不登校
「お前さん、学校はどうした」
「学校……ですか…」
「…不登校か。」
マスターの問いに口籠ると、溜息を付きながら核心をついた答えが聞こえる。怒られる、と思ったが、そんなことはなく。
「話なら聞く」
いつの間にか従業員は遠くの椅子で珈琲を飲んでいた。
その厚意に甘えようと口を開く。
「―――」
話そうとするも、声が出ない。脳裏に蘇ったトラウマが喉を締め上げる。虚像とわかっていながら、息は苦しく、脳はパニックへと陥っていく。呼吸が浅くなり、鼓動が早くなる。
「あ、の――」
「無理に話さなくていい。落ち着いて深く呼吸をしろ」
マスターの声が、碧玄の意識を現実世界に引き戻す。
「学校の話題にしたのがまずかったな」
ゆっくりと呼吸を繰り返し、落ち着きを取り戻す碧玄。
「楽にはなったか」
「もう大丈夫です」
その問いにゆっくりと確かに頷く。
「別に俺に、敬語は使わなくていい」
「え?」
マスターは碧玄に優しく、言った。
「敬語は、敬うに語る、と書くが、それは敬いの表れではない。」
「………」
「昨日お前さんは怒鳴った時敬語が外れただろう。」
「……つまり、俺に敬語を外せ、と言いたいのですか?」
「そうとも言える。」
それを聞くと、碧玄は黙りこくる。
「お前さん、昨日、一人で来ただろう。」
その問いに戸惑いながらも頷く。
「家も安心できる環境じゃないのか、と思ってな。」
「家、というか原因は同学年の子なんですけどね。」
「…いじめか」
「それほど大層なものではないですが、似たようなものですね」
突如、ガラン、という鈴の音とともに鯨淹に複数人の少年少女が入ってくる。
「よう、碧玄。俺らの誘いは無視して自分はカフェで大人気取りか?」
その中でもリーダーらしき威張った少年が碧玄に近づいてくる。
「…なんの用?」
「なんのよう?じゃねぇよ、俺らの誘いはどうした、つってんだよ」
「…断ったはずだけど」
「は?お前に拒否権なんざねぇよ?黙って―――」
少年が碧玄に掴みかかる寸前、少年を誰かが引っ張った。
「暴行は止めとけ。警察沙汰になりたいなら俺が相手するぞ」
少年を止めたのは最初に開店を知らせてくれた従業員だった。
「怪我は?」
「…いえ、大丈夫です。ありがとうございます。俺の客なのに」
「これも仕事のうちだから」
碧玄にそう微笑んで、再び少年少女たちに向かい合って凄む。
「この店に用がないならとっとと帰ってもらいたい」
少年達はその様子に怯み、悔しそうな表情をしながら渋々店を出ていった。
「あれがいじめほど大層でないもの、か…」
「すまない、助かった」
「本当ですよ。俺が居ない時に来てたらどうなってたことか。あの様子だとまた来そうですけど。もう少し警備要員増やせばいいじゃないですか」
呆れたように肩を竦めてマスターにそう提案する。同時に振り返り、碧玄を見る。
「一旦、ここに座って」
少年たちが来た時にカウンターから離れた碧玄を自分の隣の席に座るよう促す。
「ごめんね、マスターと君との話を聞いてたんだけどさ、あれが学校に行けない理由?」
「……あれで全てではないですが一因ではあります」
「そうか、あれだけじゃないのか…あれとどういう関係?」
「あんま覚えてません。一方的にいちゃもんつけてきてずっと絡まれてる感じです」
「やり返したことは?」
「ありますけど、集団でやり返されてからは何も。抵抗すると余計面倒なので」
碧玄の来ている服の下には幾つかの痣がある。それらすべて彼らの暴行によるものだ。
「んー、何人くらい?」
「普段は数人ですけど、10人ちょっと、20人くらい居たこともありました」
「……今日さ、いつ頃帰る?身の危険がありそうだし、送ってくよ」
「え、いいんですか?」
思わぬ提案に目を見開く。
「流石にあれを見ちゃぁ、ねぇ」
そう言って心配そうに碧玄を見る。
その後ケーキと珈琲を食べ飲みきった碧玄は、彼の車にて帰路についた。




