めていた冒険者たちが一斉に目を逸らした。見慣れた光景なのだろう。正規の市場に出所不明の素材が持ち込まれること自体は、珍しくないのかもしれない。だがズヴェズドカは別だ。


役人がハルトの腕を取り、拘束用の魔道具を手首に嵌める。金属の留め具が噛み合う硬い音がした。


「えっ、ちょっ——何すかこれ! 俺何もしてないっすよ!」


ハルトは手首を振って拘束を解こうとするが、魔道具は微動だにしない。彼の声が市場の喧騒を裂く。周囲の冒険者たちが距離を取った。誰も助けに入らない。こういう時、冒険者は仲間ではなくなる。素材商が奥から戻ってきて、カウンターの上に残された他の素材——毛皮の束、牙、光る鱗——を布で覆った。


裏通りの闇市場ではない。ここは真っ当な商人が集う白日の正規取引所だ。 偽装工作も隠蔽もしていない。彼はただ、持ち込んではいけない代物を堂々と持ち込み、出所証明書の存在すら知らなかった。 隠す気が全くないからこそ、あっけなく発覚する。ハルトは両手を拘束されたまま、護送官に引かれて市場の出口へ向かった。天幕の下では、何事もなかったかのように鑑定台の取引が再開されている。


◇◇◇


押収された毛皮を照らす魔力灯の光。 通商取締局の薄暗い鑑定室で、鑑定官がゆっくりとルーペを下ろした。壁面の棚には各地の素材見本が瓶詰めにされ、ラベルが整然と並んでいる。鑑定台の上には毛皮のほかに、ハルトの荷物から押収された大量の素材が木箱に分けて積まれていた。牙の束、光沢のある鱗、乾燥させた蛍のような虫の標本。いずれも出所証明書がない。


「この毛皮は……ズヴェズドカですね。ヴァルガス大公国に生息する希少種。大公国では"森の守り子"と呼ばれて神聖視されています」


立ち会っていた役人が腕を組む。


「……大公国の神獣の素材が、王都の正規市場に堂々と持ち込まれた」


鑑定官の報告は、それだけでは終わらない。彼は隣の作業台に積まれた素材の山——ハルトの荷物から押収された大量の毛皮、牙、鱗の束——に目を向けた。


「さらに。この冒険者の荷物から出た他の素材も鑑定しました。——全て大公国の辺境に生息する種です。しかも量が異常。同一種の素材が数百単位で。これは——」


「乱獲だな」


役人は鑑定書を受け取り、署名を走らせた。素材は全て証拠品として封印される。鑑定官が木箱の蓋を閉じ、取締局の封印を押した。


報告は直ちに王都中央裁判所へと上げられる。 静まり返った執務室。窓から差し込む午後の光が、積み上げられた書類の山を斜めに照らしている。 調書に目を通す裁判官ヴェルナー・クラフトの表情は、硬い。調書の最後のページには鑑定官の署名と、素材の写実画が添付されている。銀色に光る小さな生き物の毛皮。美しい。それがこの事件の核だ。


「素材の市場価値は」


「ズヴェズドカの毛皮だけで推定四〇万クローネ。他の素材を合わせると——」


役人の言葉を、ヴェルナーが片手で制す。


「……他国の神獣の素材が王都の市場に流れている。これは通商犯罪だが、大公国がこの件を知れば外交問題になる。——まず法的に処理できる範囲を確定させる。被告を法廷に出してください」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
外交問題にもなり得るので裁判後に公国に引き渡して向こうでも裁判ですかね。 どちらにせよ死刑になりそうですね。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ