【33】
アリスはコシュタ・バワーの乗降口にひざまずき、客室の補助椅子に腰掛ける佐藤と向かい合っていた。
「主任さんよ、どうしたんだ? 改まって」
「答え合わせをさせていただきたく存じます」
佐藤は腕に抱えていたカボチャを傍らのシートの上に置いた。
「何を知ってる?」
「私の祖母は、アンデッドではない生粋のアイルランド妖精デュラハンの名家、タウンセンド家のメイドを務めておりました」
カボチャの口からヒューと息が漏れる音がした。それから佐藤は肩の上のシルクハットを外し、カボチャに被せた。頭の無い首からは緑の燐光が吹き出している。最初それは揺らめく炎であったが、やがて英国紳士然とした上品な初老の男性の顔になった。
「佐藤さんには少し休んでいてもらおう。君は何か知っていると思ってはいたが……私の素性もモルの血筋も知っているということだね?」
「あなたはタウンセンド卿その人。モル先輩は卿の唯一の肉親である孫娘です」
タウンセンド卿は肯定の印にゆっくりうなずいた。
「それで答え合わせとは?」
「今回の件についてご存知のことがおありなのではないかと思いまして」
今度は燐光の顔の口から溜息の漏れるのが聞こえた。
「私の分かるのは昔のことだけだ。今回のことに関しては想像の域を出ない。それでよければ話してあげよう」
「ありがとうございます」
アリスは深く目礼した。
「第一次、第二次と世界大戦が続いた時代のことだ。急激に増える死者に対応せねばならなくなったが、冥界は圧倒的に人手不足だった。身体から浮き上がった魂は速やかに刈り取らねばならないのは分かるね?」
「はい。身体に付いたまま腐敗していき、やがて足がちぎれ、さまよいだして悪霊になります」
「そうだ。刈り取りきれなかった悪霊が憎悪を増幅させ、戦火はあっと言う間に拡大していった」
アリスは息を呑んだ。
「私たちは早急に手を打つ必要があった。その解決策がオートマタだった。あれを大量に生産して戦場に送り込んだのだ」
「あれは卿が開発したものだったのですか?」
「私はプロジェクトの責任者だった」
「成果はあったのですか?」
「ある程度はね。だが所詮は鎌で一人一人刈り取っていくのに変わりはない。膨大な戦死者に対しては焼け石に水だった」
「あっ。それであの……」
「そうだ。戦場を自律的に走り回って一気に魂を刈り取っていく切り札として開発されたのがあの『デスコンバイン』だ」
「デスコンバインはどれくらい投入されたのですか?」
「いや、試作品一体が完成しただけで、実戦投入する前に戦争は終結した」
「ではあれは」
「そのときの試作品だろう」
「何故そんなものが今頃になって?」
「あれがまた必要になると考える者たちがいるのだろう」
「あれがまた必要になる?」
「委員会の中には第三次世界大戦の可能性が高まっていると見る者も多いと聞く」
「それに備えてあれを動かしたと?」
タウンセンド卿は少し考えてから答えた。
「ここからは想像だが、まだ動かすつもりはなかったと思う」
「どういうことですか?」
「大戦中の実運用において最後まで解決出来なかった問題がある」
「なんですか?」
「戦死者と自殺者の選別だ。戦場では精神を病むものも多い。君のチームは自殺者専門だが、戦死者と自殺者は選別して刈り取らねばならない。文化によっては罪人として裁かねばならないからだ」
アリスがうなずく。
「私たちは一人一人の銀行預金残高、負債額、健康状態、交友関係などを合成して自殺候補者を予め洗い出す仕組みの構築にも取り組んだ。自殺の発生が予測される場所に専門チームを送り込んでおくためだ。理論構築までは出来た。しかし当時使えたのは機械式コンピューターだけで、膨大なデータを分析することは現実的ではなかった」
「石井はそれの電子化をさせられたということですね」
「ああ。トランクスとかいうツールで指示を出したのも委員会の関係者だろう」
「しかしそれが何故、今回のような暴走に?」
「これも想像に過ぎないが、石井が優秀過ぎたんだ」
「どういうことですか?」
「委員会としては、基礎データとなる預金者リストを利用可能な形式に編集して、データ連携するところまでを作らせるつもりだったのだろう。しかし石井はそのデータを最終出力データとしてリスト出力するところまで構築してしまったんだ」
「それで大量の自殺者刈り取りリストが私のところにも出力されたのですね」
「そういうことだ。そしてそれはオートマタやデスコンバインの自動刈り取りプログラムも起動させた」
しばらく沈黙が二人を包んだ。先にアリスが口を開いた。
「これで終わるでしょうか?」
「いや、戦争による大量死の可能性が下がらない限り、プロジェクトは継続されるだろう」
「卿のお力で止めることは?」
「現世の民主化の煽りを受けて、貴族制度など形骸化してしまった。私も公職追放の憂き目にあい、昔のような力はない」
タウンセンド卿が大きく溜息をついてみせた。だがアリスはごまかされなかった。
「あくまで表向きはですよね」
タウンセンド卿はまたしばらく黙ってアリスを見つめたが、やがて表情を和らげた。
「君には敵わないな。おおっぴらには動けんが、出来ることはするつもりだ」
そう言うとタウンセンド卿はシルクハットをカボチャの上から肩の上に移した。
「主任さんよ、この話はこれで終いだ。今頃お嬢が『佐藤さん、アリスちゃん、ドコいったの』ってキョロキョロしてるだろから、早く戻ろうぜ」
〈完〉




