第10話 激戦の後で
#激戦の後で
全ての魔獣が倒れた。奥の通路を数人の騎士が守っているが、増援は無かったようだ。私の【ディテクトエネミー】にも反応が無かった。
大歓声が沸き起こった。
「「「「「おおおおおおおおおっ!」」」」」
無事な者も怪我をした者も立ち上がり、一同に勝どきをあげた。
ゴブリン=キングの死骸の前にいる3人の騎士に、カインが駆け寄って声をかけた。
「お前たち、よくやったな!最後の3連撃は見事だった」
「ありがとうございます!我々は必殺技を使えませんが、3人で連携して訓練し続けた甲斐がありました!」
騎士たちは精神力の限界近くで顔色は悪かったが、明るく答えた。
「クリスも見事だった。だがあれはいつも使い時が難しいな」
「これは周囲に余裕が無いとできませんからねぇ。ふふっ」
兜を脱ぎ、明るい金色の長髪を靡かせながら、クリスが『ふっ』と微笑みながら答えた。
驚いたことに、あのような豪快な技を放った騎士はかなり細面の美青年だった。だが、そのナヨっとした感じが残念な雰囲気を醸し出している。
「さて、まだこれで終わったわけではない。もう少し進むぞ」
カインはそう宣言し、指示を出していく。
「第2、第4小隊はここに残り、治療を行う。
第5小隊はソフィアとマイケル、そして魔導師を1名だけ残し、それ以外は解散。
無傷の者で第6小隊を編成し、ここを守れ。編成はクリスに任せる。
ここからは第1小隊、第3小隊、第5小隊で奥に進む」
「「「了解しました!」」」
こうして、騎士たちは直ちに再編成を始めた……訳ではなかった。
「おい、凄いじゃないか、君たち」
ステラと私に、周りの騎士たちから次々に声がかかる。
「あの必殺技は?」
「やるじゃねえか!」
「ヒール助かった!」
「プロテクションが絶妙だった!」
「もう騎士になってるって本当?」
「えっそうなの?こんなに小っちゃいのに!」
「俺の師匠になってくれ!」
騎士たちが兜を脱ぐと、逞しい男性だけではなく、見目麗しい女性も多かった。
私たちは次々にポンポンと頭を叩かれ、揉み苦茶にされながらも、悪い気はしなかった。何よりオウガ=トロールは2人でトドメを刺したのだ。
『まあ、私はスクロールのおかげだけどね……』
それでもスクロール魔法が与える効果は誰でも同じな訳ではない。
スクロールで詠唱した後は通常の魔法と同じだ。神官魔法は精神力が高いほど、それ以外の魔法は知力が高いほど威力が上がる。
また、同じだけ精神力も消費する。だから戦士が使っても効果は低いのだ。
「ステラ、何よあれ!いつの間にできるようになったの?」
私がステラにさっきのスキルについて問いただすと、周りの騎士が声を合わせるようにして騒ぎ出した。
「「「必殺技!必殺技!」」」
「必殺技ねぇ。6メートルはあったわよ。あそこまで飛んで落ちてきて、なんでどこも怪我してないの?」
ちょっと不貞腐れた感じで私はジト目でステラに尋ねる。噂話で『強いスキル』の存在は聞いたことがあったが、見たのは今日が初めてだった。
こんなスキルは誰からも見せられたことはない。武闘大会に参加した時でさえ無かったと思う。
「あまり覚えてないけど、あの時に閃いたのです。ピコーン!ってなったのです!」
意味が分からない。改めてステラに聞くと、ピコーン!って来た時に自然に体が動いて技が発動したとのこと。
技が発動して飛び上がり、そして着地するまで、身体強化もされていたらしく、どこも痛くないそうだ。
「わかるよ……閃いたんだね……私の時もそうでした」
うっとりとした口調でクリスが声をかけてきた。
「その『必殺技』はね、誰でも使えるわけじゃないんです。
そういう閃きが無いと……覚えられない。
それに、大量の精神力を消耗した後に硬直して動けなくなるんです。
だから、決定的な瞬間まで迂闊に出せないんですよ」
美青年のクリスが自慢げに長髪を振って、『ふっ』とステラに流し目を向けるが、スルーされた。
「スキルや魔法も閃きだと思うんだけど……」
「私は魔法は使えないのですが、あれとはまた違いますねぇ。何より、キャスターが必殺技を閃くことはほぼ無いそうですよ。私たち戦士系クラスが多いですねぇ」
確かに魔法はピコーン!って感じではない。スペルと共に『降りてくる』って感じだ。
それでスペルを唱えて訓練しながら習熟していく。いきなり思いついて使うことはできない。
スキルは一部のクラス専用スキル以外は誰でも覚えられる。ただし近接戦闘スキルが大半だから、魔術師系クラスには恩恵が少ないのが実情だ。
「必殺技を使えるのは正規の団員が100人いる黒鳳騎士団でも4人だけなんだよ。他の騎士団では、もっと少ないもん」
「必殺技を使える騎士は、将来『聖騎士』にまでなれる可能性があるんだ」
「だから俺たちも隊長たちを目標にしてがんばってるんだ」
他の騎士が続々と話に乗ってくる。皆、必殺技には憧れがあるようだ。
『聖騎士』は『騎士』の上位クラス。『戦士』はレベル15以上で『騎士』に、レベル25以上で『聖騎士』にクラスチェンジすることがある。
最初に創造神の神殿でクラスを授かる以外は、資格を満たせばその場でクラスチェンジするのだそうだ。
ただし、レベルは高くなるにつれて上がりにくくなる。そもそもの話、最低条件であるレベル25になること自体が困難だ。
「ほらほら、大の大人がこんなに取り囲んだら、彼女たちが怖がってしまいますよ。再編成するからこっちに来てください」
クリスが中央の方に騎士を連れていく。
人だかりが去ると視界が開け、カインたちが奥の通路に集まっているのが分かった。
まだ依頼途中だ。私語にうつつを抜かしている場合では無い。メイスを拾って、ステラと一緒にカインの所に走っていった。
「ごめんなさい、遅くなって」
「気にするな。それにしても大した人気だったな。その若さであれだけ活躍したのだ。団員たちにも刺激になっただろう」
カインは遅れたのは些細な問題ではないといった様子で笑い飛ばすと、メンタルポーションを飲み干した。
「必殺技を何回も出していたけど、大丈夫なの?」
「大丈夫な訳がない。今もポーションを飲んだが、精神力を回復しても、必殺技はそう何度も繰り返して出せないのだ」
ポーションで回復すれば、魔法であればまた使えるようになる。スキルもそうだ。まあ、使い続けると心身に相応の負担が重なるので、一応限界はあるらしい。
必殺技はそれがもっと顕著に表れるのだろう。
ステラが調子に乗って使いすぎないように、注意しておかなければならない。
「あれは俺の飛翔剣を見て『閃いた』のか?まあ、上に戻ったら特別に指導してやろう」
「やったぁ!なのです!おねがいします、なのです!」
ステラがぴょんぴょん跳びはねている。ああやって感情を昂らせるのは珍しい。カインのような凄い騎士の手ほどきが受けられるのだから無理もない。
ここで私は何気なくステータスを更新して、凄いことに気がついた。
「ステラ……私たちレベルアップしてるよ……しかも……」
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┃名 前:ミーナ ┃
┃種 族:ヒューマン ┃
┃年 齢:14 ┃
┃職 業:冒険者 ┃
┃クラス:神官 ┃
┃レベル:12 ┃
┃状 態:良好 ┃
┣━━━━━━━━━━━━━━━━┫
┃筋 力:197 物理攻:333 ┃
┃耐久力:237 物理防:361 ┃
┃敏捷性:179 回 避:320 ┃
┃器用度:140 命 中:299 ┃
┃知 力:164 魔法攻:369 ┃
┃精神力:218 魔法防:300 ┃
┣━━━━━━━━━━━━━━━━┫
┃所 属:冒険者ギルド ┃
┃称 号:Eランク冒険者 ┃
┣━━━━━━━━━━━━━━━━┫
┃状態:良好 ┃
┃右:鋼鉄のメイス ┃
┃左:鋼鉄のスモールシールド ┃
┃鎧:鋼鉄のブレストプレート ┃
┃飾: ┃
┃護: ┃
┣━━━━━━━━━━━━━━━━┫
┃パーティ:カイン ┃
┗━━━━━━━━━━━━━━━━┛
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┃名 前:ステラ ┃
┃種 族:ヒューマン ┃
┃年 齢:14 ┃
┃職 業:冒険者 ┃
┃クラス:騎士 ┃
┃レベル:12 ┃
┃状 態:良好 ┃
┣━━━━━━━━━━━━━━━━┫
┃筋 力:278 物理攻:1123┃
┃耐久力:319 物理防:1018┃
┃敏捷性:214 回 避: 463┃
┃器用度:153 命 中: 347┃
┃知 力:122 魔法攻: 273┃
┃精神力:180 魔法防: 633┃
┣━━━━━━━━━━━━━━━━┫
┃所 属:冒険者ギルド ┃
┃称 号:Eランク冒険者 ┃
┣━━━━━━━━━━━━━━━━┫
┃状態:良好 ┃
┃右:F・バスタードソード ┃
┃左:F・カイトシールド ┃
┃鎧:F・フルプレートアーマー ┃
┃飾: ┃
┃護:***・****【0】 ┃
┣━━━━━━━━━━━━━━━━┫
┃パーティ:カイン ┃
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「「レベル12⁉」」
「ほんとなのです!なんで?ステラはこのまえレベルアップしたとこなのです⁉」
「団員の中にもレベルアップした者が出ているようだ。複数の災害級魔獣、城塞級魔獣を倒したのだ。しかもレベル10でだ。おかしくはない。むしろお前たちの実力でそのレベルは低すぎるくらいだ」
レベル9からレベル10になるのに4か月かかった。それを考えると早かったが、昨日と今日は相当な修羅場ではあったから、あながちおかしくはないのかもしれない。
そうこうしている間にソフィアがこちらにやって来た。
グレーターヒールが使える司祭はソフィアだけだ。重傷の怪我人の治療が済んだのだろう。
「お待たせしました。治療はある程度済みました。あとはステファン様だけで大丈夫でしょう」
向こうを見ると、司祭が1人ずつ肩に手を乗せて祝福しているのが見えた。治療を行なっているのだろう。
「こちらも探索は済ませた。向こうに魔法陣がある。鑑定してもらいたい」
カインはそう言って、ソフィアを連れていく。私たちも後ろに続いて歩きだした。
厳重な警戒の下、広間から奥に続く通路を進んでいく。
コツン……コツン……石床を伝って足音が響く。
こちらの通路の方が地上から続いている通路より広い。一定間隔でランタンを持った騎士が見張りに立っている。そしてカインが通り過ぎる度に敬礼していた。
30メートルほど進んだだろうか、照明の魔道具が置かれ、床に設置されている巨大な魔法陣がゆらゆらと照らし出されていた。太い鉄の鎖に繋がっている足枷も4つ転がっている。
「ソフィア。どうやらオウガ=トロールはこの足枷に繋がれていたようだ」
人の手では持ち上げるのも難しそうな足枷を触りながらカインは続けた。
「誰かがここに封印したのかも知れません。扉の封印を解いた時にこの封印も解けたのでしょう」
ソフィアが足枷を確認していたが、やがて魔法陣に足を踏み入れた。すると急に下がりだして話し始めた。
「この足枷はそれで間違いありません。問題はこの魔法陣ですね。これはまだ『生きて』います」
ソフィアが真剣な表情で答える。周りに緊張が走る。
「トラップの魔法陣です。これが魔獣を生み出しています。早く消した方が良いでしょう」
「頼む」
カインがソフィアに頼むと、彼女が魔法を唱えた。
【ディスペル!】
黒いモヤが現れ、魔法陣に覆い被さる。蝕むように魔法陣を食らっていくと、徐々に魔法陣が細切れになってくる。
数秒で魔法陣が完全に消え、黒いモヤも消滅した。
【ディスペル】は神官・魔術師共通の空間魔法だ。主にマジックライトやプロテクションなど、設置型の魔法の消去を行う。
ファイアーウォールなどの魔法の炎や召喚物も消せる場合がある。魔法がきっかけでも、物質として実体化した物は消せない。ブラックホールと言うあらゆる物質を消去する上位魔法もあるらしい。
「もう他に魔法陣はありませんか?……そうですか。とりあえずこれで危険は去りましたね。魔法陣については【記録】は済ませてありますから、上に戻ったら調べてみましょう」
「さらに奥に扉がある。行こう」
カインが案内する。通路は再び狭くなっていた。突き当りに扉がある。騎士が2人、ランタンを持って立っていた。
「これです」
ソフィアが《鑑定》する。
「この扉は封印されていません。おそらく普通に開きますよ」
「2人共、そこから離れろ」
騎士が離れると、カインが扉に近づいた。用心深くゆっくり手前に扉を開ける。真っ黒な空間がマジックライトの灯りで照らされていく。
徐々に様子が分かってきた。
扉の向こうは下の階へと続く石畳の螺旋階段になっていた。