頼むから俺に普通の異世界生活をさせてくれ
「君、明日から来なくていいよ」
面会室に入って早々、ギルドマスターから告げられた解雇宣言。
「待ってください! なんで俺がクビなんですか! うちのギルドってそんなに業績不振だったんですか!?」
このギルドには苦労してやっとの思いで入れたんだ。
そう簡単に退職なんてしてたまるものか。
「いや、すこぶる好調だ。王都のギルドでも上位に食い込むほどにね」
「なら何故!」
「昨日の出来事をもう忘れたのかい? 王国軍相手に喧嘩を吹っ掛けたそうじゃないか」
「あれは王国軍の悪事を食い止めるためにしたことです。あいつら小さな子供を誘拐しようと……」
「したのかい?」
「い、いえ……。道案内をしていただけみたいで……。で、ですが今回はたまたまで以後気を付けますのでクビだけはどうか!」
「今回はたまたま? 君の暴走する正義感によって引き起こされたトラブルが今回だけとは言わないだろう?」
「う、うぐっ……」
ギルドマスターの言う通り、今までも似たようなことはあったかもしれない。
けど、俺は別にギルドの迷惑になるようなことなんてしていない。
「今回の件でわがギルドの王国からの心証は悪くなった。以前は他ギルドとの抗争にまで発展しそうになり、賠償金を支払わされた。解雇する理由はまだ必要かい?」
「あ、あの~それは何と言いますかあれと言いますか。えっとーですね? あれなんですよ」
どうしよう。弁明の余地がまるでない。
「それに君弱いじゃん」
「ぐはっ」
ギルドマスターの鋭い言葉が胸に突き刺さる。
「面接のときにさすごいアピールしてたでしょ? 特別なスキルを持ってるって。確かに聞いたことないスキルだし、珍しいなぁって思ったけど。“硬化”だっけ? あれなに?」
「そ、それはぁ~あれですよ。触れた物を硬くできるって言う便利なものでして……」
「そうだね。私も最初は使えそうだなぁって思ったよ? でもさ、ペラペラの紙を画用紙ぐらいに硬くするだけだよね? あれ、どう使おっか? ね? 使い道ないよね?」
「あ……はい……」
怒涛のギルドマスターの攻めに俺の心は完全に折れてしまった。
だってマスターの言っていること何一つ間違ってないんだもん。
こんな真っ向から正論で殴りつけられたら泣き寝入りするしかないじゃん。
泣く泣く契約書にサインをして、俺はギルドを後にした。
「はぁ……これからどうしよう」
剣と魔法の世界に転生してきて、十六年。
憧れていた異世界転生に最初はテンションが上がったものだ。
チートな能力を手に入れて無双したり、特に理由なく好いてくれる美少女たちとのハーレム生活とか。そんなのに憧れていた。
なのに、蓋を開けてみればこの年で無職となってしまった。
もちろん、チート能力なんてないし、美少女ヒロインもいない。
あるのは使い道の分からない“硬化”という固有スキルだけ。
せめて、異世界生活みたいなことがしたいと思いギルドに入ったというのにたった二週間でクビ。
異世界生活を満喫するのも楽じゃないってか?
いっそのこともう一回死んで異世界転生のリセマラでもしてやろうか。
「いや、姉ちゃんたちに怒られそうだ」
前世と違い今の俺にはまだ家族がいる。
そんな状況で自殺は流石に気が引ける。
「とりあえず、死ぬ前にやれるだけのことはやってみますか」
この世界で学問を修めていない俺は文字が読めない。
異世界語を自動翻訳してくれるスキルがあればよかったのだが、そんな便利能力はくれないらしい。
話したり聞いたりする分には困らないのだが、読み書きはてんでダメ。
そのせいで就ける職にも限りがあった。
その中で一番相性が良かったのがギルドの冒険者だった。
クエストボードにある依頼をこなせば金が手に入る。
依頼内容もイラストを見れば大体どんな内容か分かるし、受付の人が教えてくれるから文字の読み書きは必要ない。
え? 勉強すればいいだろって?
バカ言っちゃいけない。自慢じゃないが英語すらまともに出来なかった俺が今更新しい言語の勉強が出来るわけがない。
全くみんな日本語を使ってくれマジで。
とにかく冒険者しか選択肢がないので、ここに来た時と同様に手当たり次第にギルドの入会面接を受けまくる。
「……全敗、か」
このひと月、王都にあるギルドすべての面接を受けたが全て断られてしまった。
あのギルドマスターが噂を流したのか、それとも他のギルドメンバーが流したのかは分からないが、俺の無能なスキルとやたら強い正義感によるトラブルのことをみんなが知っていた。
そのせいでまともな面接すらさせてもらえなかったのだ。
「こうなりゃ田舎に帰るしかないかー」
姉ちゃんに会わせる顔がないなぁ。
姉への言い訳に考えを巡らせていたのだが、一つだけ忘れていたことがあった。
「そういや、まだ受けてないギルドが残っていたな」
手元にあるギルド一覧の冊子。
姉にギルド名を教えてもらい、隣に日本語でメモしておいたものだ。
すでに面接を受けたギルドには横線を引いている。
そして、たった一つだけ横線が引かれていないギルドがあった。
「紫苑の猫」
綺麗な響きのギルド名だが、その名とは裏腹に黒い噂が絶えないギルドでもある。
横領、恫喝、詐欺など悪事に手を染めていると言われている。
だから、俺はこのギルドだけは入会面接を受けていない。
「でも、噂だしなぁ……」
俺自身、心ない噂によって危機的状況に陥っている。
だから、このギルドも噂だけを頼りに避けるのは心苦しい。
一度自分の目でちゃんと見るべきだろう。
それにギルドに入るのをまだ諦めたくないからな。
そうして、王都のはずれにあるスラム街までやって来た。
今までのギルドとは違い、アングラな場所に位置する。
そして何より……。
「これは想像以上だな」
ギルドの建物がボロ屋敷だった。
建物を形成する木材のあちこちに穴が開いており、中の様子が見えそうだ。
本当にギルドなのかも怪しい。
冊子に載っている住所はここで間違いないのだが。
「ごめんくださ~い」
とりあえず、中に入ってみる。
「やっぱ誰もいない」
外から中が見え見えだったので分かっていたことだが、誰もいない。
居酒屋のような作りで、奥にはカウンター、手前には円形のテーブルが四つほど並んでいた。
椅子も置いてあるが誰も座っていない。
「やっぱがせか?」
困るなぁ公式資料に嘘の住所書かれちゃ。
仕方ない、諦めてやっぱ田舎に帰るか。
あまり長居したくない場所ということもあり、早々に立ち去ろうとした時、奥から涼やかな声が響く。
「は~い、すみません。今行きま~す」
声からして若い女性。そして間違いなく美人。
声で分かる。アニメではこういうタイプは例外なく美人だった。
「あら、珍しい。お客さんですか?」
奥の扉からやって来たのは予想通り美人のお姉さんだった。
艶やかな黒髪に白を基調としたベーシックな受付嬢の制服。
いささか胸部装甲に物足りなさを感じなくもないが、この際わがままは言っていられないだろう。
ついにヒロイン登場といったところか。
ふぅ、十六年も待たせやがって全く。
「ごめんなさい、そんなにお待たせしてしまったなんて」
どうやら最後だけ声が漏れて誤解させてしまったようだ。
「いえいえ、今のはちょっとした小粋なトークと言いますか」
「ふふっ、そうだったんですね」
うわぁ、笑った顔も超美人。
このチャンス、絶対ものにしてみせる。
「それで、ここにはどういった御用で? 依頼の発注でしょうか?」
「その逆と言いますか。このギルドに入れてほしくてやってきました」
「まぁ、ここにですか?」
「はい、ですので面接を……」
「まぁまぁ、うふふ。そうだったんですね。面接はいりませんよ? うちは来るもの拒まずですから」
やたら嬉しそうに笑うお姉さんに思わずこっちも笑みがこぼれる。
「い、いいんですか? ち、ちなみに俺の噂とかは……」
念のため、後でやっぱなしと言われないように例の噂については確認しておくべきだろう。
「噂、ですか? もしや、有名な方でしたか?」
「し、知らないなら大丈夫です」
「そうですか。それではこちらが契約書になります。中をお読みいただいて、同意していただけるようでしたら、下にサインをお願いします」
お姉さんに渡された羊皮紙に目を通し、羽ペンでサインを書く。
文字読めないけど、とりあえず、読んでるふりでもしておこう。
「ジーク・エヴァンスさん、ですね。こちら承りました」
「そういえば、お姉さんのお名前は?」
「あ、そうでした。まだ名乗っていませんでしたね。私はユーリ。ユーリ・カテドラルです」
「ユーリさんですね。……え? ユーリ・カテドラル?」
「はい、そうですけど。もしかして、私のことをご存じで?」
「えっと~、もしかしてあのユーリ・カテドラルですか?」
「同姓同名を聞いたことがないので、そのユーリ・カテドラルです」
「な……に……?」
思わず言葉を失ってしまった。
ユーリ・カテドラルと言えば、この王都で知らぬものなどいない有名人。
なにしろ、その名はあの悪名高い結婚詐欺師の男を指すものなのだから。
「あ……あぁ……お、男?……詐欺師?」
突如として脳内に流し込まれる忌避したい情報。
頭がガンガンと痛い。心もなんか痛い。
「もしかして、私が美人のお姉さんだと思って入ろうとしてました? もしそうなら残念でしたね」
やはり、噂は本当だったようだ。
その場に倒れ込む俺の目の前に先ほどの契約書が目に入る。
そこに書かれた文字を俺は読めなかったが、のちにその一文を知ることになる。
『いかな理由があろうと、ギルドマスターの許可なしに脱退することは不可能である』
「でも、今更辞めるだなんて言いませんよね?」
どうやら俺は入るギルドを間違えてしまったようだ。
『紫苑の猫』
元犯罪者集団の集まりにして、王都最弱のギルド




