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まったく化け物かよ

 真帆のことなど眼中にないように、黙々と掃き掃除を続ける里奈。対して、真帆は彼女の様子が気にかかって、手が止まっていた。同級生のはずだが、五歳ぐらい年上の人と一緒に作業している心地だった。

「あの」

「ひゃい!」

 いきなり話しかけられ、妙な声を出してしまう。不審そうに首を傾げられた。


「ごめんなさい。転校したばかりで名前が分からないのだけど」

「え、えっと。夢咲真帆と言います」

「そう。夢咲さんね。さっきから私の方を見ているけど、何かついてる」

「い、いえ、そういうわけでは」

 慌てふためく真帆をよそに、里奈は淡々と質問を投げかける。さながら、警察の取り調べのようだった。


 疑念を払しょくしようにも、どう質問していいか分からなかった。単純に「夢の世界で魔法少女に変身していましたか」と聞ければ苦労はしない。しかし、ネムから魔法少女ゲー夢について他言するなと厳命されているのだ。そうでなくとも、「あなたは魔法少女ですか」と尋ねられて素直に肯定するとは思えない。むしろ、「あなた、頭がおかしいんじゃないの」と一蹴されるのがオチだ。


 うまい問いかけが思いつかずに頭を抱えていると、里奈は箒をつっかえ棒にした。

「もしかして、私と以前出会ったことがあるとか考えてない」

「ど、どうして分かるのですか」

 心の中を読まれた心地がして瞠目する。あやうく転倒しそうになる真帆に対して、里奈は微動だにしなかった。


「はったりをかましただけ。気にしなくていいわ」

 安堵する真帆。この機に及んでも里奈の表情は変わらない。感情を表に出さないタイプだとしてもあまりに徹底していた。人形と話している錯覚すら想起させる。

 しかし、掃除の終わりにすれ違いざま、真帆だけに聞こえる囁き声で伝えて来たのだった。

「あなたがつい最近出会った人物ではと探っているなら見当違いだわ。妙な詮索は止めた方がいい」

「それってどういう」

 真意を探ろうとしたが、既に里奈はロッカーに箒を片づけ終えてしまっていた。


 結局、ドリームワールドで出会った謎の魔法少女の正体を探るのは暗礁に乗り上げてしまった。ただ、そうしても里奈の存在が気になって仕方なかった。


 そんな里奈であるが、彼女が頭角を現すのに時間はかからなかった。転校して来てから二日後の数学の授業のことである。

 意地の悪そうに眼鏡を揺らす初老の教師がチョークで黒板を叩く。問題集の応用問題の答えを問いかけているのだが、誰も挙手する者はいない。単純に、問題の難易度が高すぎるのだ。


「この程度の問題も分からないのか。綾小路、お前はどうだ」

「すみません、分かりません」

 指名された文も口惜しそうにうつむく。彼女が白旗を上げたことで、クラス全体に諦観が広がっていた。ぶっきらぼうな言い方をするなら、「誰がそんなもの解けるんだよ」である。

 実のところ、教師が出した問題は難関私立高校の入試に出されてもおかしくない、問題集の中でも難易度が逸脱したものだった。教師としても、解けるわけがないと高を括って出題した節がある。


 やれやれ出来損ないどもめ。俺が回答を導いてやろう。優越感に浸りながらチョークを走らせようとする。だが、そんな矢先にまっすぐと手が挙げられた。

 教室内の視線が一点に集中する。数学教師は眼鏡をずれ落としそうになった。

「君は、えっと、見ない顔だね」

「内海です。先日、転校してきました」

「内海さんか。ええっと、どうしたのかね」

「答えが分かったから手を挙げているのですが」

 教師が促すより前に里奈は起立する。そして、よどみなく途中式を述べていく。暗唱してきたかの勢いに、教師が板書する手が四苦八苦する始末だ。


「以上のことから答えは時速32キロメートルです」

「せ、正解だ。もしかして、前の学校で既に習ったのかな」

 負け惜しみとばかりに愛想笑いをする。しかし、里奈の一言は教師のか細い自信を粉々に粉砕した。

「いいえ。しかし、先生の説明を応用したらすんなり解けました」

「そ、そうか。なるほど、君はなかなかに優秀のようだ」

「恐れ入ります」

 一礼して里奈は着席する。陰険で有名だった教師を逆に手玉にとる見事な手腕。あまりに圧倒的過ぎて他の生徒たちは一言も発することができなかった。

 ちなみに、真帆は問題集の最初に載っている基礎問題ですらペンを投げ出していた。


 彼女が頭角を現したのは勉学ばかりではない。この日の体育の授業も女子は体育館でバスケットボールが行われていた。リズムよくボールをバウンドさせながら時雨はゴールネットへと向かう。彼女の手さばきの前ではいかなる壁も無意味だ。

「時雨、いっけー! そのままゴールよ」

 同じチームの女子生徒から後押しされ、時雨は舌なめずりする。このままスリーポイントシュートも狙える。


 だが、彼女の前に巨大な障壁が立ちふさがった。時雨は女子としては背が高いほうだが、そんな彼女と同等か、あるいはわずかに上回っている。艶めいた黒髪をポニーテールに結び、細い目はしかとボールを捉えていた。

「取れるもんなら取ってみなっての」

 挑発をかけるが、相手の少女里奈は無言のままだ。時雨の様子など意に介せず、ひたすらにボールの動きを追っている。


 里奈を回避しようとジグサグにドリブルする。しかし、里奈は執拗に進行方向に追いすがって来る。スリーポイントなんて悠長なことをやっている暇はない。ゴールポスト近くで確実に決める。

 ちょうどゴール近くで待機している女生徒へパスを送ろうとした矢先だった。ドリブルを中断した僅かな隙を突かれ、ボールが奪取される。


 なんとも鮮やかな手つきだった。衝撃はそれだけに留まらない。ドリブルをしているなど嘘のような速度で逆サイドへ進撃していく。里奈のチームが必死で妨害を試みるが、彼女のスピードに追い付けていない。

 そして、ボールポストのはるか後方から長身を生かしたシュートを放った。教材ビデオに掲載されてもおかしくないぐらいの見事なフォームだった。


 ボールはゴールへと吸い込まれ、敵チームから歓声があがる。時雨は信じられないといった呈で敵側のゴールを眺めていた。

「すごかったね、内海さん」

「まったく化け物かよ。勉強だけじゃなくて運動もできるなんて。っていうか、現役バスケ部員から易々とボールを奪ってスリーポイントシュートとかどういうこと」

 納得がいかないと地団太を踏む。そんな彼女を宥めるのに真帆は精いっぱいだった。だからかもしれない。


「ごめん、夢咲さん。よけて」

「へぶっ!」

 誤って狙いが逸れたボールが真帆に直撃した。顔面ドッチボールをしてしまう友人を前に、時雨はこめかみを掻く。

「だから避けるか受けるかしなよ」

「それができたら苦労しないよ」

 無様な姿を晒す真帆を里奈は遠巻きに眺めているだけだった。


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