7章94話 第八艦隊の矢
爆音と共に巨大な爆炎を立ち上げたのは飛龍である。飛龍の甲板にズラリと並べられた艦載機は次々に誘爆を起こし、遂には消火活動がままならない程にまで悪化してしまった。
雷撃機がいない為爆弾を叩きつけるだけの攻撃になってしまうが、それでも充分なダメージを与えられるのは確実だった。
ライズ大尉の登場するSBDは飛龍に爆弾を叩きつけた後、冷静に戦場の分析を行っていた。
「大尉! 6番機が更に命中弾を出しました!」
日本空母群に立ち昇る黒煙を見て興奮するカタードであったが、それ以上にサラトガに開戦時から乗り込み厳しい戦いを経験して来たライズの表情も、嬉しかったのか満面の笑顔が浮かんでいた。
(長い間煮え湯を飲まされてきたが、やっと奴らに一泡吹かせられた……)
だが、米海軍が掴んでいた『インド方面への戦力分割』だが、実は日本軍が流し続けていた偽情報が上手く伝わり、米軍はそれをガッチリ信用していたのだ。
彰の指示により、なるべく艦載機を中心とした航空作戦を展開する様にした為に、インドにいる米英印連合軍は完全に空母機動部隊がいると判断して本国に連絡をしていたのだ。
これにまんまと騙された米海軍はこれでこの海域にいる日本軍の戦力が大幅にダウンしたと確信していた。
だが情報、特に暗号解読力においてはこの時米軍は日本軍の数年をも先を行く高性能機器を使用し6割近くの暗号を解読していた。
その米軍が現地日本軍部隊の詳細を暴けない筈が無いのだが、何故ここまで日本軍の戦力を少ないと見積もっていたのだろうか?
その絡繰りを解くには、話を数ヶ月前に戻す必要がある……。
―――――数ヶ月前――――――
「二つ目?」
クーデター軍との同盟締結会議の帰りの翔鶴での事である。兵達と親睦を深める事を理由に甲板を散歩していた彰の視界に、見慣れた物体が落ちている事に気付いた。
「うん。知ってる機種だから、すぐに使えると思う」
落ちていたもの、それは何と現代では一般的なスマートフォンであった。神のイタズラか、三つ目のスマートフォンがこの世界に出現したのである。
「彰の持ってるのと同じく薄っぺらいんですね……」
高須が珍しそうにマジマジと眺める。
「いじってみる?」
「え、良いんですか?」
彰が勧めると、まるでご飯を与えられた犬の様に喜んでスマートフォンを手に取る。
「横のその小さいボタンが電源を入れるスイッチだ」
言われるがままに押してみる。すると画面が青く光だし、『SKEEP』というロゴが浮かび上がる。
「僕が使ってるのは『AKEOS』なんだけど、前に使ってたのが『SKEEP』だから、使ってみたいのがあったら言ってみて。教えてあげるから」
高須は興味津々で画面を見ているが、如何せん使い方が分からない。
「彰、この鍵のマークは?」
「これはロックだね。このマークに指を当てて、上になぞるようにスライドしてみ?」
「スライド……?」
なぞる様に。高須はロックに指を当て、ヒントを元にロックを解除する。
震える端末、少し驚いた様子だが、また別の画面が浮かび上がり更に驚く。
「凄い……未来の技術はとても進歩しているのですね……」
試しに上下左右にスライドする高須。アプリアイコンが入れ替わるのを楽しんでいるようだ。
「ちょっといい?」
高須からスマートフォンを受け取ると、『Kkin』というチャットアプリを開く。
(なんでここまで待遇が良すぎるんだ……神のイタズラと考えても出来が良すぎる……)
彰はそんな事を考えながら、自分のアカウントを2台目に登録する。あいうと適当に文字を打ち込むと、即座に2台目がブブッと短く震えた。
チャットアプリを開くと見事に同文が表示されている。何処の電波を使っているのか、送受信は可能なようだ。
「これは便利だね……不思議な点はいくつかあるけど、使える」
彰はこのスマートフォンを使い、情報伝達力を現場だけでも向上させようと企んでいる。だが、問題なのはこれを誰が扱うかだ。
「彰、私が使ってもよろしいですか?」
「四郎が?」
高須は何処か愛おしそうにスマートフォンを持っている。
「現地指揮官同士で連絡を取った方が効率もいいです。双方の状況を瞬時に伝える点に関しても、指揮官の私が行うべきかと」
確かに、と彰は頷く。
「それに……」
そう付け足すと、不意に高須が耳元へと口を寄せる。
「貴方が心配なのは何も一や六だけでは無いんですよ……? 私だって、貴方が心配なのです。今回だけでもいいですから、私にも安心要素を下さい……」
その台詞、仕草に彰の胸が高鳴る。彰が返事に迷っている間にスッと高須が離れると艦首方向へと振り返る。
「……ごめんね、心配かけて」
「良いんですよ。長い付き合いの長官のおかげで慣れっこです。でも、たまには安心したいじゃないですか」
彰の忘れかけていた現実が蘇った。彼女達は国の存亡をかけて戦っている軍人だが、中身も歳もまだ女の子だ。
そんな彼女達を守ろうと決意した自分が逆に心配をかけてしまっている。彰は少しばかり罪悪感を抱いた。
「でも、私も皆さんも、彰の事を心から信頼しています。これだけはゆるぎません、なのでどうかご無理だけはなさらぬよう」
改まってそう告げる高須。皆に支えてもらっている事を実感したのと、情報という武器が更に強化された出来事であった。
彰はこれを使い、早速行動を起こした。まずこのスマートフォンから発せられる電波が自軍の通信機に届くのかどうかを試した。
ダメ元で行ったこの実験が驚くべき事に日本軍通信機に受信され、通信機から発した電波は同じ周波数であれば戻るという結果となった。
あり得ないことづくしの出来事に彰も困惑が隠せない。日本軍の電波とスマートフォンの電波が共通しているというのはあり得ないが、やはり武器になる。
「手間がかかりますが、日本軍の通信機では偽電を発信するようにお願いします。今後の作戦に関する情報はこの携帯か書類にてのみとします」
彰も高須からの同意を受けている。スマートフォンの存在が、徹号作戦の欺瞞を成功させたのだった。
時は戻り現時間。偵察戦の軍配は米軍に降り、攻撃を受けた第三艦隊は空母4隻大破という大損害を受けた。
「龍驤爆発起こしてます! 被害甚大!」
生き残った加賀の見張りが悲痛な声で叫ぶ。飛行甲板が吹き飛ぶ程の爆発を起こした龍驤の火災は最早手が付けられない状態まで悪化しており、半ば諦められていた。
大鳳は装甲のおかげで損害軽微、飛龍は火災は酷いが落ち着きつつある。問題は天城であった。
天城には艦首部1発、中央部20メートルの間隔を開けて2発、後部1発と4発被弾している。特に中央部にて炸裂した爆弾は格納庫内で甚大な被害をもたらし、飛行甲板を8メートルにわたって吹き飛ばしている。
しかし応急処理・消火班はベテランを多数配置しており、辛うじて手が付けられないという状況だけは避けていた。
「長官、他の空母は兎も角、龍驤はこのままでは厳しいです。最悪の場合を想定して下さい」
「何とか救えんか?」
角田としても開戦以来これまで共に戦ってきた龍驤を失いたくないという気持ちがあった。
様々な経過を経て不格好な形になった龍驤だが、艦隊支援や陸軍の航空支援。航空機輸送など様々な働きをしてきた、所謂縁の下の力持ちのような空母なのである。
「元々の構造が幾分悪い為、それが今回影響してるものと思われます……」
龍驤はロンドン海軍軍縮条約で生まれた軽空母で、設計段階で度重なる改装が重なり現在のような不格好な船体となっている。
空母に求められる高速性を発揮する為に全体は青葉型に準ずるスマートな形となった。
搭載機を増やす為に格納庫は二段に拡張され、航続距離を伸ばす為に改修時に付けたバルジに予備燃料タンクを設けている。
様々な要求と工夫によって生まれた龍驤も、爆弾を何と5発も食っており、天城以上に阿鼻叫喚な状態であった。
「……分かった。だが諦めはせんぞ、最大限やれる所までやる。駆逐艦2隻(野分、舞風)をつけてやれ」
「はっ、直ちに」
参謀はすぐに電信室に向かったのと同時に角田は龍驤を見つめる。
(耐えろよ……)
ミッドウェーの再現に成功した第3艦隊は続々と入ってくる戦果報告に大喜びしている。
『敵空母に爆弾命中!』
『やったぜ! 爆弾を当てたぞ!』
『こちら3番機、空母の炎上を確認』
興奮している者や冷静に確認を行っている者等様々であるが、少なくとも日本軍機動部隊に大打撃を与えたのは間違い無い様である。
「提督、やりましたね」
「あぁ。これで暫くは日本軍の動きを封じ込められるぞ」
スプルーアンスは続々と渡される報告書を見ては満足そうに微笑む。
カタリナ飛行艇からもたらされた情報を元に奇襲攻撃が成り立つように念密に練られた攻撃計画は見事功を奏し、現状空母4隻に打撃を与えた。
敵空母隻中6隻中4隻はほぼ壊滅に等しく、スプルーアンス含めて司令部は勝ったと確信していた。
「提督。第21空軍所属の第89爆撃団から通信が入っております。ガダルカナルの飛行場上空は未だに敵に制空権を握られており、迂闊に攻撃できないとの事です」
「しぶといジャップ共だ……クーデター軍とやらは?」
「P−38を多数確認しているとの事なので、間違い無くそこにいます」
日本軍の新型戦闘機(紫電改)もそうだが、高速かつ重武装を誇るP−38までもが迎撃に参加していると考えると面倒な事である。
第3艦隊が搭載する戦闘機の数は無論日本軍の倍以上、空軍の戦力も加えれば比では無いのだが、地の利は向こうにある。
「ルメイは何と言ってきている」
「こちらでやる事はやるが、制空権の確保を頼みたいと……」
スプルーアンスはそれを聞いて舌打ちをする。確かに今回の作戦で海軍は支援を行うという割当ではあるが、それでも第3艦隊の主任務は日本軍機動部隊の迎撃である。
それを何故自分に回してくるのか、そう考えるだけで頭が痛くなってくるのだった。
「兎も角、今はジャップの機動部隊を潰すのが先だ。4隻に打撃を与えたなら残るは2隻、ここで完全に叩くぞ」
参謀は無言で頷くと航空参謀と海図を見ながら話し始めた。
(1年も待っていた……こっちはエセックス級も混じえている。そう簡単にはやらせんぞ……)
そう考えていると上空を頼もしい友軍機が通り過ぎる。
第2空母打撃群から出た第二次攻撃隊だ。
「警戒艦(島風)より入電! 敵の編隊を探知、本艦からの距離120、数80!」
生き残った内の旗艦に設定された加賀の通信員が悲痛な声で叫ぶ。
「第八艦隊との連絡はついたか?」
「原閣下と連絡はとれております。既に攻撃隊の準備も整えているとの事」
第八艦隊司令官の原中将もまた第三艦隊(小沢機動部隊)の惨状を報告で把握しており、発見した第3艦隊に打撃を与えるべく爆撃重視での編成を取っているらしい。
「雲龍に連絡、臨時に加賀と合流し反撃の準備を行え。せめて第八艦隊の制空隊を援護するだけの数は揃えなきゃいけん、角田に連絡してくれ」
雲龍に座乗する角田にその連絡は回り、手配するとの返信が来る。
「敵さんもやるようだな……こっちの隠し駒がバレてないようだから助かったが」
小沢もまた、これ程の被害に目を瞑ってでも敵機動部隊を潰したいと考えていた。
(頼むぞ、角よ……)
原の第八艦隊は救出任務にあたる第四艦隊と別れた後、艦爆を中心とした攻撃隊を編成し発艦準備に取り掛かっていた。
「まずは敵の対空火器を潰さねば煩い。これを優先して叩く事を第一目標とする。第二次攻撃は戦爆雷連合で行くぞ」
どうも米艦艇の対空弾幕は凄いらしく、殆どの攻撃機が落とされるか、損傷して帰ってくる事が多いようだ。
この対空火器を潰す為にまずは爆撃機を中心に編成し、遅れて制圧用の爆撃機と攻撃機を中心とした部隊を編成するつもりである。
これで少しは減らせればと考える原であったが、彼女が放った攻撃隊が無残な姿となるのはまだ先の事であった。
fin




