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異世界判事―その奇跡、証拠はありますか?―  作者: 麻野籐次郎
EK-510号 魔王討伐支援申請 殺人事件
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第41話:窓口にて

「ここに来れば支援がもらえるって、街の噂で聞いたんですけど!」


 エクイリブリア外征審査局の静かなロビーに、場違いな金属音が鳴り響く。ユウキ・アサヒは、ピカピカに磨き上げられた銀色鎧をガチャつかせ、受付カウンターへ身を乗り出した。背後には大斧を背負った戦士ブルーノ、豪華な杖を携えた魔導士エリザ、そして法衣の僧侶テオが、いかにも「選ばれし一行」という風体で威風堂々と控える。


 事務机に座る受付官のフリッツは、眼鏡を指先で押し上げ、目の前の重武装集団を無表情で見上げた。


「いらっしゃいませ。ご用件を伺います」


「魔王を倒しに行くんですけど、支援を申請したいです! これ、神様から授かった聖剣。ほら、すごいでしょ?」


 ユウキが背負った剣の柄に手をかける。


「あ、抜かないでください。署内での抜剣は公務執行妨害とみなされます」


 フリッツは淡々と制すと、手元の受話器を取り上げた。内線のボタンを叩く。


「ハンナ審査官。窓口に……その……魔王の殺害を宣言する方が来られました」


「殺害じゃなくて討伐です!」


 ユウキの鋭いツッコミを無視して、フリッツは言葉を続ける。


「……討伐を宣言する方が来られました。はい。……承知いたしました」


 受話器が置かれる。


「あの、正義の勇者が魔王を倒すのって、普通のことですよね? なんでそんな物騒な言い方するんですか」


 ユウキが不満げに口を尖らせるが、フリッツは視線を合わせようとしない。


「パパッと書類書いて、明日には出発したいんですけど」


「お待たせいたしました」


 カウンター奥の扉が開き、一人の女性が姿を現す。


 上級審査官、ハンナ・メッサーシュミット。


 彼女は非の打ち所がないほど穏やかな、慈愛に満ちた微笑みを湛えていた。


「ようこそ、エクイリブリア外征審査局へ。——まずはお座りいただけますか」


「あ、どうも! 話の分かる人で良かった」


 ユウキが顔を輝かせ、差し出された椅子に深く腰を下ろす。


 ハンナはユウキの無邪気な瞳を見つめ、さらに深く、優雅に微笑んだ。


「フリッツ君、奥から一番いい茶葉を出して。皆様にお茶をお持ちしますね」


 


「では、まずはこちらの書類から。外征支援申請書、様式A-7です。不備のないようにお願いしますね」


 ハンナがカウンターに置いたのは、指の第一関節ほども厚みがある紙の束だ。


 ユウキはその束を、二度、三度と見つめ直す。


「……あの、これ一冊分くらいありませんか?」


「ええ、全八十ページです。支援を受けるためには、あなたの身元や目的、そして行動の妥当性を証明する必要がありますから。当然ですね」


 ハンナはペンを差し出し、にこやかに先を促す。


 ユウキはおずおずと表紙を捲った。そこにはびっしりと細かい項目が並ぶ。


「長い……。魔王を倒しに行くだけなのに、なんでこんなに……」


「公的な支援とは、市民の税金から捻出されるものです。正体不明のどなたかに、はいそうですかと金貨を渡すわけにはいきません。まずは基本情報から確認しましょう。お名前は?」


「ユウキ・アサヒです」


「国籍は?」


 ハンナが手元の控えにさらさらとペンを走らせる。


「ええと、今は王国で暮らしていますけど……。元々は、その、異世界から来ました」


「転移者の方ですね。では、王国の市民権証を提示してください」


「市民権証? いや、そんなのは持ってないです。村の人たちはみんな親切にしてくれて、そのまま……」


「では、転移者届出はお済みですか? 移住から三十日以内に最寄りの役場へ提出する義務がありますが」


「してないです。神様に送られた直後に魔物に襲われて、それどころじゃなくて」


 ハンナの手が止まる。彼女は顔を上げ、慈母のような微笑みを浮かべた。


「なるほど。つまり、あなたは法的に存在が証明されていない『無国籍の未届け転移者』という扱いになります」


「えっ。なんか、不法入国者みたいな響き……」


「定義上は左様でございます。では次。外征の依頼元を記入してください。どなたの命を受けて魔王討伐へ向かわれるのですか?」


「誰の命令って……。俺は勇者なので。悪いやつを倒すのは当たり前っていうか」


 ユウキが胸を張ると、背後で控えていたブルーノたちが頷く。


 しかし、ハンナの微笑みは一ミリも揺るがない。


「勇者。……なるほど、公職ですね。では、王室発行の『勇者認定証』はお持ちですか?」


「認定証? いえ、もらってないです。王様には会ったことがないので」


「おかしいですね。王国には十年前に制定された勇者育成支援法があり、正規の勇者には金色の認定カードが付与されるはずですが。それがないということは……」


 ハンナが書類に「自称」と書き込む。


「あなたは現在、当局の分類上では『自称勇者』となります」


「自称!?」


「ええ。認定証がない以上、客観的に勇者であると証明できません。では、王国からの外征命令書、あるいはそれに準ずる軍事動員令は?」


「だから、王様には会ってないって……。あ、でも、村の長老からは『お前ならやれる』って言われましたよ!」


「村の長老に、他国の元首を殺害する権限はありません。つまり、あなたはどなたからも公的に命じられていない。そうですね?」


 静かな声が、窓口の空間に響く。


 ユウキは喉の奥を鳴らし、助けを求めるように仲間の顔を見た。


 ブルーノが困惑した表情で呟く。


「おい、ユウキ。お前……王様の依頼じゃなかったのか。てっきり、裏で話がついているものだと思ってたぞ」


「だってブルーノさん、俺には神様から授かったチートスキル『聖剣召喚』があるんだよ? 転移したときに神様の声が聞こえたんだ。『魔王を倒して世界を救え』って!」


 ユウキの熱弁。それは物語の主人公としては完璧な動機だった。


 だが、ハンナは困ったように眉を下げ、お茶を一口啜った。


「ユウキ様。神からの使命というのは、この都市国家においては行政上の根拠になりません。私たちは世俗的な法治国家ですので。ここは宗教自治区ではないのですよ」


「そんな……。神様の命令より法律が優先されるんですか?」


「当然です。神の声は、あなたの内面における信仰に過ぎません。それを他者に強制し、国家予算を動かす根拠にするには、あまりにも客観性を欠きます」


 ユウキは絶句した。


 聖剣、神の啓示、異世界転移。自分の人生を支えてきたはずの輝かしい根拠が、窓口のカウンターで紙屑のように処理されていく。


「でも、俺には力があるんです! このチートスキルがあれば、魔王だって倒せる。力があるやつが世界を救うのは当然で——」


「その『当然』の根拠を教えてください」


 ハンナの目が、眼鏡の奥で鋭く細められた。


 笑みは消えていない。声も穏やかなままだ。


「どの法律に、『チートスキルを持つ者は魔王を倒す義務がある』と書いてありますか?」


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