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「それでは一通り見たし、そろそろ行くとするか。」


「そうだね。」


高野の手作りサンドイッチを食べて、少し落ち着いてから再び水族館の中を観覧し、もう3時頃となっていた。

入館料600円でこれだけ楽しめたのだから安すぎるぐらいだ。


私達はそこから明岩駅までバスで戻り、駅前のカフェでケーキとコーヒーを飲んで、お喋りしていたら、いつの間にか5時を回っていたので、そろそろ帰ろうということになった。


別れの時間が近づくに連れて、どちらからともなく、口数が減っていった。

電車が小久保駅に着く頃には2人して無言で窓の外を眺めていた。

8月も後半に差し掛かり、6時にもなると、大分日が陰ってくる。窓から射し込む光が橙色に輝き、私の視線の先にいる高野を一層儚く、美しく魅せた。


離れるのが寂しい。


一緒にいる時間が優しくて、温かくて、幸せすぎて、数分先の未来を拒絶したい衝動に駆られる。




私は今、この娘のことが本当に好きだ。




何を感じて、どう思おうと、無情にも時間は過ぎていくものだ。

あっという間に魚ヶ崎駅に着いて、別れの時間となった。


「・・・。」


「・・・それじゃあ、今日は楽しかった。またね。」


「ああ。」


「・・・。」


1メートル程離れて向かい合ったまま、お互い動こうとしない。


「・・・。」


「・・・高野!」


「ん?」


「ああ。家まで送っていっても構わないか?」


高野は少しだけ驚いた表情をした後、笑顔で頷いた。




せっかくの帰り道なので、30分くらい散歩して帰ることになった。まっすぐ帰ると5分程度の道のりなので、それくらいのわがままは許してほしい。


「・・・嬉しいな。」


高野は私のすぐ隣を歩きながら呟いた。


「何がなのだ?」


「ふふ。色々・・・かな。」


高野は本当に嬉しそうな顔で微笑んでいる。私は理由などどうでもよく、その表情を見ていられるだけでいいか、と思ってしまった。


「あ、そうだ。せっかくなので、あの公園に行かないか?」


「え?あの公園って・・・。」


「以前2人で夜中に散歩した時に行ったであろう。あそこだ。」




公園に着くと、高野は以前もいた木のところへと歩いていった。


「ここ。好きなんだ。ここに来ると何だか勇気が湧いてくるの。」


高野は木をいとおしそうに見つめながら呟いた。


「私と高野が、初めて出会った場所だったか?」


高野はハッとなってこっちを振り向いた。


「君島くん、知ってたの!?」


「ああ。正確には思い出したんだがな。あの時は気づかなかった、というか、気づけなかったのだ。引っ掛かってはいたのだがな。」


「そう・・・なんだ。」


「というか、高野もやはりわかっていてあの時私とここへ来たのだな。」


「うん。私ね、あの時君島くんが私の前に現れてくれなかったら、いつもここで1人で下を向いてたんだと思う。あの日、君島くんはいきなり私の前に現れて、この場所から私を連れ出してくれて・・・。それがきっかけで同じ保育園の子達とも仲良くなることができた。君島くんに・・・あなたに勇気をもらえから。だから、この場所は私にとってはすごく大切な思い出の場所。そして、あの時のあなたは私にとって、ヒーローだったんだよ?」


高野はいつになく真剣で、いつになく穏やかに語りかけてくる。

私はすごく気恥ずかしくなりながらも、優しい気持ちに包まれた。


「・・・そんなに褒められると照れてしまうな。だが、あの頃の私が高野に勇気をあげたお陰で、今こうしていられるのだから過去の自分を褒めてあげたくなるな。」


「ふふ・・・そうだね。」


「しかし、もはや高野は昔では考えられないくらい、勇気ががあって、本当にすごいな。」


「え?そうかな。私はいつも自分に自信もなくて、まだまだ勇気も足りないなって思うよ?」


「それは違うぞ。高野。」


私は高野の手を取った。


「君島・・・くん。」


「高野はいつも一生懸命私に接してくれた。声をかけてくれたのも、思いやってくれたのも、優しくしてくれたのも、冗談を言ってくれたのも、全部最初は高野から私にしてもらったことだ。と私は思っている。そして人に声をかけたり、思いやったり、優しくしたり、冗談を言ったり、その全てのことを行うのには勇気がいる。だから高野は人一倍の勇気の持ち主だ。私はそんな高野に少しずつ少しずつ、時間をかけて惹かれていって、気がつけばどうしようもなく好きになっていたのだ。ずっと一緒にいたいと思っていたのだ。高野は、自分で思っているよりずっとすごいのだぞ?」


高野は顔を真っ赤にした。


「う・・・あうう・・・何だか恥ずかしいよ。好きな人にそんなこと言われたら・・・困ったな。君島くんはいつもいきなりそんなこと言ってくるから・・・ずるい。」


そのまま俯いて手をぎゅっと握ってきた。頭から湯気でも出てきそうだ。


「あー、高野、あともう1つ思い出したことがあったのだが・・・その・・・子供の頃はここで遊んだ際にお互い名前で呼び合っていたと思うのだが・・・これからそうしても構わないか?」


恥ずかしいついでだとばかり、私は思いきった提案をしてみた。

高野は俯いたままだったが、やがて、


「・・・うん。君島くんがそうしたいなら。・・・というか、私もそうしたかったし。」


相変わらず私に委ねる物言いではあったが、今までと違い、自分の意思も伝えてくれたことが嬉しかった。


「あー。では・・・美奈。」


「・・・はい。・・・隼人くん。」


美奈は名前を呼ばれると、ぴくんとなって顔を上げて、潤んだ瞳で真っ赤になりながら私の名前を呼んでくれた。


「・・・!」


「あっ・・・。」


私はたまらなくなってしまって美奈をおもいっきり抱きしめた。美奈の温もりと匂いに囲まれて、トクントクンと私は穏やかな鼓動を刻んでいた。






「済まない。遅くなってしまったな。」


時刻は7時半を回っていた。家まではすぐではあるが少々長居し過ぎたようだ。私達は公園からは手を繋ぎながら帰っていた。何だかむず痒かったが、高野の手は柔らかくて、か細くて、今さら離すことは難しくなってしまっていた。


「ううん。私も隼人くんと一緒にいたかったから。」


「あら。そんなに隼人くんと一緒にいたいならご飯食べていってもらいなさいよ?」


「「!!!」」


突然後ろから声をかけられて私達はばっと手を離して固まってしまった。美奈のお母さんだ。


「お、お母さん!何で!?」


「何でって夕食のお味噌汁の味噌切らしちゃっててコンビニに買いに行ってたんだけど?お邪魔だったかしら?」


高野のお母さんはにやにやしながら美奈と私を交互に見つめる。


「ムフ。美奈、良かったわね。先月部屋に閉じ籠っちゃった時はどうしようかと思ったけど、長年の想い人と恋人になれて。お母さん嬉しいわあ。」


「お、お母さん!余計なこと言わないで!」


美奈がぷりぷり怒り出す。相変わらず家族仲がいい。しかし、


「部屋に閉じ籠ってしまっていたのですか?」


花火大会の後やっぱり何か思うところがあったのだろうか。美奈は全くそんな事は言わなかったが。


「あ、あー。そうねー。とにかくウチすぐそこだからいらっしゃいよ!」


私は結局半ば強引に家の中に引っ張られた。


今日という日はまだまだ終わらなさそうだ。



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