私は幸せを手に入れましたが、私をクビにしたあなたは今どうしてますか?
一年という月日が流れた。
あの夜、ホテルのスイートで朝を迎え、私の人生が決定的に変わってから、季節は四度巡った。
『イノベーション・広告』のオフィスは、今や私の城だ。
あの頃の私は、ただの雑用係だった。だが今、私はディレクターとしてチームを統括し、業界を動かす大型プロジェクトの決定権を握っている。一ノ瀬さんの右腕として経営の根幹にも関わり、彼の隣で見る景色は、以前の私が空想すらできなかったほど高い。
窓の外には、見慣れた東京のビル群が広がっている。
以前の私は、この街の片隅で、理不尽な怒号に怯え、誰かの尻拭いに奔走していた。だが今は違う。私の指示で企画が動き、私の判断で大金が動く。
仕事の合間に一ノ瀬さんと交わす視線には、かつてない信頼と情熱が宿っている。彼と出会い、彼に愛され、仕事を通じて共に成長する。私が求めていたプロとしての誇りと、女性としての幸せ。その全てが、この一年で盤石なものとなった。
あの日の決断は、正しかった。腐った組織を捨て、自らの価値を証明しに行く。その泥臭い努力の先に、今のこの眩い光があるのだ。
同じ一年、あちら側の時間は止まったまま、あるいは地獄へ向かって加速していた。
都内の片隅、湿気とカビの臭いが染み付いたボロアパート。昼間だというのにカーテンは固く閉ざされ、部屋は安っぽい化粧品の匂いと、吸い殻の山で満ちている。
澤田美穂は、汚れた安布団の中で目を覚ました。
一年前に会社が倒産してから、彼女は生活の術を失った。再就職など、彼女の能力では到底不可能だった。誰かに媚び、自分の体を使うことでしか日銭を稼げない——それが、今の彼女の選んだ唯一の道だった。
スマートフォンの着信音が鳴る。客からの呼び出しだ。
彼女はため息をつき、安っぽいルージュを引いて立ち上がる。かつて私を罵り、私の企画を横取りして笑っていた彼女の面影はもうない。そこにあるのは、疲れ切った娼婦の空虚な瞳だけだ。
SNSで煌びやかなパーティー会場に立つ私の姿を見るたびに、彼女はスマホを投げつける。
だが、どれだけ私を呪っても、彼女の現実は一ミリも好転しない。かつて彼女をチヤホヤしていた男たちは、彼女がただの落ちぶれた女だと分かると、蜘蛛の子を散らすように去っていった。
誰かに必要とされることもない。誰かに愛されることもない。
部屋の隅には、私があの会社で毎日掃除していたような、飲みかけのペットボトルがいくつも放置されている。
彼女を支える人間も、彼女を肯定する人間も、この部屋にはいない。
彼女が窓の外を見上げても、そこにあるのは冷たいコンクリートの壁だけだ。
私の未来には、今日も新しい光が差し込んでいる。
彼女の現実は、明日も変わらず、出口のない闇の中にある。
私たちは、自分が選んだ場所で、それぞれの結末を確かに受け入れたのだ。
(了)




