1話 転生したら2メートルだった
コンクリートの匂いがした。血と、雨と、それから自分の負けの匂いだ。
頬が地面に張り付いている。体が動かない。靴音が近づいてくる。
「ざまあみろ」
声が遠くなっていく。意識が波のように引いていく。
死ぬのか。こんな裏路地で。
(こんなことなら何でも食べて大きくなればよかった……せめて格闘技でもやっておけば……)
俺は小柄だった。勉強も嫌いだった。高校を中退して、パチンコ屋に入り浸った。だが勘だけは鋭かった。どこに設定が入るか、なんとなく読めた。毎日高設定を掴み、勝ち続けた。
それが仇になった。
この辺一帯を根城にするパチプロ集団の目に留まった。店の裏に連れていかれ、囲まれた。逃げ場はなかった。
意識が、消えた。
目が覚めると、知らない天井があった。
隙間だらけの板張りだ。朝の光が細く差し込んでいる。土と藁の匂いがする。前の世界とは違う、もっと古い匂いだ。起き上がると、頭が何かにぶつかった。
「痛てっ!なんだ天井が低いな」
「おい。いつまで寝てんだ。仕事は始まってるぞ」
声がする方へ行く。屈まないと歩けない。家を出ると、荒地が広がっていた。朝の空気が冷たく、土が湿っている。10人ほどの男たちが岩をどかしていた。
「やっときたか。その岩を頼む」
どかしてくれと言われた岩は、人の胴体ほどの大きさがあった。無理だと思いながら抱きかかえると、拍子抜けするほど軽かった。
岩が軽いのではない。
端の方へ放り投げる。ずどんと落ちた岩が地面にめり込んだ。足の裏に振動が伝わってくる。
「どういうことだ……」
周りの男たちが見上げるようにこちらを見ている。全員が、俺を見上げている。
「なんだよ。チビの集まりか」
「は?なに言ってるんだ。ユウ、お前がデカすぎなんだよ」
自分の手を見た。でかい。厚い。指の一本一本が、以前の倍はある。
死ぬ間際に思った。食べて大きくなればよかった。格闘技をやればよかった。
なんだ。全部、叶っている。
「……転生、ってやつか。マジか」
「わけわからんこと言うな。さっさと働け!」
笑いがこみ上げてきた。こんな形で願いが叶うとは思わなかった。
日が傾いてきた頃、作業が終わった。腹が鳴る。
昼飯は固い麦を湯でふやかしたものだった。味はない。匂いもない。器の縁が欠けていて、口に当てると冷たかった。ただ腹に入るだけだ。食いながら隣の男に訊いた。
「なあ、この後どうするんだ」
「博打に決まってるだろ。お前が一番乗り気じゃないか、いつも」
箸を置いた。
「そうか。行こう」
街の外れのボロい民家に入ると、20人ほどの男が車座になって何かに興じていた。木の棒を5本、盤の上へ投げている。表が黒、裏が白。出た組み合わせで駒を進めていくらしい。双六に似ている。
「なんだお前ら。また負けに来たのか」
「おうよ。今日はこれを掛ける」
卓に置かれたのは欠けた茶碗だった。
「こんなものじゃ1回分にしかならんぞ」
「いや十分だ。俺がやる」
「は?これは俺の勝負だぞ」
名も知らない友人を押しのけて卓についた。ルールは分からない。だが要は最初にゴールへたどり着けば勝ちだ。
木の棒を手に取る。ざらりとした感触。5本まとめて握ると、手の中でわずかに重さが偏っている。
スロットのレバーとは違う。あれは機械が決める。これは、手が決める。
(場に飲まれたら負けだ。欲を出しても負けだ)
精神を研ぎ澄ます。雑音が消える。男たちの息遣い、棒が盤に当たる乾いた音。自分の心臓の音。
(ここだ)
棒を振る。乾いた音が5つ、重なった。
「盧だ!」
5本全て黒。最強の目だった。
大勝だった。名も知らない友人は大喜びだ。
帰ろうとすると、男たちが立ちふさがった。
あの時と同じだ。どこの世界にもこういう輩はいる。
「いかさましてんじゃねえよ!カン一家の縄張りで舐めたことしてるんじゃねえ」
外に出た。名も知らない友人は真っ先に逃げた。男たちが一斉に飛び掛かってくる。
腹を殴られた。鈍い音がしたが、痛くない。蹴られた。砂埃が舞ったが、痒くもない。
(あの時とは違うぞ)
一人掴んで放り投げる。どさりと地面に叩きつけられる音。別の一人を殴ると、骨の鳴る感触が拳に伝わった。蹴り飛ばすたびに、砂埃と悲鳴が上がる。
あっという間に20人がうめき声をあげていた。
笑った。腹の底から、笑った。
その後悔が今、この拳になっている。
家に帰りながら、夜空を見上げた。星が多かった。前の世界では見たことのない数だった。
翌朝、村の入口に見知らぬ男が十数人立っていた。
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